60 懐かしさでいっぱいになりました
「まず一応、聞いてやろう。俺の名はアクラリオン。貴様の名は?」
「俺様の名前か。もうじき死ぬくせに、知る意味があるのか」
「ほう。そんな口を叩いたヤツは久しぶりだ。死んでもらうっ」
ヤツのコブシがくる。
余裕で身をかわしてみせるべきか。ワザと当たってやるべきか。
あるいは初っぱなでカウンターでも? どれが一番面白いだろう。
おっと、考えている間に、ヤツのコブシが俺様の頬にヒット。
へえ、たいしたもんだ。力はなかなかあるようだ。
「きっ、貴様……。俺に殴られてもなんともないのか」
「そう落胆することもない。ちょびっと痛かったぞ」
「んぐぐぐぐ。ちょびっと……だと?」
「次は俺様の番だな。逃げるなよ」
ヤツに向かってとびかかる。顔面をコブシで打った。
ヤツは後方に倒れ一回転。それでもすぐに立ちあがった。
いいねえ。いいねえ。
割りとタフなのかもしれないぞ。
しかも笑いやがった。
「貴様、身体能力はすこぶる高いようだな。ならばこれはどうだ!」
おお! 楽しそうなことをやってくれるらしいぞ。
しかしフェーンが慌てた顔で、大声をあげるのだった。
「アレをやるつもりだな。しばし待てぇーーーー」
逃げるように遠ざかるフェーン。
ヤツは両手を前に突きだした。
ドッゴーーーーーーーーン
強烈な爆発が起こった。
これほどの凄まじさは、ミリカと戦ったとき以来だ。
ああ、心地良い……。
遠くから戻ってきたフェーンが驚愕する。
「う、嘘だ。いまのは間違いなくミリカの最大攻撃魔導。正確なコピーだったぞ。もしやアクラリオン、手を抜いたか?」
そうか。ミリカの魔導をコピーしたものだったとは。
どうりで、なんだか懐かしかったはずだ。
ヤツがフェーンに答える。
「手抜きなどございません。コピーは完璧。全力でした」
「ではどうして人間は死んでいないのだ?」
そりゃ普通の人間ならば死ぬだろう。
大抵の魔物だって生きてはいられないはずだ。
「わかりません。ですが、所詮はミリカ様のものをコピーしたにすぎません。我が実力はこれからお見せいたします」
本当にこれからなんだろうな。
ならば何を見せてくれる?
ヤツが両手をかかげる。
そこに一筋の光。輝く槍となった。
膨大な魔力を感じる。
「へえ。なかなか良さそうな槍だな」
「わかるのか。魔王様クラスの実力があろうとも、肌を掠めただけで即死だ」
「そりゃ痛そうだな」
「痛そうときたか。この槍の餌食となるがいい!」
たっぷり俺様を楽しませてくれよ。
さて、今度はどうやって遊ぶ?
余裕で身をかわすか、また体に当てられてやるか。
ふむ……今度は前者にしてみよう。
激しい突きの連打。結構槍の扱いがうまいじゃないか。
「さあ、刃先で俺様を捕らえてみろ」
「黙れ! それ、それ、それそれそれそれそれそれ……」
「どうした。なかなか俺様に当たらないな」
「ぐぬっ、貴様ぁーーーーー」
そろそろ飽きてきた。
ふわぁ
思わずアクビが出た。
あっ、しまった。
槍の刃先が右股を掠った。
赤い血がにじみ出る。
これは驚いた。
俺様の肌を傷つけることができた武具は、初めてかもしれない。
自分の血を目にするのも久しぶりだ。
だが……。
「掠り傷を負わせたくらいで、まるで俺様に勝ったような顔だな」
「ハハハハ。これは単なる槍ではない。ムーンスライム・スピアだ」
「スライムの牙のようなものか?」
ヤツは感心したように首肯した。
「よく知ってるではないか。そうだ。似たタイプのものだ。魔力を多く有している者ほどダメージが大きい。もし魔王様クラスならば、その名を聞いただけで震えあがる最高の……ん? 貴様、何故なんともないのだ? 何故死んでない!」
フェーンもいっしょに目を丸くしている。
「アクラリオン。もしかすると、この人間は魔力が少ないのかもしれない」
「フェーン様、それはありえません。なぜならこの人間は、先ほどスーパー・ノバ・コンプレッションを喰らったにもかかわらず、ほとんど無傷ではありませんか。強い魔力がなくて、あれをどう防ぐことができましょう」
ヤツとフェーンが顔を合わせながら固まっている。
早く次の手を見せてほしいものだ。
「おい、どうした。いまので最後じゃないだろうな?」
「ぬぬぬ……。貴様……。そうだ、確かに最後ではない」
「ならば俺様をもっともっと楽しませてみろ」
「あまり綺麗なやり方ではないが……仕方ない」
ヤツはそう言うと、てのひらに緑色の玉を作った。
玉は上下左右へと伸び、視界いっぱいに広がった。
そのまま俺様を包み込むように付着。
ぬるっとしてるが、なんだ?
「気持ちの悪い攻撃だな」
「ハハハ。それをなんだと思う? 多くの魔王様たちを震撼させた新兵器だ」
「へえ、新兵器ねえ」
「改造リキッドグリーンスライムだ」
なんと、これがスライム?
ヤツはそれについて、わざわざ説明を始めた――。
まあ、要するに何種類かのスライムを魔改造したキメラなんだとか。
まず魔物や人間の毛穴から体内に入り、脳のあたりに寄生する。
そして感染者の思考や感情に障害を与える、ということらしい。
確かに恐ろしげな武器であることには変わりない。
しかしなあ。それ、お前の実力じゃないだろ……。
いいや、これを自分で作りあげたのならば、実力と言うべきか。
まあ、なんでもいい。だが、こんなものが俺様に通用するものか。
ん? どうしたっていうんだ。
全身に倦怠感が広がっていく。
頭もボーッとしてきたぞ。
これはマズいかもしれない。
あのグリーンのヌルヌルが俺様の体内に?
くっ気色悪い。ううううううううううう。
「フェーン様、効いてきたようです」
顔をしかめるフェーン。
「気味の悪い咆哮だこと。むっ、よだれの垂れ流し……。汚い」
「もう自我を保ってないはずです。自分がわからなくなっているでしょう」
「もはやケモノや昆虫などと同様、あやつは理性を失ったのだな」
ああ、俺様が俺様でなくなっていく。
ただ猛烈に腹が空いてきた。
いま俺様は何をやっているのだ。
もう何もわからない。
だけど少し懐かしい感じだ。
そう、妙な薬を呑まされる前のような……。
「アクラリオン、これでその人間を始末できるのだな?」
「はい、フェーン様。思考停止した虫けらに、もはや脅威はありません」
「死体となったら、我が魔空から放りだすのだ。人間の死体など穢らわしい」
「はい。では、再度アレをやります。スーパー・ノバ・コンプレッション!」
「わっ、馬鹿! この場でやるのかっ」
ドッゴーーーーーーーーン
「……………………………」
「……………………………」
「…………………………?」
「…………………………?」
「…………アクラリオン?」
「……はい、おかしいです」
「ア、アクラリオンっ。これはどういう……」
「おい、フェーン様を放せ! あっ、フェーン様が!!」
「うぐっ」
「フェーン様ぁああああああああああ。コイツ、フェーン様をよくも。ばっ、馬鹿な。うわぁーーーーーーーーーーーー」
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