5 追放先の常識に驚きました
兎人の女の子が教えてくれた。
もし冒険者に助けられたら、高額な金品を必ず渡さなければならない。
それがこの国の常識なのだという。
しかし僕のいたアスリア王国に、そんな習慣はなかった。
冒険者は魔物を倒して稼ぐもの。魔物は死ぬと魔石を落としてくれる。
その魔石を売って収入を得るのだ。また魔物の毛皮や角などもカネになる。
だから高額な謝礼をもらうことはなかったし、むしろ抵抗を感じてしまう。
彼女にそんなこと話した。
「信じられません。こんな無欲な冒険者様がいらっしゃったとは!」
何故か感激されてしまった。何度も何度も礼を言われた。
なんだかよくわからない。僕は戸惑ってしまった。
これが俗に言うカルチャーショックってものなのか。
「あのう……。お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「名前なんて。僕はたいしたことはしてませんよ」
「お願いです。お聞かせください」
「……エアスです」
「エアス様ですね。一生忘れません」
いや、忘れてもらっていいんだけど。
その場を立ち去った。ふたたび町を一人で歩く。
手持ちのカネが尽きる前に、働き口を見つけたい。
僕でもできそうな職といえば、経験のある冒険者くらいだろう。
ただ冒険者として働くには、ギルドに加入するのが基本だ。たぶんこの国でも。
ああ、冒険者ギルドかぁ……。
どこに行けば冒険者ギルドがあるのだろう。
まだ土地勘のない町の中を歩き回った。
情報を集めているうちに、わかったことがある。
ドルンバ王国では、冒険者ギルドが乱立ぎみになっているそうだ。
僕のいたアスリア王国は、冒険者ギルドが一つしかなかったのに。
この大陸、そんなに魔物が多いのだろうか?
うーん。だけど……。
兎人の女の子の言葉を思いだした。
『もし冒険者に助けられたら、高額な金品を必ず渡さなければならない』
いま考えても、金品をもらうのって不思議な感じだ。
冒険者は魔物さえいれば、生活に困らないのに。
少なくともアスリア王国では考えられないことだ。
そっか。高額な謝礼をもらえるのなら、魔物を多く狩る必要はなくなる。
魔物数に対して冒険者ギルド数が過剰だとしても、やっていけるわけか。
お腹が空いたので、軽食屋に入った。
店はそれなりに客で賑わっていた。
僕のあとからも、すぐ客がきた。
ガッチリした体つきの男だ。
ほかの客たちの話し声が聞こえてくる。
「見て見て。あの人、すっごい筋肉ぅー」
「西地区の力自慢大会で、準優勝した怪力男じゃん」
「俺も知ってるぞ。彼、ちょっとした有名人だ」
さっき入ってきた客は、有名な怪力男だったらしい。
「おい、店の主人を呼べ!」
その怪力男が声を荒げる。
近くにいた若い店員は、慌てて奥に行った。
代わりに出てきたのは、四十代くらいの男だ。
どうやら店の主人らしい。怪力男に怯えている。
「ど、どうされましたか」
「きょう、なんでナマズ定食がないんだ?」
「すみません。品切れでして」
「俺はナマズ定食が食いたいから来てやったんだぞ!」
怪力男はバンっとテーブルを叩き壊した。
「ひいいいいいいいいい」
すくみあがる店の主人。
ほかの客たちも震えている。
店の主人はひたすら謝り続けた。
また新しい客が店に入ってくる。
怪力男は新しい客を見てつぶやいた。
「ぼ……冒険者様……」
いま入ってきた客は、僕の同業者らしい。
怪力男は途端に大人しくなった。
さっきまでの威勢はどうしたのだろう。
壊されたテーブルが冒険者の目に止まる。
「なんだ、これは? 掃除もできない店なのか」
怪力男の口が開く。
「おい、主人! 冒険者様がおっしゃってるんだ。さっさと片付けろ」
おいおい、どの口が言う?
自分で壊しておきながら。
冒険者と怪力男の目が合った。
怪力男は明らかに怯えている。
「ま、まったく酷いものです。この店の主人は、だらしないですねえ」
愛想笑いまで浮かべている。
冒険者は椅子にだらりと座った。
テーブルの上に両足を載せる。
マナーが悪すぎやしないか?
さらには大声をあげた。
そこは怪力男といっしょだ。
「さっさとメシを運んでこい! 一番うめえやつを超大盛りで出せ」
横柄な態度での注文だった。
そしてその背後で……。
「ほら、店の主人! 一番美味しい料理を、たくさんお出ししろ」
なんなのだ、この怪力男は?
客たちは代金をテーブルに置き、次々と店を出ていった
まだほとんど料理に手をつけていない客も、同様だった。
店内に残った客は、僕と怪力男と冒険者。たった三人だけとなった。
一人の冒険者のために、料理が大量に運ばれてくる。
やれやれ。僕の注文は後回しになるのか。
さっさと食べて、早く職探ししたかったのに……。
冒険者は「マズい、マズい」と言いながら、美味そうに食べている。
「こんなマズい料理は初めてだ。まさかカネなんて取るまい?」
「そうですとも。こんな料理に支払う価値なんてありませんね」
揉み手で冒険者に同意する怪力男。
相変わらず気持ちの悪い笑みを浮かべている。
店の主人はひたすら頭をさげるのだった。
「も、もちろんです。お代はいただけません」
「だが客がいなければ寂しいだろ? 俺がぜんぶタダで食ってやる」
あの冒険者……。本当に代金を払わないつもりのようだ。
「おい、そこの!」
怪力男がこっちを指差す。
「僕ですか?」
「きょうは冒険者様の貸し切りだぞ!」
はあ? いつからそうなった?
なんだよ、それ。
この怪力男、滅茶苦茶だな。
だったらこっちも言ってやる。
「僕も冒険者ですけど?」
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