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幸せの翼  作者: 悠月かな
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湧き上がる胸の痛み

子供達の学びについて3人で話し合ってから、数日が経過していた。

今日はブランカの部屋で、先日の続きを話し合う。

私は睡眠不足で頭が働かない。

ここ数日、寝る間も惜しみ水盤を使いこなすべく、色々と試しているが苦戦しているのだ。

私がいくら呼び掛けても、水盤は何も映さなければ答えもしない。

波一つ立たない。

深い溜め息をつきながらブランカの部屋の前に立ち、扉をノックしようと拳を上げた瞬間、手が止まった。

彼女の部屋の扉には、美しい女性の横顔が描かれている。

長い髪を風になびかせ、はしばみ色の瞳はシッカリと前を見据えている。

柔らかで温かいながらも意思の強い美しさ…ブランカそのものを描いた扉だ。

私がその扉から目を離せないでいると、後方から朗らかな声が聞こえてきた。


「あれ?サビィ。中に入らないのかい?」


振り返るとラフィが笑顔で立っていた。


「扉の前で何してたのかな?」


彼は隣に立ち、私の目線を確かめる為に扉に目を向ける。


「ブランカ…か…」


ラフィは一瞬表情を曇らせ目を伏せたが、すぐさま顔を上げ笑顔で私を見た。


「さぁ、中に入ろう」

「あ…ああ…」


ラフィがノックすると、中からブランカの声が聞こえてきた。


「ラフィとサビィね。どうぞ入って」


私はラフィが一瞬見せた表情が気になったが、胸に納め扉を開けた。


「そろそろ来る頃だと思ってお茶を用意してたの。2人とも座って」


ブランカが笑顔で手招きをしている。

私は、彼女の笑顔が眩しくて一瞬目を逸らした。

ラフィと共に、ティーセットが用意されている木製の丸テーブルの席に着く。

ブランカの部屋は、光りや温かさを感じる彼女らしい部屋だった。

木製を基調としており、シンプルでありながらセンス良くまとめてある。

どこかホッとする温かさを感じる部屋だ。


「マレンジュリティーよ。サビィのように美味しくは淹れられないけど…」


ブランカがティーセットに手をかざすと、マレンジュリテイーがカップに満たされ、甘く爽やかな香りが広がっていく。


「良い香りだ…」


口に含むと、更に芳醇な香りが口から鼻へと抜けていく。


「とても美味しい」


私が息をつきながら言うと、ブランカはホッとした表情を見せた。


「それからマレンジュリのマフィンも作ってみたの」


ブランカは、皿に乗せたほんのりオレンジ色のマフィンを私達の前に置いた。


「マフィンは自信作なのよ」

「ブランカがこのマフィンを作ったの?」


ラフィは感心した様子で、マフィンを眺めている。

私は早速マフィンを口に運んだ。

その瞬間、爽やかな香りと共に、程よい甘さが口に広がる。

甘さの中に微かな酸味。

このバランスが絶妙だった。


「ブランカ、このマフィンは絶品だ…マレンジュリが焼き菓子になるとは…」

「ありがとう。サビィに喜んでもらえて嬉しわ」


ブランカは嬉しそうに、ニッコリと笑った。


「ブランカ、このマフィンはどのように作ったのだ?私に教えてくれないか?」

「いいわよ。レシピを教えるわね」

「ありがとう。ブランカ」

「サビィは、本当にマレンジュリには目がないね。マフィンも作るつもりかな?」

「勿論だラフィ。このマフィンには衝撃を受けた。是非とも作ってみたい」

「喜んでもらえて良かった。作った甲斐があったわ」


ブランカはニコニコしながら、自分の翼から羽を1枚抜き息を吹きかけると、羽は真っ白な紙に変わった。

そして、その紙に羽ペンでスラスラと何かを書き始めた。   


「サビィ、これがマフィンのレシピよ」


ブランカから差し出されたレシピを受け取り、私はまじまじと眺めた。


「ブランカ、ありがとう。早速作って…いや…今は無理か…水盤の問題がある…」


私は深い溜め息をつきながら、ガックリと肩を落とす。


「え?水盤の問題?」


ブランカが不思議そうな表情で私を見た。

私は、噴水から現れた水盤を使いこなす為に苦戦している事を話した。


「そんな事があったの…サビィが苦戦なんて珍しいわね。いつも完璧にそつなくこなすのに」

「私とて苦戦する時もあれば、悩む事もある」

「そうなのね。ちょっと安心したわ」

「安心…?」

「ええ、だってサビィは、いつも涼しい顔で何でも完璧にこなすじゃない?でも、実際は苦戦したり悩んだりしてるんだなって…私はいつも悩んでるし、できない自分にイライラしたり、落ち込んだりしてるのよ。サビィも同じなんだと分かって、ちょっと安心したの」


ブランカはニコッと笑い私を見た。


「いや…私は完璧でありたいと思い、そうである為には努力は欠かせないと思っている。だから目標を高くし、自分に敢えて苦しい課題を課したりもする。それが当然だと思っていた…」

「凄いわ…サビィは、とっても努力家で自分に厳しいのね。でも…行き詰まった時に凄く苦しくならない?」

「確かに…水盤では行き詰まりを感じている…」

「そうよね…サビィ、努力した自分をちゃんと誉めてあげてる?」

「自分を誉める?」

「そう。ちゃんと努力し、頑張った自分を誉めてあげるの」

「いや…そのような事…考えた事もなかった…」

「そうだと思ったわ。自分を誉めてあげる事も必要だし大切な事よ。努力や頑張りを自分自身が認めてあげないと、心が苦しくなるのよ。サビィは、凄く努力家で頑張り屋さんよ」


ブランカが優しい瞳で私を見つめている。


私は、ハッキリ言って自分の容姿や所作には自信がある。

しかし、天使として能力に関しては努力を重ねねばならないし、私はまたまだ力不足と思っている。

これくらいできて当たり前だし、目標はまだまだ高く届きそうにもない…

しかし、自分を褒める事も必要とは…

目から鱗が落ちた。


「そうだな…もう少し、自分を認めてみる事にする。誉める事は難しいかもしれないが…」

「少しずつで良いのよ。でも、サビィなら大丈夫よ。必ず水盤を使いこなせるはずよ」


ブランカの言葉に不思議と私の心はスーッと軽くなっていった。

以前から感じていたが、ブランカの言葉には不思議な力がある。

ブランカは、悩み落ち込む天使達から相談をされる事がとても多い。

彼女は、そんな天使達の悩みを真剣に聞き、的確なアドバイスをし、尚且つ励ます。

相談を終えた天使達の表情が、見違えるほど明るく輝いているのだ。

これは、ブランカならではの不思議な力だ。


「ありがとう、ブランカ。諦めず、引き続き水盤と向き合う事にする」

「サビィなら絶対に大丈夫よ」


私は、ブランカの眩しい笑顔をずっと見ていたかったが、そんな自分に気恥ずかしさを感じ、ソッと目を逸らした。


「そっか…サビィも苦戦してるのか…」


ラフィの溜め息混じりの呟きに私はハッとし彼を見た。


「え?サビィも…ってどういう事?」


ブランカがキョトンとした表情でラフィを見ている。


「ブランカ…実は、僕も図書室で不思議な百科事典が現れたんだ。全て白紙なんだけど…どうやら僕が得た知識がそのまま百科事典に転記されるようなんだ。ここ数日、ずっと本を読んで百科事典の白紙を埋めていたんだよ」

「なるほど…ラフィも大変そうだな…」


私の言葉にラフィは頷いた。


「うん。なかなかね…まずは本棚にある本を全部読む事が目標かな」

「あの本を全部か…」


私は、ラフィの部屋の本棚を思い出した。

かなりの量の本があるはずだ。


「ラフィも大変そうね…そうだ!サビィの水盤もラフィの百科事典も、子供達の学びに使えないかしら?」

「水盤と百科事典を学びにか…そうだな。使えるかもしれないな…」

「うん。僕もそう思ってるんだ。正直、百科事典に関してはまだ、転記中だから使い方は分からないけど…きっと、子供達の学びに役立つと思うよ」

「じゃあ、決まりね。まずはサビィは水盤を使えるようにならないといけないし、ラフィは転記作業を進めないとね。2人とも頑張ってね!」


ブランカは笑顔で私達を見た。


「ブランカ…君はなかなかスパルタだね」


ラフィが苦笑しながら言った。


「あら…だって2人は、必ず私の期待に答えてくれるもの」

「はい。はい。全く君には敵わないよ。サビィ、とにかく頑張るしかないようだよ」

「そのようだな」

「ウフフ。2人とも自分を誉めてあげながら頑張って」

「あれ?ブランカは頑張った僕達を誉めてくれないのかい?」

「もちろん誉めるわよ。だから頑張ってね」


ブランカは笑顔で私達を見た。


「はあ〜やっぱりブランカには敵わないよ」


ラフィが大袈裟に溜め息をつくと、私達は弾けるように笑い合った。


「そう言えば…ブランカは子供達に何を教えるつもりだい?」


ひとしきり笑い合うと、ラフィは呼吸を整えブランカに問いかけた。


「私?そうね…私は歌を教えてみようかしら」


ブランカの歌声は、この天使の国一と言っても過言ではない。

彼女の歌声は皆の心を癒すだけではなく、希望や勇気を与える。

苦境に立たされた天使や、悩み苦しむ天使…道が閉ざされ落ち込む天使達が彼女を歌声を聞き、見違えるように元気になり、瞳に力が宿った瞬間を何度も見てきた。

これも、彼女ならではの不思議な力だ。


「歌か…うん。ブランカの歌なら子供達も楽しみながら学べると思うよ」

「私も同意見だ。素晴らしい学びになるだろう」

「ラフィ、サビィありがとう。子供達が楽しんで笑顔になるような学びにしたいわ」


ブランカは瞳をキラキラと輝かせながら、私達を見た。

その表情は、あまりにも美しく私の目は彼女を捉えたままそらす事ができない。

そのまま時が止まったようだった。


「サビィ…サビィ。聞こえてるかい?お〜い!」


私はラフィの言葉にハッとした。


「あ…ああ…すまない。ちょっと考え事をしていた…」


私は、ブランカに見惚れていた事を悟られないように、そっと目を逸らしラフィを見た。


「水盤の事かい?」

「あ…ああ…まぁ、そんなとこだ」

「ふ〜ん…」


ラフィは、真意を探るべく私の瞳をジッと見つめている。

その視線からも逃れる為に話題を変えた。


「そう言えば、ツリーハウスの件で候補の場所があるんだが…」

「候補が見つかったのね?」


私はブランカに頷くと話しを続けた。


「花畑の後方の草原に木を植え、成長したらツリーハウスを作るのはどうだろう?」

「素敵!花畑の後ろならたくさんの木を植える事ができるわ」

「そうだね。サビィ、良い考えだよ。いっその事、食堂も神殿ではなくツリーハウスの下に建てるのはどうだい?」

「そうね…素敵な食堂ができそうだわ!」

「では…ツリーハウスは、それで決定で良いか?」

「ええ!サビィ。決定で良いわ。ね?ラフィ?」

「うん。もちろん!凄く良い場所だよ」


私達は笑顔で頷いた。


「これから、更に大変になってくるわね。木を植えるとなると私達だけじゃ無理ね…手伝ってくれる天使が必要だわ」

「そうだね…心当たりをあたってみようか?」

「ラフィ…それでは時間が掛かり効率が悪い。神殿の前に掲示板を作り募集してみてはどうだろう?」

「さすがサビィだね。それならすぐに集まりそうだ」


ラフィは頷きながら笑顔で私を見た。

ブランカも力強く頷いている。


「期日は一週間後くらいだろうか?」


私は2人に尋ねた。


「そうね。それくらいで良いと思うわ」

「うん。一週間あれば掲示板も認知されるよね」


了承を得た私は深く頷いた。


「では…早速動くとしよう。掲示板は私に任せてくれないか?」

「ええ、お願いねサビィ」

「サビィ、大変だけどよろしくね」

「ああ、任せてくれ」


私は頷き2人を見た。

すると、ブランカが心配そうに私の顔を覗き込んできた。


「ねぇ…サビィ、水盤の事もあるけど…大丈夫?あなたは集中すると時間も忘れてしまうからほどほどにね」

「ああ…ブランカ。ありがとう…」


ブランカは、昔から私を心配してくれる。

彼女の気遣いに私の心は、柔らかな火が灯ったように温かくなった。


「ブランカ、僕には労いの言葉はないのかい?」


私達のやり取りを見ていたラフィは、笑顔でブランカに問いかけたが、彼の瞳には寂しさが入り混じっているように見えた。


「ラフィもほどほどにね」

「あれ?僕には随分と簡単な労いだね」

「ラフィは大丈夫よ。onとoffの切り替えが上手いもの。だから頑張ってね」

「やっぱり、君はスパルタだ…」

「ウフフ、期待してるわね」

「はぁ〜」


ラフィは溜め息をついたが、もう瞳には寂しさは見て取れず楽しそうだ。

そんな2人を目の当たりにすると、複雑な思いが胸を占めていった。

胸にモヤが掛かったようだ。

寝不足という事もあり、感情のコントロールが難しい。

部屋に戻り休んだ方が良さそうだ。

私はブランカに言った。


「では、私はそろそろ自室に戻る事にする。水盤の問題もあるが…寝不足で頭が働かないようだ…」

「そうよね。今日は解散にしましょう。サビィ、まずはゆっくり休んでね」

「そうだね。サビィは心なしか顔色も悪いようだ。少し休んだ方が良い。無理は禁物だよ。僕も今から、百科事典の転記の続きに取り掛かるよ。ブランカの期待に応えないとね」


ラフィはブランカにウィンクをして答えた。

その瞬間、ブランカの頬が桜色に染まる。

彼女は、頬に両手を当てラフィから目を逸らした。

そんなブランカを目にした私は、誰かに胸を鷲掴みにされたような痛みが走った。


「ブランカ、ラフィ、私は失礼する」


胸の痛みに耐えられず、私は胸を押さえ俯きながら立ち上がった。


「え!サビィ…胸が痛むの?大丈夫?」


ブランカの声を背に聞きながら、私は彼女の部屋から出た。

とにかく、自室に早く戻りたかった。

これ以上、ブランカとラフィを見ていられない…私はそう強く感じていた。




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