転生関西人、異世界でちびっ子姫さまと出会う 2
「あ!!」
金髪マッチョ店員に二度目の別れを告げて先ほどと同じ道を歩いていると、突然小さな子の声が聞こえた。
どこかで聞いたことがあるような声だ。
先ほども通った道をきょろきょろと見回しながら歩いていく。
大型牛の暴走があったばかりで街はひどい有様だろうと思っていたのだが、金髪マッチョ店員の店から出発し、先ほど跳ねられた辺りまで来ても牛の暴走前と変わっていないように見える。
「しょこのひと! ちょっとっ、おまちくだしゃあい!」
道も露店もボロボロだろうと思ったのに、とコータは不思議に思った。
それから何故だろう、なんとなく視線を集めている気がする。
「おとまりくだしゃあい! しょこの! よわしょうなひと!」
「だあれが弱そうやねん」
思わずツッコんでしまった。
なんだ呼んでいたのは自分だったのかと気付いたコータは、覇気なくツッコミながら、くるりと体を進行方向から反転させる。
声の主である小さい子どもを探そうと視線を下げるより前に、こちらを正面に見据える人物に目が止まった。
街の人々から完全に浮いた格好をした青年が、コータから十メートルほど離れた建物の前に立っている。
青年が着る上下に帽子まで揃えられた服装はいかにも立派な騎士様といった格好で、汚れ一つない真っ白な服の胸にはいくつか勲章だろう証がぶら下がっている。
あまりにバッチリ目が合ってしまったのでついそこで動きを止めてしまったが、眉をしかめた彼からは睨まれている気がしないでもない。
それから、そんな騎士服の青年が隣に小さな少女を連れている事に気が付いた。
なんだかところどころボロボロになっている気はするが、たっぷりのフリルが付いたザ・お嬢様っぽいワンピースを着た女の子は波打つ長いブロンドヘアーを持った愛らしい子だ。
騎士服の青年と手を繋ぐ彼女は青年の膝ほどまでしか身長がない。
三つか四つというところだろうか。
「やあっときづきまちたわね! あなた、ごぶじでらちたの?」
「らち……? なんて?」
「ご無事でらっしゃったのかと、殿下は貴公を気遣っておられるのである!」
「うわでかい声」
子ども特有のキンと高い音でこちらへ何事かを言った少女の言葉が聞き取れずにいると、青年がその精悍な顔立ちに似合った太い声で女の子の言葉を引き取った。
大きな声に、驚いたコータだけでなく周囲も一度その声の主を見ていた。
それから遅れて言葉の内容を飲み込んだコータはしばし考えてなるほどと思う。
無事だったのかと聞かれるのなら、おそらく先ほどの大型牛の群れの件を言っているのだろう。
一瞬見ていた者の誰かかとも思ったが、声に聞き覚えのある気がする少女はもしかしたら群れの中から周囲に避けろと泣き叫んでいた声の主なのかもしれなかった。
ボロボロのワンピースがいかにもソレっぽい。
そちらこそよくぞご無事で、だ。
コータはこれ以上青年に大声を出されてはたまらないと思い二人にテクテク歩み寄った。
『笑い力』のおかげで牛との事故もすっかりコメディタッチになったため、怪我一つない体を見せびらかすように両手を広げながら大げさに首を振って見せた。
「これが無事そうに見えるっちゅうんですかあ」
「見えるが」
「みえまちゅ」
この人らもツッコミの素質ないなあ。
コータの見切りは早かった。
しかしすぐにボケのキレが悪かったのもあるなと自身のアドリブ力の向上も考えるあたり変なところでストイックだったりする。
「まあ、そういうことやな」
「どういうことだ」
続けて適当に続けた言葉には騎士服の青年だけが間髪入れず返してきて『お、間はいい』なんて思いながらコータは緊張感無くヘラヘラしたまま無事ですよーとアピールしてから少女を見た。
「ほんで、なんか呼んではった? すぐ気付かんでごめんね」
「!」
少女はやっとこちらを見たコータに一瞬驚くも「か、かまいまちぇんことよ! ……ほんとうに、なんともないんでちゅの?」と舌足らずな口調で問いかけてきた。
初めは聞き取れなかったが、お嬢様口調で話そうとしているのだと分かればただ可愛らしい。
一見胸を張った様子は強気なようでいて、コータの体を心配しているのは本心なようでどこか弱気も垣間見える。
「あー何ともないない。ほら、なんかこう、大事にならんようなそういう体質? やねん」
「たいしちゅ? でしゅの?」
二人で揃って首をコテンと傾ける。
少女はなんとも可愛らしいが、前髪黒マスクのひょろ男のコテン顔は可愛いかどうか審議の行方が別れそうだ。
コータも、魔法がありそうな異世界であっても流石になんでも笑いにしてしまう『笑い力』なんて言ってすぐに信じてもらえるとは思っていない。
どう説明したらいいかなあなどと思いながらも考えるより先に体質と口に出してからそういうことにしようと決めたコータに少女は、何か思いついたようだった。
「ぢゃあ、これもへいきでちゅの?」
もみじ饅頭のような小さなむっちり手の平がコータに向けられ、カッと強い光が放たれた。
「姫!!」
騎士服の青年の切羽詰まったような太い声は後から聞こえ、そしてコータの時間はゆっくりになった。
「ひい、め、め、め、め、め、め、め……」
「キャ、ア、ア、ア、ア、ア、ア…………」
太い声は野太くボウっと膨張したように響き、周囲の人が上げたであろう甲高い悲鳴はエコーがかかったようにわんわんとこだまする。
コマ送りのようになってしまった情景の中で放たれた光すらもコータをすぐには届かず、そんな中普通に動けるらしいコータもコータで両腕を上へと高く上げると「あ~れ~」とお代官様に剥かれる女中のごとき気の抜ける声を発しながらくるくる回ってみせた。
関西人とは、手で銃を作ってバーンとやられれば「うおーやられたー」と迫真の演技で地に伏す生き物である。
コータも例外ではない。
またおかしな力が発動したらしいから全力で乗っかった。
それだけだ。
光が刃のごとき帯状になり縦一閃に次々飛んでくるのをくるくる回るコータは避ける。
本人に避けている自覚などないが、実際に光の刃はコータの体を避けるように飛んでいく。
たまに当たっているものもあるが、コータの「あ~れ~」に合わせて弾かれたように上空に打ち上げられていた。
「め、め、め、めええええ!」
「ア、ア、ア、アアアアア!!」
放たれる光の帯がその数を減らし、周囲の声も通常の速度を取り戻していく。
その場に残ったのは、「あ~れ~」と言っておどけている無傷の前髪黒マスク男が一人。
その場を、息が詰まるほどの静寂が包んだ。
(またスベったやん)
両手を天高々と上げた体勢のまま、コータはちょっとだけむっとした。
『笑い力』のくせに毎回軽くスベった感じになるのは何故なのか。
目の前では姫と呼ばれた少女がこれといった感情のない顔でもみじ饅頭をこちらにかざしていて、そしてそんな少女に向かって姫と叫んだ騎士服の青年が血相を変えて飛びつくように彼女の体を覆った。
もしかしたら騎士服の青年は少女の動きに光の刃を予見してその身で受けようとでもしたのかもしれない。
妙な静寂の後、周囲がさわさわと何事か囁き始めてから体をゆっくり起こした騎士服の青年は、恐々という風に周囲をゆっくり見回し、それからコータを見た。
その目にははっきりと驚愕が浮かんでいた。
「なんとも、ないのか……?」
少女に覆いかぶさる体勢のまま震えた声で言った彼に、コータは上げていた両手をゆっくり下ろしてから口を尖らせ言った。
「これが無事そうに見えますう?」
「み、見える」
またスベった。
異世界は天丼も通じないようだった。
※天丼とは・・・同じボケを繰り返すの意。二匹目のドジョウを狙うが、そもそも一匹も釣れていないことも多い。やってる方は楽しい。