心の声
私は勢いよく部屋に入ると後ろ手で扉を閉め、そのまま寄り掛かった。
頭に仲睦まじいブランカとラフィの姿が、浮かび続けている。
私は、頭の中の2人を追い出そうと何度も頭を振る。
しかし、何度頭を振っても2人の姿が浮かんでいる。
「この現象は一体何だ…」
胸が痛くズッシリと重い。
私はノロノロとベッドに向かい、そのまま倒れ込んだ。
「まぁ!サビィ!一体どうしましたの?乱暴に扉を開け閉めした上に、いきなりベッドに倒れ込むなど感心しませんわ!」
クルックの甲高い声が部屋に響いている。
今は彼女と話したくない…
ソッとしておいて欲しい。
「静かにしてくれないか…」
私はうつ伏せのまま呟いた。
「え?サビィ、何か仰いました?」
「静かにしてくれないか…と言ったんだ。」
顔だけクルックに向け、どうにか返答する。
「サビィ…どうかなさいました?体調が優れませんの?あまり寝ていないようでしたし…」
「体調…?」
ああ…そうか…そうかもしれない…
睡眠不足がたたったのか…
この胸の重苦しさも体調が優れないせい…
きっと、そうだ…そうに違いない…
ならば、睡眠を取れば回復するだろう…
「クルック…少し疲れた…仮眠を取る事にする…」
私が瞼を閉じると、すぐさま眠りの波が押し寄せてきた。
まどろみの中、瞼に笑顔のブランカの姿が浮かんだ。
私は、思わず彼女に手を伸ばしていた。
しかし…ラフィが現れブランカの肩を抱き、私に背を向け立ち去ろうとしている。
「ブランカ…待ってくれ…ブランカ…」
伸ばした手は空を掴み、力なくベッドに落ちる。
「ブ…ラン…カ…」
私は、そのまま意識を手放した。
どれくらい寝ていたのだろうか…
私は目覚めると、ゆっくりと起き上がった。
徐々に頭が覚醒してくる。
しかし、なぜか胸の重苦しさは変わらない。
「サビィ、目覚めましたの?体調はいかがです?」
クルックが心配そうに私を見ている。
「思ったより良くない…」
「まあ!それは大変ですわ!医務室に行った方がよろしいですわ!」
クルックがガタガタと体を震わせている。
こちらに飛んで来るつもりか…
「いや、大丈夫だ。大した事はない」
「いいえ!大した事ありますわ!医務室に行きましょう」
クルックは、更に激しくガタガタと体を震わせている。
「私がサビィに付き添いますわ!遠慮は無用ですわよ」
これは面倒な事になる。
私は深く溜め息をつき、クルックを見た。
「大丈夫だ。原因は分かっている。水盤の事だけではなく、他にも片付けなくてはならない事がある。こうしてはいられない…」
私は、立ち上がると水盤に歩み寄る。
水面は相変わらず静かで、ゆらりともしない。
「水盤…そろそろ私の問い掛けに答えてくれないか?」
すると、今まで全く反応すらしなかった水盤の水面がユラユラと揺れ始めた。
「水面が揺れている…」
私は水面をジッと見つめた。
最初は小さくユラユラと揺れていたが、徐々に大きくなっていく。
それは波となり何度かうねると、サビィの目線ほどまでに大きく立ち上がる。
『サビィよ…己の心に素直になるのじゃ』
頭に声が響く。
「ようやく答えてくれたな…」
『サビィ、私がなぜ問いかけに答えなかったのか理解したか?」
「いや…」
私は、理解できなかった事が悔しく唇を噛んだ。
今まで理解できない事など皆無だった。
たまに手こずる事はあったにせよ、水盤から見れば他愛のないものだった。
最近の私は理解できない事ばかりだ。
そんな自分が情けなく、悔しく俯いて唇を噛む事しかできずにいる。
『サビィ…頭で考えるばかりではなく、心の声を聞くのじゃ』
「心の声…?」
波はユラユラと揺れながら、私の顔を覗き込むように身を乗り出す。
『そうだ。心の声じゃ。悩みもあるのだろうが、今のサビィは思考ばかりが先立ち、心の声を聞いていない。それは、己自身をおざなりにしているに他ならない。苦しくなるばかりか、余裕すらなくなる。もっと心の声を聞くのじゃ』
私は、自分の胸に手を当て考えた。
心が何を求めているのか、意識を集中し探ってみる。
そして、一つの答えに行き着いた。
「ブランカ…私は…彼女の隣にいたい…私の隣でブランカに笑っていて欲しい…」
『やっと心の声に気付いたな。心の声に蓋をするな。己を偽らず素直になるじゃ。私がサビィの問い掛けに答えずにいたのは、そなたが己自身の心に蓋をし本当の気持ちを偽っておったからじゃ。私は、嘘や偽りが嫌いじゃ。己の心に真摯に向き合い、素直な者にしか答えない。本来のそなたは、もっと心に素直で自由なはず』
「しかし…自分の心に素直になったとしても、なぜか胸の苦しみは消えない」
私は、眉根を寄せ俯いた。
「私の心の中に、まるで黒く大きな石のようなものが常にあるようだ…このような事は今まで一度たりともなかった…」
『それは、今までサビィが他の天使達との関わりを避けてきたからじゃ。ブランカは、そんなそなたを変えたのではないか?ならば…その理由はなんじゃ?』
私は、もう一度自分の心に集中する。
心が何を求めているのか…
なぜ、ブランカとラフィが仲睦まじくしていると胸が痛くなるのか…
なぜ、私の隣でブランカに笑って欲しいと思うのか…
なぜ、ブランカの隣にいたいのか…
私は、暫く心を探っていた。
そして…突然、私の心は叫んだ。
(ブランカが恋しい…そばにいたい!)
その瞬間、心は放たれブランカへの想いで溢れていった。
私は顔を上げ水盤を見た。
「私は、ブランカが恋しい…自分の気持ちに気付いてはいたが、私はそれを認めるのが怖かった…だから、彼女への想いを封じ込めてしまっていたのだ…」
『ようやく気付いたか。サビィ、恋しいと思う気持ちはとても尊い。時には苦しい時もあるかもしれぬ。しかし、誰かを想い愛する事は素晴らしい事なのじゃ。これからどうするかは、そなた次第…』
水盤はそう告げると、波をゆっくりを引かせいった。
気付けば水面は、再び鏡のように静かになっていた。
私は、その穏やかな水面を見つめながら、心に溢れ続けるブランカへの想いを、ただただ受け入れていった。