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幸せの翼  作者: 悠月かな
15/61

幻の木リラムーン

私とブランカは、ラフィの部屋にやって来た。

イルファスから早く離れなくてはならない…

そのように強く感じた私達は、急ぎ足でここまで来た。


「ねぇ…サビィ…イルファスの様子おかしくなかった?」


ブランカも、イルファスの様子に異変を感じていた。


「ああ…私は彼女の視線に恐れさえ感じた…」

「イルファスは普段はとても大人しいの。1人でいる事が多くて…話しかけても答えないくらいなの。だから、迫る勢いでサビィに話し掛ける姿を見て驚いたわ…」


イルファスの視線と、私に迫ってきた姿を思い出し思わず身震いする。

その時、突然ラフィの部屋の扉が開いた。


「誰かの声がすると思ったら…2人とも一体どうしたんだい?顔が強張ってるよ」


ラフィの笑顔と朗らかな声が、一気に場を和ませる。

私とブランカは、ホッとして顔を見合わせた。


「何かあったみたいだね。とにかく中に入って」


私達は、ラフィの部屋に入りソファに座った。


「これを飲むといい。落ち着くよ」


ラフィは、テーブルにティーセットを置いた。

彼がパチンと指を鳴らすと、ティーポットが現れカップに黄金色のお茶を注いだ。

部屋中に薔薇に似た優雅な香りが広がる。


「ラフィ、このお茶は?」

「これはリラムーンティーだよ」

「何?リラムーン?今は見る事のない幻のお茶…ラフィ、一体どうやってリラムーンを入手したのだ?」

「僕が栽培した」

「栽培?確か…リラムーンの木は全滅したはずじゃ…」

「そのはずなんだけどね…この本棚の両脇に生えてきた木が、どうやらリラムーンみたいなんだ。突然生えきて、すくすく成長してね。僕は何も手を掛けてないから、栽培とはちょっと違うかもしれないけどね」

「あの木がリラムーン…」


私は驚きのあまり言葉を失った。

リラムーンは昔、天使の国の果樹園に植えられていたと言われている。

淡い黄色い花を咲かせ、その花びらはお茶として飲まれていたらしい。

リラックス効果が高く、天使達は愛飲していた。

ところが、突然リラムーンの木が全て枯れてしまった。

原因不明の出来事で、それ以来リラムーンの木は生える事はなかった。

当時、天使達は嘆き悲しんだと聞いている。


「ラフィ、いつからあの木がリラムーンだと気付いた。」

「実は昨日なんだ。百科事典の転記の為に読んでいた本に、リラムーンの事が書いてあってね。その本に描かれていたリラムーンの木が、本棚の脇に生えた木にそっくりだと気付いたんだ」

「なるほど…でも、リラムーンティーは花びらから作られるはずだが…」

「うん。花は咲いてなかったから、ちょっと木にお願いして咲いてもらったんだ」

「そんな事ができるのか?」

「うん。僕も半信半疑だったんだけどね。本に書いてあったんだ。リラムーンは気に入った天使の為に花を咲かせる事があるって…それで、わざわざ僕の部屋に生えてくれたんだから、少なくとも僕はリラムーンに気に入られてるんじゃないかと考えたんだ」

「なるほど…それで、ラフィが頼んだら花を咲かせたのか…」

「そう言う事。まさか本当に咲いてくれるとは思わなかったから驚いたよ」


ラフィは楽しそうにクスクス笑った。


「ラフィ…このお茶凄く美味しいわ!マレンジュリに引けを取らないくらいよ」


ブランカがカップを持ったまま、目を丸くしている。


「ありがとう、ブランカ。お茶の作り方は本に書いてあったんだけど…その製法ではリラムーンが気に入らないらしくてさ。彼女?の手解きで作ったんだ」

「え!リラムーンが作り方を教えたの?」


ブランカは、更に目を丸くしてラフィを見た。


「そうなんだ。なかなかのスパルタだったよ」


ラフィはクスクスと笑っている。


「リラムーンティーの作り方…それは興味深い」


私は立ち上がり、本棚の脇のリラムーンの木に近づき話しかけた。


「リラムーン…できれば、私にもお茶の製法を享受願いたいのだが…」


リラムーンの木は、サワサワと葉を揺らしながら細い枝を私の顔へと伸ばし優しく撫でた。

そして突然動きを止めたかと思うと、素早くスルスルと戻り、ピタッと動きを止めてしまった。


「リラムーン…?」


私は首を傾げ葉に手を伸ばした。

その瞬間リラムーンは枝をしならせ、私の手を容赦なく叩いた。


「痛っ!」


私は、一瞬何が起こったのか理解が出来ず呆然としてしまった。


「あ〜サビィ…どうやらリラムーンは君の事を気に入らなかったらしい…」

「そうなのか…」


私は、がっくりと肩を落とした。


「リラムーン、どうしてサビィは気に入らないんだい?」


ラフィが話しかけると、サワサワと枝を揺らしながらリラムーンの木は答えた。


「そうか…なるほどね…サビィ、リラムーンは君があまりにも美しいから気に入らないんだって」

「は?なんだと…」

「リラムーンは気まぐれで、ちょっとワガママなんだ。ごめんね」

「そうか…私にはマレンジュリがあるから大丈夫だ。気にしないでくれ」


私は、リラムーンに叩かれた手を撫でながら答えた。


(あの枝のしなり方…クルックのムチにソックリだ)


私は密かに、リラムーンには二度と近付かないと心に決めた。


「ねぇ、私が近付いたらどうなるかしら?」


ブランカが好奇心に目を輝かせながら、リラムーンに近付いた。


「ブランカ、やめた方が良い」


嫌な予感がしてブランカを止める。

しかし、ブランカの耳には届かず、彼女はリラムーンに手を伸ばした。


「リラムーン、私はブランカよ。よろしくね」


ブランカの言葉を聞くと、リラムーンは微かにピクッと動いた。

そして、枝という枝をヒュンヒュンとしならせ始めた。


「え!一体どうしたの?」


ブランカは驚き唖然としている。


「ブランカ!今すぐ木から離れるんだ!」


私は、慌てて彼女を腕を掴みグッと引いた。

引いた力が思いの外強く、ブランカはバランスを崩し私の胸に飛び込んできた。

思わず彼女を抱き締める。


「ブランカ、大丈夫か?」


私の腕の中でブランカが顔を上げた。

彼女の頬はほんのりと赤くなっていた。


「え…ええ…大丈夫よ」


私は、ブランカから目を逸らす事ができない。

ブランカも頬を染めたまま、私を見つめている。

時間にしたら、ほんの数秒だったかもしれない。

しかし、私にはとても長い時間のように感じた。



「リラムーン、落ち着くんだ!」


ラフィが、枝をしならせ続けるリラムーンの木に駆け寄り抱き締めると、木は動き止めスルスルと枝を戻し、ラフィを抱き締め返すように巻き付いた。


「ふ〜良かった…落ち着いたみたいだ。2人とも大丈夫か…い…?」


私とブランカはラフィの言葉に我に返り、慌てて離れた。


「ああ、大丈夫だ」

「大丈夫よ。ラフィ、勝手にリラムーンに近付いてごめんなさい」

「いや…いいんだ…」


ラフィは私達から目を逸らした。

その表情は曇り、苦しそうにも見える。

ラフィは誤解している…私はブランカがバランスを崩したから抱き留めた。

他意はない。

いや…あるのか…

ラフィに説明した方が良いのだろうか…しかし、それも不自然だ…

自問自答していると、ラフィが振り返った。

彼の表情は、いつもと変わらず柔らかい笑顔だ。

先程の苦しげの表情は、見間違いだったのだろうか?


「大丈夫なら良かったよ。そう言えば…2人とも何かあったんじゃないのかい?」


ラフィの穏やかな問い掛けに、私達は先程の事を思い出した。


「あ!そうだったわ!実は…イルファスが…」


ブランカが私の顔を見る。

私は頷き、彼女の言葉を引き取った。


「実は、イルファスの様子がどうもおかしいのだ…」

「イルファス?黒髪が印象的な、あの大人しい天使か…サビィ、一体何があったんだい?」


私は、イルファスの視線の事や、しつこく話し掛けられた事をラフィに話した。


「なるほど…あの大人しいイルファスが…」


ラフィは、神妙な表情で腕を組んでいる。


「実は、数日前に誰かの視線を感じていたのだ。その視線と、先程のイルファスの視線が全く同じだった…」


私は、ねっとりと絡みつくような視線を思い出し、ブルっと身震いした。


「ねぇ…サビィ。イルファスはあなたの事が好きなんじゃないかしら?」


私とラフィの話しを聞いていたブランカが呟いた。


「イルファスが私を…?」


ブランカの言葉に私の思考は一瞬停止した。


「え…?いや…そんな事はない…と思う…」


否定をしながらも、先程のイルファスの態度や視線を思い出すと、あながち違うとも言えないのはないのだろうか…


「イルファス…凄い勢いでサビィに迫ってたわ…」

「あのイルファスが?それは驚きだな…サビィ、彼女の視線に気付いたのはいつなんだい?」

「つい最近の事だ。突然、視線を感じるようになった」

「う〜ん…突然なのね…でも、キッカケはあるはずよ。サビィ、何か身に覚えはない?」


私はブランカの言葉にしばし考える。

思い出した…あの時の事か…


「思い当たる節はある。イルファスが酷い靴擦れをし、手当をした。彼女の視線を感じ始めたのは、あの日以降の事だ…」

「きっとそれだわ…間違いないと思う」

「うん。そうだね。サビィは、普段は他の天使を寄せ付けない雰囲気があるけど、意外と優しくて面倒見が良いからね。そのギャップにイルファスは、恋に落ちたのかもね…」

「ラフィ、意外は余計だ」


私は軽くラフィを睨む。


「あはは。ごめんごめん。でも、サビィ…イルファスには気を付けた方が良い」


ラフィは朗らかな笑顔から一転、真剣な表情で私を見つめながら言った。


「そうね…私も気を付けた方が良いと思うわ。」

「あぁ…2人とも心配をかけてすまない。イルファスには十分気を付けるようにする」

「何かあったら、すぐに言ってね」

「僕もイルファスの行動には注意して見るようにするけど…何かあったら、いつでも言って」

「2人ともありがとう…」


私は、2人の有難い申し出に心から感謝した。

しかし…私はこの後、イルファスのエスカレートした行動に狂気を感じる事になるのだった。



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