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高価だから麦わら帽子を編んでみよう!

 この世界の麦わら帽子はとても高価だったので熱中症対策のために麦わら帽子を手作りすることにしました。日本においても、麦わら細工は江戸時代中頃から作られるようになり、明治時代で麦わら帽子が登場します。明治40年頃、白米10 kgが1円56銭、銭湯が3銭でしたが、子供用の麦わら帽子の価格は2円から4円ととても高価でした。

 今回は村の人々に集まって貰って麦わら帽子の貸し出しと手作りの方法を覚えて貰うことにしました。女性には麦わら帽子にリボンや花を模した刺繍や布をつけたものを、男性にはダンディなカンカン帽子のようなものを試着してもらいました。通気性の良さやオシャレのしがいのあるものだと実感して貰えたようでした。

 素敵な麦わら帽子を被った人々が描かれた絵画も公民館の壁に飾りました。特に、ホアキン・ソローリャの『浜辺の散歩』やフリードリヒ・フォン・アマーリングの『麦わら帽子をかぶった少女』、モネの一連の作品を模写した絵画は人気が高く、麦わら帽子を自作することに対して多くの人々のやる気に火がついたようでした。麦わら帽子の手作り完成時には記念としてウィリアム・モリスが喜んでくれるようなアール・ヌーヴォーなどの意匠の凝った好きな帽子掛けをプレゼントすることにしました。

 まずは麦わらを加工して麦稈真田ばっかんさなだに近いものを作るところから始めました。裸麦はだかむぎ大麦おおむぎの穂に一番近い節となる先節さきぶしを編み細工用に、その次の節となる二節にふしを張り細工用にします。今回は麦わらの自然な色を楽しむために、収穫・乾燥したものを熱湯で15から20分程度煮て、乾燥させました。

 そうして輝く麦わらになった先節さきぶしをツキワリという道具で割き、綿の実を取る道具の「実取り」を転用して平たくします。それをらしながら三つ組や四つ組に編んでいきます。

 子供用なら10 mは必要なので村の皆さんには毎日少しずつ編んで貰うようにしました。作業の様子を見ていると2週間以内には女性の皆さんは出来てしまいそうです。

 編む作業を完了したら人から編んだ麦わらを使って帽子を作って貰いました。木型を用いて中央の天辺からつばの方に編んだ麦わらを少しずつ重ねながら巻いていきます。重なる部分は天辺から下側に入れ込みながら巻き下ろしていく感じです。重ねた部分はピンで止め、後でタコ糸でまつりいしていきます。まだまだ作り足りない子にはツバの部分をレース編み風にすることもトライして貰いました。

 このようにして基本的な作り方を多くの町村や貧窮院で学んで貰うと、夏の時期には子供たちが気軽に色々なアレンジが施されて飾られた麦わら帽子を被っている姿を見かけることができるようになりました。貧窮院では様々な種類の麦わら細工も数多く作られて院の運営を助けることにも繋がりました。


後日談

 りょうや田畑が不作で困っていた漁師や百姓ひゃくしょうの人々に麦わら細工ざいくを教え困窮する人々を救った人がいたと伝えられています。その人は聖職者であったと言われています。

参考文献

[1] 金子皓彦ら「麦わらの絵本」農文協

[2] ぶんぶんレポ「~讃岐三白を超えた?~幻の特産品麦稈真田」

 https://www.city.sakaide.lg.jp/soshiki/bunkashinkou/bunbun007.html


ネットで調べても大麦の部位は図解で容易に出てこなかったので、本文に説明を加える予定です。現在はもう時間がないので、この加筆・修正はまた後日に行います。

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