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62 ずっと何かを食べていました


 エアス、エアス、エアス

 エアス、エアス、エアス



 ひたすら何かを食っていた。

 貪れば貪るほど、舌と腹が喜んだ。

 食うことだけに、ただ集中した。


 自分が何者なのかなんてわからなかった。

 たぶん何も考えていなかった。


 もし何かを考えているとすれば……。

 いま食っているものを、食い続けたいということだけ。



 エアス、エアス、エアス

 エアス、エアス、エアス



 騒がしい雑音。不快だった。

 だが食欲をそそる音だった。


 コレを食ったら、次はソレを食おう。

 食いたい。食いたくて堪らない。



 エアス、エアス、エアス

 エアス、エアス、エアス



 音を聞き続けるうちに、何かが変化していった。

 胸の辺りが締めつけられるような感覚だった。


 そこに焦っている自分がいた。

 何に焦っているのかは不明。



 エアス、エアス、エアス

 エアス、エアス、エアス


 エアス、エアス、エアス

 エアス、エアス、エアス



「ミリカ……」


 自然と口から出てきた言葉だった。

 ミリカという音の響きに、痺れるような痛みが全身に走った。


 ミリカ? ミリカとはなんだ?


 ミリカミリカミリカミリカミリカ……


 はっ、ミリカ!


 俺様の………………ミ……リ……カ?


 わからない。

 わかりかけたが、やはりわからない。

 なんのことだ、それは。



 ハァ ハァ ハァ ハァ 



 呼吸が荒くなっていることに、自覚はなかった。

 視界に入ってきた白い手。真っ白な手がこっちに差しだされる。



「妾を食したければ食すがいい」


 美味そうな耳心地。食いたくて堪らない。

 いま食っているものを地面に捨てた。

 そっちの白い方に、食指が動くからだ。



 ハァ ハァ ハァ ハァ 



 食う。食うぞ。食おう。

 白い手に噛みつこうと、大口を開ける。

 その刹那、それを食ってはならない気がした。



 食うな 食いたい  食うな 食いたい

 食うな 食いたい  食うな 食いたい



 頭の中は、爆発しそうなほど混乱していた。

 右手で自ら口を塞ぎ、左手で自ら喉を掻いた。


 真っ赤な血飛沫があがる。


 そして意識が飛んだ。



 ===  ===  ===  ===



 ()は目を覚ました。


 採掘員や巨大スライムロッサたちの姿はなかった。

 ただ彼らの代わりに、目に映っているものがある。


 ミリカではないか。

 僕を抱きかかえている。


「目が覚めたようね、エアス」


 彼女は魔王だ……。


 恐ろしさのあまり、身を縮めて硬直した。

 ミリカの表情が切なそうになる。


 僕はハッとした。またやってしまったか。

 彼女は僕を殺さない。人間を殺さない……。

 頭では理解しいるはずだったのに。


 彼女の腕の中から体を起こす。


「ありがとう、ミリカ。助けにきてくれたんだね」


 精一杯の笑顔を作った。

 彼女も微笑を返してくれた。


 さて、ぐるりと周囲を見回してみる。

 三傑とかいうヤツの姿はなかった。


 てことは、アイツが勝ったのか。

 当然だ。アイツが負けっこない。


 それにしても口の中が気持ち悪い。手で拭ってみる。

 口の周りが汚れていることに気づいた。


 この真っ赤な色は……。


 ふう、溜息が出る。


「アイツ、ケモノかよ。三傑とやらに噛みつくなんて」


 僕の独り言に、ミリカがクスッと笑う。


「僕、何かおかしいこと言った?」

「三傑どころではなかった」


 あれっ? ミリカって、こんな無邪気に笑うのか。

 まるで人間の女の子。魔王って感じがしなかった。

 

「三傑どころではないって、他にも強敵が?」

「もっと恐ろしい敵とやり合った……」


 もっと恐ろしい敵? どんなヤツだろう。


 ミリカは笑い続けている。


「……それに、くくくっ。噛みつくって」


 どうしてそんなに笑う?

 噛みついたのではなかったのか。

 だけど――。


「そこまで笑うことないじゃないか」

「エアスは単に噛みついただけでは終わらなかった」

「じゃあ何をやったんだ?」

「それは聞かない方がいい。きっとショックを受けるだろうから」


 えっ?


 何があった……。記憶がないので、わかるわけがない。

 けれどもその言葉だけで、じゅうぶんショックだった。


「気になるなあ」

「くくくっ」


 ミリカがこんなにも笑い上戸だったとは。

 その笑った顔は、とても可愛らしかった。


 ところが……。


「いたたたた」


 喉に激痛。なんだ?


「傷口が開いてしまったようね」


 ミリカはそう言い、背後に振り向いた。


「もう一度、エアスに回復処置してあげてほしい」


 ありがたいことだけど……。

 もう一度ってことは、二度目になるのか。

 手数をかけてすまない。


 でも誰が回復処置を?


 ミリカの後方から、何者かが歩いてくる。


 えっ! フェーン?


 目を擦ってみたけど、見間違いではなかった。


 不満そうな眼差しを、こっちに向ける魔王フェーン。

 別に僕が回復処置を頼んだわけじゃないんだけど。


 フェーンに治癒魔導を施してもらった。


「ありがとう」


 僕が礼を言うと、眉根を寄せて「チッ」と舌打ちで返された。

 それでも痛みはすっかり治まった。さすがは魔王の魔力だ。


 あらためて喉を触ってみる。


 アイツが苦戦して、大ダメージ喰らうとはねぇ。

 意外と可愛いところもあるじゃないか。


「何がおかしい?」とミリカ。


 おっと、いけない。

 無自覚に笑っていたようだ。


「かなり強敵だったみたいだね。アイツの喉にグサリと刺すなんて」

「敵に刺されたわけではない。エアスは自分の手で喉を突いた……」


 はあ? アイツが自殺行為って、どういうことだ。

 ますますアイツのことが、理解できなくなった。


「アイツ、普段から滅茶苦茶だったけど、そこまで馬鹿だったのか」


 魔王ミリカの目つきが少し変わった。そして首を左右させた。


「もう一人のエアスのことを、そんなふうに言わないでほしい。自ら喉を突いたのは、自分自身を制御しようとしたため。もしあの自虐行為がなかったら、いま妾の命はなかったかもしれない」


 いやいや、アイツが自己制御みたいなことをするものかよ。

 それじゃまるで……他者を命がけで守ったみたいじゃないか。

 何かの間違いに決まってる。


「それ絶対に勘違いだ。僕にはわかる。自分勝手なアイツが自己犠牲なんてありえない。別に体を張ってまで、ミリカを守ろうとしたんじゃない。たまたまそんな結果になっただけさ。だって常にアイツは気が狂ってるんだ」


 アイツのことを高く買っているミリカのことだ。

 どうせ否定してくるに決まってる、と思っていた。


 が……。


「確かにあのときのエアスは異常だった。本当に気が狂ってた。まるでケモノ」


 ミリカがそう返してくるとは。

 僕はうなずいた。


「うん、そういうことだよ」


「妾の言いたかったことを、誤解しないでほしい。あのとき、いつものエアスではなかった。まったく別人だった。たぶん敵のアクラリオンに術をかけらたものと思われる。それでも……ほんの僅かな間だけど、妾の前で正気を取り戻してくれた」


 ミリカの結論は、またそっちに行ったのか。

 そのつまらない話は、もう聞きたくない。


 と思っていたら、ミリカの方から話を変えてきた。


「ところで、センヤクとはなんだろうか」

「センヤク? それだけじゃ、ちょっとわからないなぁ」

「エアスは正気を失いながらも、そんな言葉を発したのだ」


 さっきの話の続きだったか。がっかりだ。

 でもセンヤク……。あっ、まさか。


「もしや正気を失ったアイツって、忘我状態の野獣みたいだった?」

「そのように話したつもりだが」


 やっぱりそうか。かつてのバーサーカーと同じだ。

 あまりにも狂暴だったので仙薬を飲まされたんだ。

 その結果、ネオバーサーカーになったけど……。


 では、また単なるバーサーカーに戻ったってことなのか。


 それにしても、単なるバーサーカーがそんなことを口にした?

 咆哮以外に声を発しないものだと、ずっと聞かされてきたけど。

 ミリカに危害を与えたくない一心で、言葉を発したのか……。


 アイツが他者のために?

 いったいアイツって……。


 ひょっとするとアイツのことを、僕が一番わかってなかったのか。

 本当のアイツは僕が思っているよりも、ずっとマトモだったとか。



 ミリカに仙薬のことを話してやった。

 バーサーカーからネオバーサーカーに進化した経緯も。


「僕はまた仙薬を飲まないとならないみたいだね」


 しかし仙薬は極めて貴重なものだ。

 入手するのは非常に困難らしい。


 魔王ミリカは僕の手を取った。


「その必要はない」


 えっ、仙薬の服用は要らない?

 どういうことだ。



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