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転生関西人、異世界でちびっ子姫さまと出会う 1

ちょっと作者名がどうかしてたので、名前を変えました。

毎週火曜7:30→ビビリキウイ


今後ともよろしくお願いいたします。


「姫さん姫さん、ちょい抑えて」

「おさえてましゅわー!」

「あー、アカンアカン」

「と、と、とまりましぇんわー!!」

「あー……」




 ドッカーン




 冗談みたいな爆炎が上がって、辺り一帯にもうもうとした煙が広がっていく。

 風に巻かれた煙は、その場に立つ二人、少女とその隣に立つ男を覆った。



「けほっ、けほ」

「あーほらもう言わんこっちゃない。こっちおいで。ほんでお得意の『はんかちーふ』出して、それお口に当てて、はい、そう、偉い偉い」

「こどもあつかい、けほっ、ちないでくだしゃいまし! っけほ、けほ」

「はい、一旦お口チャックやで~。姿勢低くしてなー」


 二人のうちの男、黒マスクと長い前髪で顔のほとんどが見えない彼が緊迫感の無い声で少女へ声をかける。

 彼の腰ほどまでしかない身長の少女は頭に手を乗せられ屈むよう言われると、コホコホと浅い咳を繰り返しながらも大人しくしゃがんだ。

 彼女、『姫さん』と呼ばれた三つか四つほどのちんまり小さい少女は、正にこの国のお姫様であったりする。

 そんな彼女が小さい身体をさらに屈めて小さくなっているのを見ながらマスクの男、コータは、よくもまあこんな小ちゃい体で上手にしゃがめるもんやなあなどと呑気に思っていた。

 姫様にハンカチで口を覆わせた彼は自身も煙を避けるように上体を低くして屈むと、マスクの上から腕で口元を覆って煙を吸わないよう注意する。


 しゃがんでコータと隣同士になった姫様は、体勢を低くしてなお高所にあるコータの顔を覗くように見上げた。

 くりくりとした大きな瞳と前髪越しのコータの目が合う。


 あまりにも真っ直ぐ純粋な目で見られたコータは『子どもってすごい』なんて思いながら「ん?」と促すように首をわずかに傾げてみせた。

 小さい子どもの扱いなど分からないが、この素直な姫様の場合はやりたいようにやらせていればいいだけなので気が楽だ。

 問うコータに、けれど姫様は一心に見つめるだけだった。


(口、()いとるなあ)


 当てられたハンカチの向こうでぽかっと開かれていく彼女の小さな口を見て過ごしていると、やがてコータを熱心に見ていた姫様の視線は外された。

 前を向き直した姫様は、先ほどまでのお行儀の良いちょこんとしたしゃがみ姿勢から『よっこいちょ』とばかりに体勢を変え、股をがばりと開いた屈み姿勢、いわゆる“ヤンキー座り”になると、今度はまじまじと自身の両手を見始める。

 ハンカチを持ったままグーの形の右手と、何も持たないパーの左手。


 コータがちっさい手えやな、と素直な感想を抱いていると、姫様の右手はハンカチを持ったままおもむろにワンピースのスカート部分をまさぐり始め、プリーツに隠されたポケット探り当ててズボリとその中に潜り込んだ。

 一拍後には何も持たないパーの手になって出てくる。


(お?)


 そして迷わず前方へ突き出した右腕に彼女が顔を近づけるのを見て、コータはやっと姫様のやろうとしていることが分かった。


「かーわい」

「おくちちゃっくでちてよ!」

「はあい」


 思わず呟いた感想は舌足らずな可愛い声でぴしゃんと怒られる。

 先ほど自身が発した言葉をそのまま返されたコータは、しっかりしてんなあと口元をわずかに緩めて“よい子”のお返事をした。


 姫様はちぎりパンを彷彿とさせるむっちりしたその腕に口を押し付けている。

 コータが煙を避けるためにしているのをまんま真似た彼女のそのポーズは男らしく豪快で、大変に微笑ましい。

 ちなみに、袖に長さのあるコータと違い半袖のワンピースを着ている姫様は直接腕に口を当ててぷーと音を鳴らしたりしている。

 自分で鳴らしておいて自分でビクッとする姿がまるで小動物のようだ。


(そもそも腕短くて足りてないやん)


 かわい。と、今度は口に出さず思うだけに留めたコータはお揃いのヤンキー座りのままよいしょよいしょと足を動かして彼女の前に出るとくるりと体を反転させる。

 なるべく、この小さな生き物に煙が届かないようにと角度を確かめながら、煙が収まるまでのわずかな間その背を砂煙舞う風に晒した。


 正面に来たコータを今度は盗み見るようにちらっとだけ見た姫様は、むっちりした腕に顔のほとんどを隠したままでほっぺを丸くし「ふひっ」と笑った。






 * * *



 ───ひと月前。

 人の行き交う石畳の道に、男が一人ぽつんと立っていた。


「こんなとこで流行乗れてもなあ……」


 覇気の無いその声は、この辺りでは聞かない変わった抑揚をしている。

 もし男の言葉を拾った人間がいたなら、よほど遠い国から来たのだろうと彼に興味を向けたかもしれない。

 男が大学を卒業して数年、上京してからも特に抜こうとしなかった関西弁は、()()西()()()()()()()()この地に来てもやはり抜けないらしかった。


 男の存在を特に気にした者はおらず、行き交う人が足を止める事は無い。

 男もまた普通でない体験をして、日本人には到底見えない人々の中に放り込まれてなお、別段取り乱すでもなく普段通りの力の抜けた様子で立っていた。


「これは異世界転生ゆうやつや。知ってる。知ってるで。はああ、大変や」


 言いながら、大して大変そうには見えない彼の独り言は続く。

 学生時代からもうずっと一人暮らしをしている男にとって、一人で会話を成立させる事など造作も無いことだった。

 人は一人で生きて強くなるのだ。


 男、コータはひょろりと細く身長が人より高いだけの標準的な日本人男性だ。

 とっくに成人している。

 鼻筋が高い薄味の顔はいわゆるシュッとした顔立ちだったが、外出する際はいつも気分で黒いマスクを付けているため容姿が目立つことはなかった。

 よく眠いのかと聞かれてしまう目は開いているのか閉じているのか分からないようなボンヤリした様子であることが多く、今はそれも長い前髪で覆われている。


 マスクと前髪で相変わらず表情が読みづらい彼だが、流石に今回ばかりはちょっと困った事になったなあくらいには考えていた。

 しかし生来無気力な性分で省エネ気質の様子は至って平常で、傍を通る人々から見ても慌てているようには決して見えないだろう。

 彼の数少ない友人である暑苦しい幼馴染がこの場に居たならきっと「大変言うんやったらもっと大変そうにしいや」と呆れてツッコミを入れただろうが今は一人だ。


 これやとボケっぱなしやな、と一人内心で物足りないような寂しいような気持ちになったコータはフウと軽く息をついた。

 まだ日は高いが見知らぬ土地で一人、持っているのはポケットのスマホと財布だけ。

 流石にボーっと立っているだけでは一晩越すのにも苦労するのが見えている。

 コータは一歩踏み出すと、さして臆することもなく近くの店で店番をしていたマッチョな男性店員に声をかけた。


「すんません~、このへん交番ってあります?」

「コーバンってなんだ?」


 コータの異世界生活、開始二分の出来事であった。





 その後、どう見てもベラベラに英語喋ってきそうな金髪マッチョ店員はコータの話した簡単な事情を聞くと、ネイティブな日本語のこなれた標準語で親切に警察署の場所を教えてくれた。

 実際は警察署では無くこの世界の騎士だか警吏だかの待機所らしいが、行政に助力を求めるならそこでいいとのこと。


 営業を邪魔してしまったことを詫びるコータに、そこへ行ってダメならもう一度この店に戻ってこい、一緒に考えるからと言ってくれた彼がたまたま特別に親切な人だったのか、それともこの街の人々が親切な気性なのかは分からない。

 コータは第一異世界人とのやり取りを終えるとほっと息を吐き、それから楽観的な自分も異世界にはさすがに少しは気を張ってたみたいやと気付いて苦笑した。




 平和そうな世界に安心していよいよ本来の彼らしい雰囲気を取り戻したコータは、教えてもらった道順を頭に描きながら歩いていく。

 石畳の街並みは整備されており、いつか行ってみるのもいいかもななんて思っていたヨーロッパの歴史的な街並みに似ていて、もはや観光気分ですらある。


 見慣れない、けれどどこか物語やゲーム作品の中で見た様な西洋風の外見の人々が行き交っていう街中は都会の喧騒ほどではないものの賑やかで、余裕のある二車線道路ほどはある広い通り、メインの大通りだろうそこを歩く人の中には簡易な鎧を身につけた人や、鞘に収められているものの明らかに剣や弓だろう武器を携帯した人の姿もちらほらと見えた。

 斥候職だろうか、口元を布で覆った忍者のような格好の者もいるためコータの黒マスク姿も街から浮いてはいない。


(おー、いかにも私魔法使えますって感じの人も歩いてはるやん。魔法もあったりするんかな、この世界)


 失礼にならない程度に周囲の人々を観察しながら、好き勝手に想像するのは存外楽しかった。

 小さい頃、暑苦しい幼馴染に熱烈に勧められてやった人気のRPGゲーム、その始まりの街を思い出す。


(剣と魔法の世界で旅とか)


 西洋風の街並みと人々はけれど日本語がバリバリに通じるし、看板なんかもひらがな・漢字・カタカナと読むのに苦労は全く無い。

 そんなちぐはぐさがまたゲームで見た世界っぽいなんて思って足取りを軽くしていると。


「───……ぃぃ」

「?」


 遠くで何かが聞こえた気がした。


「───……ぃぃぃぃ」

「??」


 なんだかすごい速さで近づいてきている気がする。

 救急車? と一瞬思ったがそもそも牧歌的な街並みに原動機付きの四輪車が想像つかなさすぎる。

 まさかそんなと立ち止まって辺りを見回すと、先ほどまではのんびりと歩いていた周囲もまたコータと同じように足を止め、一方向へ振り返っていた。


「ぃぃぃいいいいいいやあああああ!! どいてええっ!! どいてくだしゃいませえええええ!!!」

「!?」


 暴走超特急。

 ドドドドドと地鳴りを鳴らしながら迫って来ているのは動物の群れだろうか。


 まるで闘牛のようだが、明らかにコータの知っている牛ではない。

 黒毛で大きな角をそそり立たせた大型牛の群れの疾走に、コータは瞬間的にかつてテレビで見た弱肉強食のドキュメンタリーを思い出した。


「どいてくだしゃいいい~!! よけてえ! よけてえええ!!!」


 先頭を行く牛の角に掴まる声の主、小さなその影に目を凝らす間もなく迫る大群。

 その速度は常軌を逸して速く、見る間に迫ったその大群がもう目前に見上げるほどになっているのを見てコータは諦めた。

 避け、否、死。





「死んだわ」





 どっかーん





 群れに突撃されたコータは吹っ飛ばされた。

 それはギャグ漫画かよという撥ねられっぷりだった。

 

「いやああああああ!! ひきまちたっ!!! よわしょうなのをひきまちたわああああ!!!」

 

 ぴゅーんと、上空へ高く高く飛ばされながら少女の絶叫を聞いたコータは「弱そう言うな」と思わず不満を漏らした。

 どちらかといえばボケ役だった自身がツッコミに回されている感じが落ち着かない。


 何より、完全に死を覚悟していたのにコメディ丸出しで飛ばされ、今しがたキラーンと空の星にさせられる体験をしながら、バクバクの心臓を誤魔化すように『なるほど、こういう意味ね理解理解』と妙に納得させられるのが逆に腹立たしかった。

 異世界へと飛ばされる前、『笑いの神』を自称するふざけた神様にフォッフォッフォ笑いで説明された転生特典に思い至った。


「『なんでも笑いに変える力』ってこーいう意味かいな」


 なんやねんそれと言いながら転生したが、ここに来てやっと意味がわかった。

 笑いに変えるとはまさにそのままの意味だったらしい。


 たとえゲームや物語のように見えるこの世界でも、あの爆走する牛まがいの大群に轢かれてはひとたまりも無かっただろう。

 助かったのはひとえに、この『笑い力』のせい。

 否、おかげ。


 轢かれる瞬間に死んだと思ったが、次の瞬間には世界の解像度すら下がってみんなが等身の低いミニキャラのような風情になり、どっかーんでぴゅーんでキラーン☆だ。

 思わず力が抜けてしまうが、それで助かったのは紛れもない事実だった。

 そして、使いようによってはこの世界を生きて行くのに非常に役立つ力かもしれないと思える。


 道端にボトっと落ちたコータは「扱い(ざつ)やな」と苦笑しながら独り言を言って、そうか星になったキャラ達はその後みんなボトっと落とされとったんやなと変に感動しながらむくりと起き上がると自分の立つ場所を確認した。


「うわ、『はじめにもどる』、やん」


 そこは、この世界に着いたコータが最初に立っていた場所。

 すぐそばの店には目を丸くする金髪マッチョ店員がいる。


「うーん……、オチとしては弱ない?」


 他にも色々と言う事はあったはずだが、そこが気になってしまうのは関西人の性だった。

 この力を百パーセント生かそ思たらツッコミまでがワンセットやなあなどと考える。

 『笑い力』が結構ボケっぱなしで投げっぱなしだということに早々気付いたコータは、しかしせっかくだからと金髪マッチョの元へテクテク歩いていって無事な様子を見せると、先ほど遭遇した牛や跳ねられたことを面白おかしく話して聞かせた。


 絶対ウケると踏んだが、普通に心配された。

 金髪マッチョ店員は優しすぎた。

 不完全燃焼だ。



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