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コンプレックス ~心に傷を抱えた少女の一年間~  作者: 下東 良雄
二学期・後半
86/223

第七三話 文化祭(七)

 ――文化祭 二日目 音楽研究部のライブ


 一曲目から三曲目は、駿がボーカルを取り、観客から高い評価を得た。

 そして、四曲目、ついに幸子がボーカルを取る。

 心に深い傷を負った『過去の自分』と対峙した幸子は、駿たちから得た勇気や友情を想いながら歌い、『過去の自分』を心の奥底へ追いやることに成功した。

 自分へ歌った歌は、観客の心にも届き、惜しみない歓声と拍手を得ることができたのだった。


 そして、このライブの最後の曲。

 駿と幸子は、練習時に一度も成功しなかったデュオに挑む。


 ステージに照明が灯った。

 駿はベースを置き、幸子が待つステージ中央へ進む。

 太は、吹奏楽部に借りたティンパニを二台並べていた。

 駿がマイクを持ちMCを挟む。


「皆さん、ありがとうございます。次の曲がこのステージの最後の曲になります」


 観客から『えー』『やだー』といった嘆きの声が大きく上がった。

 少しだけ時間をおき、観客が落ち着くのを待つ。


「そうやって言っていただけて、ホントに嬉しいです。短い時間でしたが、私たちのステージにお付き合いいただき、本当にありがとうございました。最後まで楽しんでいってください」


 観客に軽く手を挙げた駿。

 その姿に歓声と拍手が沸き起こる。


 そして、すべての照明が落ち、ステージが淡い赤い光に包まれた。

 ステージ中央に立つ駿と幸子。


 ふと幸子に目をやった駿。

 練習で一度も成功しなかった歌に挑むからだろう。緊張で震えているのが分かる。


「さっちゃん、手を出してみて……」

「?……」


 駿の言葉に、そっと手を出した幸子。

 駿は、その手を握った。


「!……」

「さっちゃん、一緒に歌おう……」


 幸子に優しく微笑む駿。


(今回もこうやって勇気をもらっちゃうんだな……)


 幸子は駿の手を強く握り返した。

 駿が、ジュリアとココアに合図を出す。


 ふたりにスポットライトが当たった。

 手をつなぐふたりの姿に、観客からひやかしの声が上がる。

 身長差の大きなふたり。

 手をつないだその姿は、親子のようで、正直不格好だった。

 笑っている人もいる。


「さっちゃん、歌で黙らせよう……」


 駿の言葉に、強い意思を込めて頷いた幸子。

 駿は、キーボードの亜由美に合図を出した。


 スピーカーからピアノの音が流れ始める。

 徐々に小さくなっていくひやかしの声。


 ライブの最後を飾るのは、数十年前に発表されたフォークデュオの名曲。

 数年前、あるアーティストが独自の解釈でこの曲をカバー。

 さらに、実力派シンガーとのデュオが大きな話題となった。

 今回、駿と幸子が挑戦しているのが、そのデュオのカバーである。


 駿と幸子は、便宜上、曲の構成を一番から五番まで番号付けした。

 一番と二番は、つぶやくように、そして二番の方が若干強く歌う。

 三番から声を張り、四番、そして最後の五番に向けて徐々に強く、声量を上げていく。

 そして、ラストだけは、囁くように。


 練習では三番の途中、もしくは四番から幸子の声が駿の声に押され始め、きれいにハモることがどうしてもできなかった。


 曲が始まり、ふたりのデュオが始まる。

 誰かにそっとつぶやくように歌いながら、ハモっていったふたり。

 その歌声に、観客は誰も声を発せなくなる。


 一番、二番を歌い終え、そして、鬼門の三番へ。

 駿と幸子の歌声が大きく、そして強くなる。

 駿は幸子の手をぎゅっと握った。

 幸子も手を強く握り返す。

 幸子の声は、駿の声に押されず、きれいなハモりを見せていた。

 観客は、ただただふたりの歌声に聴き入っている。


 四番へ。

 駿は、どこかに怒りをぶつけるかのように。

 幸子は、さらに強く、しかしどこか咽び泣くかのような声で歌う。

 駿に負けないほどの存在感のある幸子の声。


 そして、太の叩くティンパニの音が、野太く講堂に響く。

 達彦も二人の歌の邪魔にならないように、ギターを奏でていた。


 ふたりの顔に汗が流れ、照明に照らされ光っている。

 観客は、その全力で歌うふたりの姿と、力強くも美しいハーモニーに、目と耳が釘付けになっていた。


 そして、五番。

 ふたりは、最後に全力を尽くした。


 駿は、心に渦巻く激情をそのままこの場にぶちまけるように叫ぶ。

 幸子は、天遥か遠くの神へ祈りを届けるが如く、声を絞り出す。

 ふたりの手は固く結ばれていた。


 観客は、ふたりの歌声とハーモニーに圧倒され、言葉を失う。


 そして、クライマックス。

 ふたりは、あらん限りの声を出し、ラスト、呟くようにフィニッシュを迎える。


 練習では、一度もうまくいかなかったデュオは、この本番で成功した。

 歌い終えたふたりは顔を合わせ、満足そうに微笑んだ。


 伴奏が終わる。



 講堂が揺れた。



 講堂を揺らすほどの大きな歓声と、割れんばかりの拍手が講堂の中に満ちる。

 誰もが手を上げ、拍手をしているのが見えた。


 ステージの照明が灯る。

 歓声と拍手がさらに大きくなった。


 駿、達彦、亜由美、太、そして幸子の五人がステージ上に横一列に並び、頭を下げる。

 止まない歓声と拍手。

 五人は、そのままステージ脇へはけていった。


「よっしゃ! 大成功だろ、コレ!」


 駿が満面の笑みで四人に同意を求める。


「はい! 大成功です!」

「満点って言っていいんじゃねぇの」

「私、もっとやりたーい!」

「ボクももっとやりたいな」


 ライブ成功の喜びにハイタッチし合うステージメンバーたち。

 五人は、やり遂げた達成感を全身で感じていた。



Next: 第七四話 文化祭(八)



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