闇に潜む者
私は自室に戻ると、ドッと疲れが押し寄せ思わずソファに倒れ込んだ。
「この疲労感は何だ…?」
得も言われぬ疲労感は、精神的なものかもしれない。
「サビィ!どうなさいましたの?」
クルックが心配そうに声を掛けてきた。
「いや…大丈夫だ。なんでもない」
体がずっしりと重い。
今日も、水盤に話し掛けるつもりだったが気が進まない。
全く気力がわかない。
「サビィ!大丈夫なように見えませんわ!」
「ここ最近、忙しかったから疲れが出ただけだ…クルック、頼むから少し静かにしてくれ。そうキャンキャンと捲し立てられては気も休まらない…」
「でも…サビィ…私は心配なのです。だから、いつも言って…い…ます…で………」
興奮気味に捲し立てるクルックの声が、徐々に遠くなる。
私は一体どうしたのだろうか…
酷く体が怠く重い。
今まで感じた事がない疲労感だ…
何も考えられ…な……い
私はいつの間にか意識を手放し、眠りに落ちていった。
「う…ん…」
私は、ふと目を覚ました。
どれくらい眠ったのだろうか?
数十分?いや…数時間か?
私はまだぼんやりとした頭で考える。
体が重く息苦しさを感じたが、ゆっくりと身を起こした。
部屋の中がやけに暗い。
照明を落とした記憶はないが、クルックが気を利かせたのか…?
いや、それはないだろう…
おかしい…
目を凝らして注意深く辺りを見渡す。
全く見えない…
私は、部屋の照明を点けようと指を鳴らした。
「点かない…」
再び指を鳴らすが、なぜか暗いままだ。
「仕方ない…」
私は溜息を吐くと、両手のひらを広げ息を吹きかけた。
すぐに丸い球体が手のひらの上に現れ、フワッと浮くと、柔らかい光りを放ち辺りを照らした。
それをかざしながら再び部屋を見渡すと、部屋の隅に黒い塊のような物がある。
「あれは何だ…?」
私は目を凝らし、ゆっくりと歩み寄る。
近付くにつれ、その塊がゴソゴソと動いている事に気付く。
私は恐る恐る手を伸ばす。
すると、その黒い塊はピタッと動きを止めた。
「………なの…に…」
何やら呟いているらしいが聞き取れない。
塊だと思っていたが天使なのか…?
「君は誰だ?私の部屋で何をしている?」
「………」
問い掛けに答えない。
聞こえていないのか?
私は更に手を伸ばしながら声をかけた。
「聞こえてないのか?ここで何をしている?」
その瞬間、その黒い塊が素早く振り返り、伸ばしかけていた私の腕を掴んだ。
「私が分からないの?いつも見ているのに…」
それは、黒いフードを目深に被っていた。
表情は見えない。
しかし、隙間から微かに見える目は眼光鋭く、ギラギラと光っている。
その視線は、私にねっとりと絡み付いてくる。
「ねぇ…私をちゃんと見て…」
そして、物凄い力で私の腕を引きながら、フードで隠した顔をズイッと近付けてきた。
「ねぇ…私を見て…」
その顔は真っ黒で、目だけがギラギラと光っていた。
「私が誰だか分かった…?いつもあなたを見てるのよ…あぁ…近くで見ても何て美しいの…」
それは黒い手を伸ばし、私の顔を触れようとする。
目を細め、ウットリと見つめている。
私は、ゾッとし手を振りほどこうとしたがビクともしない。
「そんな事しても無駄…私はあなたから離れない…」
それは、恍惚としたような目付きで更に顔を近付けてきた。
「私のものになってよ…あの女より、私の方があなたを幸せにできるわ…」
それは、私の目の前まで顔を寄せると、ニタリと笑った。
その口はザックリと耳まで裂け、赤黒い舌が見えた。
私は満身の力で、強く掴まれたままの腕を振りほどいた。
「私は君を知らない。勝手に部屋に入るなど失礼だ。今すぐ出て行ってくれ」
私は、ゆっくりと後ろに下がりながら努めて冷静に言った。
一瞬それは目を見開き動きを止めたが、見る見る間に怒りの表情に変わっていった。
目をつり上げ、耳まで裂けた口を醜く歪めている。
「愛されるのは…いつもあの女……」
それは、ブツブツと呟くとフッと跡形もなく消えたのだった。