第43話 理由
「十兵衛くんー帰ろー」
「あ、うん……」
いつものように華に誘われ、寧々・華・黄瀬さんの女子グループと一緒に下校することに。
もはや俺と一緒にいるのが当然と思われているのかクラスの反応は一切ない。
「なんかさーさとっちもこのグループに馴染んできたね」
「確かに。もう一緒にいるのが当然っていうか、身内みたいな感じがするね」
……馴染めているのだろうか。俺自身そんな自覚は一切ないのだが。
まぁ、黄瀬さんと華がそう言ってくれて嬉しさと少しのむず痒さを感じた。
「ね? 寧々ちゃん?」
「……え? あ、ご、ごめん! ちょっとぼーっとしてた……何の話だったかな?」
「……寧々ちゃん。何かあった?」
「え……?」
「いや、何かね。今日ずっと悩んでいるというか、何かを考え込んでいる様子だったから……」
さすがというかやはりというか華はよく見ている。寧々に限らず、彼女はクラス全員のことをよく見ているし、誰にも分け隔てなく優しく接する女の子だ。
「無理にとは言わなけど相談してね? 私たち友達なんだから」
「……ありがとう。華ちゃん」
寧々は少しばつが悪そうに言った。そんな寧々を見てこれ以上は踏み込まない方がいいと判断したのか華はこれ以上は何も言わなかった。
下北沢駅に着き、いつもの改札口に向かい始めた。
さて、問題はここからだ。
普段なら俺だけが違う電車なので、3人を見送って終わりなのだが、今日は違う。
寧々が絶賛家出中で我が家に泊まっており、乗るのは俺と同じ電車だ。
「あれ? 寧々ちゃん? こっち来ないの?」
まぁ、当然の反応だろうし、当然の疑問だ。
不思議そうに改札の向こう側から寧々が来るのを待つ華。
そんな華を見て少し悩んでいる様子を見せる寧々。
「……実は」
「今日はさとっちに買い物付き合ってもらうんだよね?」
寧々が何かを言いかける前に黄瀬さんが同意を求めてきた。
「十兵衛くんと?」
「この前から言ってたじゃん。ほら、お父さんの誕生日プレゼント。同性としての意見を聞きたいって」
「え? そうだっけ?」
華がうーんと首を捻る通り、そんな話はしていない。だけど、俺がここで肯定してしまえばこの話に真実味が増す。
「あ、えっと。うん」
「まぁーさとっちの意見が参考になるのか分からないけどねー」
「うるさいな」
「……うーん。そう言われてみればそうだったかも?」
(ありがとう。助かったよ)
(一度しか使えない手だからね? そこを分かっておくよーに。それと貸し1つだかんな)
(分かってるよ)
「じ〜……………………」
気がつくと俺と黄瀬さんの様子を華がじとっとした目線を向けていた。
「は、華さん? 何でしょう?」
「2人ってさ、まだ友達になって3ヶ月も経ってないよね?」
「まぁ、そだね。それがどうしたの? はなちー」
「2人はさ、」
難しそうな顔をしながら俺と黄瀬さんの顔を交互に見る。
「距離が近いね?」
俺と黄瀬さんの頭の上に?マークが浮かぶ。別に普通だと思うけれど……そんなにくっついてはいないし。この中で比べたら割とドライな部類だと思うけど。
「いや、距離感に関しては絶対はなちーの方が近いからね? ていうかもう電車来るじゃん! 行くよー!!」
「あ、やよいちゃん待って!! ……十兵衛くん、寧々ちゃんまた明日!!」
急いで走って行く黄瀬さんと華の後ろ姿に手を振る。
「ねぇ。十兵衛……話、聞いてもらってもいい?」
同じく、横で2人に手を振る寧々の顔を見る。話とはきっと家出をした理由だろう。
「……うん」
さて、きっとここが陰キャぼっちコミュ障の正念場というやつなのだろう。
寧々が家出した理由……それは。
「転校……することになったんだ」
「えっ……転校? 何で?」
「私のクソ親父、医者なんだけど、大病院の院長をすることになって……それでその病院の近くに引っ越すことになったの」
「そんなに遠いところに?」
「いや、調べたけど……今の住んでいる所からでも時間は少しかかるけど通勤できる距離ね」
それなら……無理に転校してまで引っ越す必要なくないか?
「理由はもう一つ。転校先の高校が進学校だから。私たちも来年は受験だし……いろんな大学と繋がりがあるらしいから、オープンキャンパスの種類や推薦枠とか豊富らしいわ」
あと、病院からも近いしねと付け足した。
なるほど、確かに進学校なら学習カリキュラムが充実しているし、大学受験の情報を入手しやすくなる。
職場と学校が近いのもきっといいことなのだろう。
「別に、間違ってはいないと思うわ。未来のことを考えると転校したほうがいいのかもしれない。でも、私、結構この学校気に入ってるのよね。やよいや華と離れたくないし……それに……」
寧々は俺の顔をじっと見める。
「なに?」
「別に……」
いや、明らか何か言いたげな表情をされていますが……
「ま、要するに私はまだ高校生の子供で未来ではなく今の気持ちを大事にしたいってこと」
「……なるほど」
「それに聞いてよ! 昨日唐突に知らされたのよ!? しかも電話で一方的に!!」
昨日って……家出したその日か。
「私のクソ親父は独裁者みたいなやつで、全部1人で勝手に決めるのよ。いつもいつも事後報告。分かったな? とかいいな? とか私の考えを聞かないで……好きだったピアノの習い事もやめさせられたり……色々とね」
今回もいつもと同じだわ……とボソリと呟いた。
「だから反抗したかったのかも。いや、そんな大層なものじゃなくきっと……逃げたかったのよ」
「その……転校したくないとか自分の気持ちは伝えてないのか?」
「言ってもどうせ無駄よ。無視するに決まってる……きっと私の気持ちなんてあってないようなものなのよ」
そこにはある種の諦めの感情が篭っていた。どうせ無駄だろう、徒労に終わるに決まっている。そんな思いが伝わってくる。
親子関係はそれほどまでに冷めているのだろうか?
でも、一つだけ言えることがある。
「逃げてばっかじゃ何も変わらない……いずれかはちゃんと向き合わなくちゃいけなくなる」
「……それは」
ん? 家の近くに誰かいる?
高級感のあるスーツを着こなし、身なりも整えている男性。少し……いや結構強気な感じ……誰かに似ているような?
思わず、隣にいる寧々の顔を見ると彼女は明らかに動揺していた。
「……寧々」
「……クソ親父」
どうやら向き合わなければいけない時は来たみたいだ。
……フラグ回収早すぎない?