第13話 宣戦布告
変化があったのは登校してすぐだった。
「あれ……? 上履きがない」
下駄箱に本来あるはずの上履きがなくなっていた。
え? 失くした? 昨日他のところに入れてしまったとか?
そんなことを一瞬考える。多分それはある可能性を考えないようにする現実逃避だ。
でもそんなことは無駄で、精神的苦痛と共に思い浮かんだのは「いじめ」という答えだった。
……多分、いや絶対に金田の仕業だな。
昨日、カラオケ大会での俺の行動に余程腹立ったたらしい。
でも、正直このくらいの覚悟はしていた。プライドが高い金田のことだ。取り巻きを使ってこんなことくらいはしてくるだろうと。
捨てられた上履きを見つけたのはチャイムがなる1分前のことだった。
「佐藤くんー! 今日は教室来るの遅かったんだね」
「え、ああ……ね、寝坊しちゃって」
白咲さんが話しかけてきてくれた。いつもなら素直に嬉しいけど、今は冷や汗をかくほど緊張感が湧き出る。
まずい、悪い意味で目立ってしまう。
「ごめん、ちょっと……トイレに」
「あ、ごめんね。引き止めちゃって」
教室を逃げるように出ていく。
「……っ!?」
トイレに向かっていた最中いきなり誰かに背後から飛び蹴りをされ、思わずぶっ倒れる。
い、いたい。
受け身ができず、身体中に痛みが走る。
顔を上げたらニヤニヤしながら俺を見下す金田と取り巻きがいた。
「おいおい大輝いいのかよ〜? こんなことして〜」
「ああ? いいんだよ。こいつは陰キャだし、コミュ障だし、気持ちわりぃし何してもいいんだ」
ギャハハ!! と笑いながら金田たちは教室に戻って行った。
あいつらの背中を見ながら尻についた足跡を払い、トイレに行った。
教科書が無くなったり、ノートに誹謗中傷を書かれたり……金田たちは白咲さんと黒宮が見ていないところで嫌がらせをしてきた。
あるいは取り巻きの女子を使って気づかれない状況を作っていたのか。
「ストライク〜シュート!!」
「ヤッベ! 金田くん100発100中じゃん!」
「さすがバスケ部!!」
放課後も掃除当番を俺一人に擦りつけ、紙屑やボールを俺に向かって投げてくる。まるでモノ当てゲームの的みたいに。
金田は俺が黒宮や白咲さんにいじめを受けていることを言わないことを確信している。
自分がいじめられているなんて出来る限り知られたくないという被害者自身のプライドを理解しているからだ。
辛いのは俺だけで済むのならそれで良い。
白咲さんや黒宮とはもう会話することはないだろう。
3年生になったらクラスも変わり、金田も飽きていじめも終わるだろうし。
たった1年間の辛抱だ。
長い長い人生の中のたった1年。気にすることではない。
「あんた、金田のバカにいじめられてるでしょ」
いじめを受け始めて2日目、即座に黒宮にバレた。
昼休み、いつものようにぼっち飯をしていたら息を切らした黒宮に問い詰められる。
「そ、そんなことは……」
「じゃあ、なんで今日も朝来るの遅かったの? それと上履きも汚れてるのは? 今日はなんでいつもの場所で食べてないの? これ全部説明できる?」
「え、えっと……それは」
だめだ。黒宮は俺がいじめを受けていると確信をもっている。多分俺に聞いてくるのは確証が欲しいから。
「……華も勘づいてるわよ。やよいにも手伝ってもらってだから3人であんたを探してたの」
最悪だ……絶対知られたくない二人に知られてしまった。
「カラオケ大会のせい……よね」
「………………」
俺の沈黙をイエスと捉えたのか、黒宮は何かを決意したような表情を見せた。
「大丈夫よ……いじめは私が止める」
「……まさか」
「そう、私が……金田と付き合ったら良いのよ。別に? あいつの7人目の彼女になるくらいどうってことないし? あれよ。レンタル彼女的な心づもりでやれば問題ないわ。さっさとやることやらせて飽きらせれば良いのよ」
なんてことないように言っているけど、嘘だ。
黒宮は嘘をついている。
『あいつの彼女になるのならゴキブリを素手で逃す方がマシよ』
あそこまで言っていた黒宮が。
俺に嘘告白してまで金田との交際を嫌がっていた黒宮が。
俺のために自分を犠牲にしようとしてくれている。
きっと、白咲さんも自分のせいだと責任を感じているだろう。
だめだ。そんなことはあってはならない。これは俺がやったことだから、俺が尻を拭くのは当然のことだ。
「黒宮……ありがとう。その気持ちだけ受け取っておくよ」
俺はある決意をして立ち上がる。
「気持ちだけって……ちょっと!? どこ行くのよ!?」
黒宮の声を無視して俺は一気に教室まで駆け出した。
いじめっ子というかカースト上位の陽キャに最も大切なものは何か。
喧嘩の強さ? 頭の良さ?
違う。最も大切なものは見栄とステータスだ。
バン!! と勢いよく教室の扉を開ける。当然、視線が一気に俺に集まる。
金田は……どうやら取り巻きはいないようだ。もしかしたら俺をいじめるために俺を探しているのかも。
「ああ? なんでお前がここにー」
「金田君さ、やってることが三下なんだよね。正直うざいからさ。潰すことにした」
「……はぁ?」
こいつはいきなり何を言っているんだ? と言いたげな表情をしている。怒りというより困惑の感情。
「バスケ、俺と1on1で勝負してよ」
金田はこのクラスの王者だ。多くの取り巻きに囲まれ、こいつのいうことは誰もが従う。
それは金田がバスケ部のエースだからだ
もし、こいつがクラスで一、二を争うぼっちで陰キャな俺に負けると金田の面目まる潰れだ。そうなったら誰一人見向きもしなくなるだろう。
だったら俺がこいつをバスケで叩き潰せば良いだけの話だ。
「なんでお前なんかとー」
「逃げるの?」
「あ?」
「そっか。そうだよね。何の取り柄もない金田くんが唯一他人にイキることができるバスケで俺に負けたら君の立場がなくなるもんね? そりゃ嫌がって当然か。ごめんごめん、金田くんに対する配慮が足りなかったよ」
今にも人を殺しそうな顔を見ている金田に言う。
金田は今にも殴りかかってきそうだが、決して殴ってこないだろう。金田はバスケが上手い自分に相当なプライドを持っている。きっと叩き潰すのなら拳ではなく、バスケでだ。
もし今、俺を殴ってしまったら金田の沽券に関わる。
それにいじめっ子はいじめられっ子に優位に立っていなければならない。
立場的にも、精神的にも。全てにおいて。
みんなの前でこんなに煽られバカにされたんだ。乗ってこないはずがない。
「上等だよ……全生徒の前で笑い物にしてやる」
上等? こっちのセリフだ。見せてやるよ。俺がどうして神童と呼ばれていたのか。
バスケだろうが、空手だろうが、ピアノだろうがなんであっても関係ない。
俺の才能でお前を叩き潰す。
金田との勝負は明日の昼休みとなった。