50 元ギルド長と再会できました
ゾガ大陸からジャイを連れて帰国。
「エアスじゃないか。おお、アリクもジャイも!」
「ギ、ギルド長! 帰ってこられたんですね」
「もういまはギルド長じゃないがな」
そうは言っても、僕の心の中では、『ギルド長』は永遠に『ギルド長』だ。
「おやっ、アリク。カーニャはどうした? いっしょなのだろ?」
彼が口を開く前に僕が答える。
「カーニャは実家に帰ってしまいました」
「な、なんだって!?」
ギルド長が気まずそうな顔になる。
僕は真相を明かした。
「ハハハハ。アリクが父親になるんです」
「はっ! なんだ、ビックリしたじゃないか。アリク、おめでとう」
「ありがとうございます、ギルドちょ……ギグルカさん」
他にも多くの元ギルド仲間が王宮に来ていた。
帰還プロジェクトが進んでいることを実感した。
玉座の間に入っていく。そこに魔王ミリカがいた。
いま僕とともにいるのは、ベス、アリク、ジャイ、ポロルだ。
それから子豚のコジャイ……じゃなくてララーシャもいる。
ミリカの瞳が僕を見つけた。
「長旅で疲れたことだろう」
僕はいまだに魔王が怖い。
微かに震えている僕に、ミリカが悲しそうな顔をする。
ああ、僕の臆病者……。
ポロルが小声でベスに問う。
「あちらの方はどなたでしょう。アスリア王国の女王陛下ですか」
「いいえ。魔王ミリカ様です」
「ま……魔王……」
たちまちポロルの表情が硬直する。
ベスは魔王の前に出ていった。
「魔王ミリカ様。ここに刃の欠けた剣と、その刃先があります」
もしかして……。うん、あれはきっと集落の秘宝【山龍の剣】だ!
壊したのはアッチの僕に違いない。アイツはいつも滅茶苦茶だから。
眉根を寄せるミリカ。
「壊れた剣を妾への貢ぎ物にする気?」
「いいえ。譲ることのできない剣です」
「ならば、何故それを妾のもとに……。ふう、言わずともいい」
ミリカは僕を一瞥。何かを察したようだ。
ベスから【山龍の剣】を受けとった。
「この程度ならば造作もない。すぐに直せよう」
直す? ミリカは直せるのか?
ミリカは自分の腕の肉を少し噛みちぎった。
うわっ。僕はさっと目をそらした。
ふたたびミリカに視線を送る。
彼女は剣の欠けた部分に血を塗っていた。
それを接着剤のようにして刃を繋ぎ合わせる。
剣をかかげると、刃が閃光を放った。
あまりの眩しさに瞼を閉じた。ふたたび目を開けてみると……。
剣が直っているではないか。魔王がこんなこともできるとは。
ベスは剣を返され、頭をさげる。
「魔王ミリカ様、誠にありがとうございました」
僕たちは玉座の間から退場した。
アッチの僕はなんてヤツなんだ。
ベスやミリカに尻拭いさせる形になったじゃないか。
いつも仲間に迷惑かけやがって!
アイツめ、アイツめ、アイツめ、アイツめ。
ああ、アイツが憎い。自分が情けない。
「ベス、僕のせいでゴメンな。トランス時の僕、いつも酷いヤツで」
「この前も言いましたが、あちらのエアスも優し人です」
嘘だ。気を遣うのはやめてくれ。そういうのは要らないから。
ああ、だけど。もしかして……。
「アッチの僕に、何か吹き込まれてるのかなぁ」
でなければ『優しい人』だとか、そんな勘違いはしないはずだ。
「そのようなことはありません。ですが剣のことを少々」
「剣? ああ、山龍の剣かぁ」
「はい、ご指示がありました」
「えっ、指示? それってどんな」
ベスは屈託のない笑顔で、こう答えるのだった。
「ポロルを家来とし、魔王ミリカ様のもとへ剣を持っていくようにとです」
確かに、あのときベスはポロルを家来にすると言った。
アッチの僕の指示だったかぁ。
でもポロルを家来にって、なんのためだったんだ?
アイツの頭、やっぱりブッ飛んでるな。
剣をミリカのもとに持っていくというのも謎だ。
本当にミリカに剣を直させようと?
ならばミリカが直せるとか確信してたのか。
いいや、そもそもアイツにとってメリットはない。
だとすると……。何を企んでいやがる!
「それだけじゃ、わからない。もっと詳しく話してほしい」
「ですが……それだけです。短い言葉でした」
まさか、たったそれしか言わなかったと?
その短い言葉のみで、ベスはそんな行動をとったのか。
結局、何もわからない。
むしろいっそう不可解が増したような気がする。
ベスがポロルに向く。
「家来のお仕事はここで終了です。お疲れ様でした。ここまでのお仕事の報酬を渡します」
山龍の剣を差しだした。
ポロルには意外なことだったらしい。
何度も瞬きを繰り返すのだった。
ベスが剣を押しつけるように手渡す。
ポロルは瞳を潤ませながら受けとった。
とても大事そうに抱え込む。
優しいベスは、さらに提案するのだった。
「帰りの船のことは、魔王ミリカ様にお願いしてみます。もし一人旅が心配でしたら、あの洞窟までわたくしもごいっしょします」
「だ、大丈夫です。船さえ乗れれば一人で帰れます。ありがとうございました」
ポロルが頭を深くさげる。
僕は混乱し続けていた。この結末に首をかしげる。
だからもう一度、ベスに尋ねてみるしかなかった。
「あのさ。壊れた剣のことだけど、アイツが指示した意味って……」
「はい。ご自身で蘇生された魔王ミリカ様ならば、きっと直すことが可能だと思ったのでしょう。あるいは大勢いる眷属の中に、一人くらいは直せる方がいると思ったのではないでしょうか」
ベスからそんな回答がくるような気はしていた。
だけど、ありえない。ありえるはずがないよ。
アッチの僕がそんなことまで考えるものか。
「アイツがそう言ったのか! 本当にアッチの僕が!」
ベスは首を左右させた。
「いいえ、そこまでは話してくれませんでした」
「じゃあアイツ、剣を直す意図なんてなかったんだよ。絶対に」
「わたくしは、そうは思いません。おそらく考えていたでしょう」
「だったらあの洞窟で、初めから説明すればいいことじゃないか。もしかするとミリカならば可能かもしれないって」
「おそらくジーガンたちがいたから、あの場では話さなかったのだと思います」
あの三人組がいたから?
「ちなみにそれ、どういうこと?」
「たぶん彼らのことを、信じていなかったのでしょう。だから壊れた剣が直る可能性のあることを伏せたのだと思います。もう【山龍の剣】は存在しない。もう洞窟の集落に秘宝は存在しない。そのように信じ込ませ、彼らを通じて噂が広がることを狙ったのです。きっと」
嘘だ。アイツに限ってそんなことを……。
ベスがふたたびポロルに向く。
「ポロル。あなたをワザワザここまで連れてこさせたのには、二つの意味があったのだと思います」
二つの意味? おいおい、大丈夫か。ベスはまた勝手に深掘りをしてるだけじゃないのか。僕は意味なんて一つもなかったと思う。アッチの僕が物事を深く考えるなんてありえない。
ポロルが首をかしげる。
「教えてください。わたしをアスリア王国に連れてきた意味はなんでしょう」
「一つめは、魔王ミリカ様が剣を直すところを、じかに見せるためです」
「ええと……。じかに見せることが何になるのでしょう」
「わたくしが剣を持ち帰り、直したあとで返したらどうですか? 直った事実をそのまま信じられず、紛い物を渡されたのだという疑念が湧くでしょう」
ポロルが呆れた口調で言う。
「遠いこの地までワザワザ連れてきた理由としましては、あまりにも……」
「二つめの意味が大事なのです。アスリア大陸に上陸後、この王宮までちょっとした旅をしてきました」
突然、話題を変えた。それがどうしたというのだろう。
ポロルも首をかしげている。
「そうですが?」
「アスリア王国にやってきて、どう感じましたか」
「驚きました。たくさんの魔物がいました。しかも人間と仲良くしていました」
ベスがゆっくりとうなずく。
「もし洞窟の民たちがこの地に移住することを望むようでしたら、わたくしが魔王ミリカ様にお話しします。きっと魔王ミリカ様でしたら歓迎してくださるに違いありません」
なるほど。ゾガ大陸は、蛇人のような亜人が生きにくいところだった。
だからポロルたちは、ずっと特殊スキルなどで姿を偽るしかなかった。
でもここはどうだろう。皆が亜人どころか、魔物とも仲良くやっている。
すなわち、この大陸を見せるために連れてきた?
蛇人にとって理想の地であるか否かを確認させるため?
いいや……。
アイツがそんなことを考えるものか。アイツは最低なヤツなんだ。
僕はベスの耳元で言う。
「アイツのことを買いかぶり過ぎだよ」
「そんなことはないと思います。あちらのエアスのこと、もっと信じてみたらいかがでしょう」
「アイツを信じられるもんか」
僕はアイツが嫌いだ。
「あちらのエアスだってエアスです。あなたと同じく根はいい人です」
それでも僕は、どうしてもベスに同意できなかった。
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