渋柿とお爺さんの思い出
他のところよりも少し小高い丘のような場所で黄色い小さな花を幾つも纏ってスクスクと成長しているビロードモウズイカの横を通り過ぎ、オレンジ色の花を咲かせているノウゼンカズラとモントブレチア、そして、ランタナの花と実が生い茂っている道を通り過ぎようとしたとき、その茂みの下から時計草の花が咲いているのに気づきました。
時計草の花は細工の美しい天文時計のように見た目が美しいだけでなく、その花は伝統生薬製剤の医薬品として利用されてきました。一方、ランタナの実は美味しそうに見えるのですが、その種子に毒を含むため小さな子が誤って口に入れないように注意が必要です。身近に見られる植物でも食べられない実をつけるものは多いので、“皆んなと一緒に食べたことがあるもの以外は食べずに相談してね”と村の人々に伝えてあります。
私がよく通る道には綺麗な青い紫陽花も咲いていましたが、いまはそれが咲き終わる頃となり、少し寂しい気持ちになります。村の公民館に到着すると、その隣に並べて植えてある木槿の紫の花を見て気持ちを切り替えた私は、そろそろ良い時期となる夏季剪定に適した果樹がないかを村の人々に聞いて回りました。そうしているうちに、本当に偶然だったのですが、村から少し外れたところに住んでいるお爺さんが公民館に来ていて、昔話を聞かせてくれました。
「ワシが幼かった頃、少しの期間だけこの村に滞在していたお姉さんがいた。その人は聖女様、ああ、いや、聖女様とは呼ばれたくないんでしたな。あなた様と同じように渋くて橙色の実がなる木がないかとワシに尋ねた。ワシはそのような実のなる木の場所を知っていたので、その人と一緒に実を幾つか採ってきた。ただ、その人は、この実は直ぐには食べられないから、一週間後にまたきて欲しいと言ってね」
「そうすると一ヶ月近くかかる干し柿にしたわけではないのですね」
「ほしがき?」
「すみません。途中で口を挟んでしまって。どうぞ続けてください」
「ああ、それで一週間後にその人のところで橙色の実を食べたんじゃ。それが物凄く甘くてなぁ。その直ぐ後に、その人は婚約者と住む家ができたと連絡が来て喜んでこの村を発ったんじゃ」
「そんなことがあったんですね。お爺さん、その木のある場所を教えて貰えますか?」
そうして、お爺さんから教えて貰った場所に行くと幾つもの柿の木が大きく育っていました。木の様子を見てみると、かなりの樹齢となっているものもあり、深刻な病害虫がないかどうか心配しましたが、奇跡的にも病害虫の影響は見られず、私はホッと胸を撫で下ろしました。
渋柿と言えども油断はできないので、私が来たからには健康に育って貰えるように全体的に混み合っている枝を剪定してスッキリと風通しを良くして病害虫を防ぐようにしていきました。不要な果実は減らし、不作と豊作が交互に繰り返さないようにもしていきます。剪定した枝葉で比較的若いものは持って帰り、残りは肥料とすることにしました。
村に帰ってきた私は、持ってきた渋柿の枝葉を2から3日ほど陰干し、その後、陰干しした渋柿の葉を2 mmに刻んで、2分ほど蒸しました。最後に、蒸した葉をザルに広げて干して乾燥したら、柿の葉茶の完成です!
渋柿の場所を教えてくれたお爺さんには、出会った日から3日後にまた公民館で会う約束をしていたので、公民館に来ていた村の人と一緒に柿の葉茶を飲みました。帰りには、柿の葉はビタミンCが豊富なので時折飲んでくださいと伝えて数日分の柿の葉茶を公民館に来たときに毎回渡す約束をしました。
お爺さんの思い出にある甘い実をまた食べて欲しいという願いを込めて。
「あの実がまた食べられるように健康でいないとなぁ」と微笑みながら渋柿の場所を教えてくれたお爺さんは帰途につきました。
少し経って私も帰途につきましたが、その途中で見た時計草は時計の針に見える部分が少し進んでいるように思えたのでした。