55 食事中に集合をかけられました
ハァハァと、月タトゥー女の呼吸が荒い。
「もう我慢の限界。つまみ食いは禁じられてるけど、知ったこっちゃない」
つまみ食いってなんだ。僕を食う?
月タトゥー女の手足が変形していく。腕が金色の毛に覆われる。
鋭い爪。尖った耳。ピンと立った尻尾。両手を着いて女豹のポーズ。
背中には大きな月タトゥーができていた。そして舌なめずり。
おいおい。
つまみ食いって、本当に食べることだったの?
比喩的な意味じゃなくて。
彼女は人間じゃなかった。魔物だった。
ええと、あれは……ギルドの資料にあった魔物だぞ。
うん、あれはワーフォックスってヤツに間違いない。
モフモフの尻尾を振っている。
「キミを一目見たときから気に入ったんだ。なんなのだろう……普通の人間とは違う、強烈なフェロモン。実に美味そうだった」
いったい何を言いだすのやら。
悦に入ったような目が気持ち悪かった。
背筋がゾクゾクッとした。
いま僕を食べようとしている。
ああ、こういうことだったか。
「採掘員失踪はボスじゃなく、お前の仕業だったんだな」
「そうだよ。ボスの存在があったからこそ、ボクは怪しまれずに済んでた」
「大勢の人間を巨大な壁で閉じ込めたのも、お前の仕業ってことだな」
「残念。不正解だね。ここの人間はドラゴンストーンを採掘させるための道具。だから、ここで人間を食べてはいけないことになってるの」
「だったら食っちゃいけないだろ」
「そんなのボク知らない。こうして人間の作業員になりすまして、少しばかりつまみ食いさせてもらってるだけ。でも知ってしまったからには、死んでもらおうね。しかも……キミは特別に美味そうなの。なんなら最後に、ボクとイイことした後でもOKだから、大人しく食べられてよぉー」
ワーフォックスが飛びかかってきた。
「断る!」
僕は冒険者として未熟だ。でもギルドの資料によれば、ワーフォックスは決して弱くない。低レベルの冒険者では歯が立たないらしい。だからここでアイツにバトンタッチしなくてはならない。アイツのことは嫌いだけど。
トランス……。
=== === === ===
俺様はネオバーサーカーになった。
さっと体をひねると、ワーフォックスは空振り。
そのまま転ぶのだった。
「油断しちゃった。キミ、意外とすばしっこいんだね」
「おい、お前。俺様に牙を向けたということは、それなりに強いんだろうな?」
「当然のこと。ワーフォックスの恐ろしさ、いま思い知らせてやるから」
だがなあ……。
「ワーフォックスといえば、中レベルの冒険者に狩られるやつじゃなかったか」
「ボクを並みのワーフォックスだと思った? 冒険者を専門に食べてきたんだ」
「ほう。で?」
「仲間からは『冒険者キラー』なんてあだ名をつけられちゃった」
きゃははは、と笑うワーフォックス。
ならば少しは強いのか。期待していいんだろうな?
ふたたびワーフォックスが襲いかかってくる。
俺様は首をワザと差しだすように向けやった。
ワーフォックスの牙が俺様の首筋を捕らえる。
ぽろり。
牙が二本、欠け落ちた。
「なんて皮膚!? ボクの牙が……」
「お前、やっぱり弱かった。ガッカリだ」
「う、うるさい。これは何かの間違いに決まってる!」
ワーフォックスは詠唱を始めた。全身を炎でまとう。
弱小のくせに、懲りずに飛びかかってきた。
俺の体に衝突し、地面に落下。
おやおや。何をやりたかったのやら。
そいつの首を掴んで拾いあげる。
あ、首が取れた。軽く掴んだつもりだったのだが。
そんじゃ、トランスを解くか。
=== === === ===
僕は元に戻った。
床にはワーフォックスの死体。首がない。
いや、あった。首は僕が持っていた。
わっ。
慌てて放した。首が床に落ちる。魔石が転がった。
僕は魔石を得てしまった。だけどこの死体、どうしよう。
ガチャガチャガチャ
「あれ? ドアが開かない」
どうやら眉ナシ男が帰ってきたらしい。
さっき月タトゥー女がドアに鍵をかけたんだっけ。
僕は内側から鍵を開けた。
眉ナシ男が仲間を連れて中に入ってくる。
皆の視線はワーフォックスの死体に集まった。
この魔物が月タトゥー女であることを、まだ誰も知らない。
僕は魔物の死体を指差した。
「採掘員失踪の犯人がわかったんだ。ほら、そこ」
眉ナシ男が声をあげる。
「まさか魔物が犯人? ボスじゃなかったのか!」
「そう。失踪はそこのワーフォックスの仕業だったんだ」
「もしかしてキミがやっつけたと……?」
「まあ、一応」
眉ナシ男や仲間たちの目が、僕を称賛する。
「す、すごいじゃないか! びっくりだよ。ボスに挑もうとしただけのことはあるね。いやいや、もしかしてボスにも勝っちゃうんじゃないか? だとしたら……勝負を止めに入ったことは謝りたい」
僕は首を左右させた。
「その話はここまでにしてほしい。それより、まだ大事なことを告げてない」
月タトゥー女の正体について話さなければならない。
彼らの仲間だっただけに、話しづらいことだけど……。
「待って。ところで彼女はどこに行ったのかなぁ」
眉ナシ男は僕の話を止め、周囲をキョロキョロする。
たぶん月タトゥー女を探しているのだろう。
まさに、これからその説明をするところだったのだ。
「あのタトゥーしてた人は、どこにも行ってない。そこだよ」
僕は死体をひっくり返した。背中の月タトゥーが天井を向く。
誰もがこのタトゥー模様に、見覚えあるはずだ。
変わり果てた月タトゥー女の姿。二度と動くことはない。
「そんな馬鹿な……。彼女がワーフォックスだったなんて」
まあ、なかなか信じられるものではなかろう。
いままで仲間だったのだから、無理もない。
とにかくこれで、もう失踪はないはずだ。
眉ナシ男が持ってきた資料は、無意味となった。
僕は部屋を出た。
眉ナシ男の声が僕の背中に届く。
「キミ、強いんだね」
僕は黙って、また首を横に振った。
残念ながら強いのは僕じゃない。アイツだ。
そのまま屋外に出ていった。
翌日――。
朝食は夕食とは違い、採掘量に関係なく一定量の芋が与えられる。
採掘員たちが芋にかじりついていたとき、集合がかけられた。
僕たちは屋外で、何重もの列を作って並ばされた。
その周りを魔物らが囲む。
中央に立った魔物は、ひときわ大きかった。
一目でリーダー格だとわかった。
そのデカい魔物が大声をあげる。
「仲間のワーフォックスが殺された。この中にいる誰かの仕業に違いない」
かなり激昂しているようすだ。
ここに並ぶ採掘員たちが怯えている。
デカ魔物の指が眉ナシ男に向いた。
「おい、眉ナシ!」
彼はデカ魔物からも眉のことを言われた。
「は、はい」
「どういうことだ。殺されたワーフォックスとともに、お前がここで働く人間の管理を一任されてたんだろ!」
耳を疑った。眉ナシ男も魔物らと繋がっていたとは。
そして月タトゥー女とともに、採掘員の管理をしていたと。
彼女の正体が魔物だと知って驚いていたけど、あれは演技だったのか。
採掘員たちの視線を浴びる眉ナシ男。
大勢の無言の圧力に、彼の震えは大きくなった。デカ魔物に役目をバラされるなんて、思ってもみなかったことだろう。
眉ナシ男は開き直った面持ちで、僕を指差した。
「彼女を殺したのはコイツです」
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