35 魔紙の番人に会いました
ネオバーサーカーとなった俺様は、まず一匹目の頭を叩き割った。
「な、なんだ……この小僧は?」
二匹目、三匹目も瞬時に殺してやった。
四匹目の大きな爪が俺様を襲う。
カチっ。
俺様の体を切り裂くことはできなかった。
逆にその前足をもいでやった。
もいだ前足の爪で、四匹目の体を切り裂く。
「どうだ。自分の爪で殺される感想は?」
五匹目の牛鬼はどいつだ?
「コイツ、ヤバいヤツだぞ」
いま声を発した牛鬼を、五匹目として認定。
足蹴りで顔を潰してやった。額から体液が噴きだして絶命。
牛鬼の集団がいっせいに逃げていく。
逃がすものか。
少し本気でダッシュした。どの牛鬼よりも早く階段に到着。
そこからUターンする。集団を徐々に奥へと追い詰めた。
これから血と肉の祭りを始める。
一匹たりとも絶対に逃がさない。
バシッ ボコッ グシャッ
ああ、愉快だ。楽しいぃー。
あっと言う間に死体の山が築けた。
=== === === ===
僕はネオバーサーカーから元に戻った。
牛鬼の残骸を目にして震えあがった。
殺しちゃいけなかったのに、やっちゃった。
だけどネオバーサーカーの僕が悪いわけではない。
全滅させようと決めたのは、こっちの僕なのだ。
もう後戻りはできない。でも構うものか。
ガサッ
音が聞こえた。牛鬼の生き残りか?
しかしどこにも見えない。隠れているのだろうか。
あっ、まさか。
天井から吊りさがったサーバラに寄っていく。
いまの音はサーバラ? だったらまだ生きている?
彼女が目を開けた。本当に生きていたのだ。
「サーバラ!」
牛鬼の爪で白い糸を切断。サーバラを解放した。
彼女の凍りついた体が振動する。そして光った。
彼女は魔導により自分の体を解凍させたのだった。
「助けてくれてありがとうございます」
「生きてたんだね。良かったよ」
「嘘を吐いたことはお詫びします。自害するつもりはありませんでした」
「そっか。全身がカチカチに凍ってたから、てっきり……」
「わたしは雪鬼です。世の中さまざまな死があろうと、凍死だけはありえません」
サーバラが牛鬼の死骸を眺める。
「とうとう殺してしまわれたのですね」
「僕のせいですべての計画が台無しだ。キミにも皆にも謝らなきゃ」
するとどうしたことか、サーバラが僕の両手を握ってきた。
「わたしたちだけの秘密としましょう。誰にも知られなければいいのです」
まさかサーバラにそんなことを言われるなんて。
二人で地下から階段をのぼりきった。サーバラがその階段に手を向ける。氷結魔導を放った。地下階への入口を氷で塞いだのだ。
「この氷は永遠に溶けません。これで隠蔽完了です。帰りましょう」
隠蔽って。
「そ、そうだね。帰ろうか」
僕は建物を出ようとした。
しかしサーバラは後方で立ったまま。
目が合った。
「どうしたんだい、サーバラ」
「再度、礼を言わせてください。エアス様、この度はありがとうございました」
いつも無表情だったサーバラが微笑んだ。
いままでに見せたことのなかった表情だった。
翌日。
朝を迎えた……と思ったら、もう昼だったようだ。
魔空は一日じゅう明るいので、朝昼晩の区別が難しい。
ベルザスとサーバラは、どうやって判別しているのだろう。
疲れ切っていたベスの顔色もいい。
さて、ベルザスが魔紙の番人の住処を見つけてきたという。
僕たちは彼女についていった。そこは黒い建物の三階。
ベルザスが笛のような音色の声を出す。
何かの合図だろうか。ドアが開いた。
ずんぐりむっくりの魔物が出てきた。
彼が魔紙の番人だという。
ベルザスの話に、番人が首を左右させる。
「人間との友好など大反対! 帰れ」
「これは魔王ミリカ様のご意思です」
しかし番人は、なかなか首を縦に振らない。
大きな目がこっちに向いた。
「そっちは……まさか人間?」
バレたか。
二人の魔王侍従は無言のままだった。
無表情だから何を考えているのか不明。
心の中では結構焦っているのでは?
こういった場合、正直に話した方が良い結果になると思う。
だから僕が白状することにした。
「はい、人間です。このマスクで人間の匂いを消してます」
「人間とは直接話したくない」
ベルザスが僕に代わる。
「何卒、魔紙をいただきたく」
「ならば持っていくがいい」
番人はドサッと机に紙を置いた。
しかしベルザスは受けとろうとしない。
「あなたのサインがあるものでなければ、意味がありません」
単に魔紙を持ち帰ればいい、ということではなかったらしい。
魔王と正式な契約を結ぶためには、その魔物のサインが必要だったようだ。
「そこの人間。俺と力比べでもしてみるか。勝ったら望むものをくれてやろう」
力比べ……。そういうからには自信があるのだろう。
たとえ僕が冒険者だろうが、人間には負けるはずがないと。
番人は正面の机を倒し、いまにも襲いかかろうとしている。
僕の前にベルザスとサーバラが入ってきた。
「この人間に手を出すことは許しません」
サーバラが言った。僕は少し驚いた。
きのうまでの彼女ならば、考えられない台詞だ。
番人の目がサーバラたちを蔑む。
「人間の味方するとは情けない魔物だな」
「その言葉、魔王ミリカ様への侮辱でもありますが?」
「人間をミリカ様と同じにするな! その人間、いま俺が殺してやる」
「魔王ミリカ様を一度は殺した相手に、あなたの実力で勝てますか」
「なにぃーっ? コイツがミリカ様を!!」
逆に番人を激怒させてしまったようだ。
「暗黒弾っっっっっっっっっっっっっっ」
両手から真っ黒な玉をブッ放した。
もちろんいまの僕はネオバーサーカーではない。ただの人間だ。
それを食らったら即死することは、容易に想像できた。
しかしここで、身を呈して庇ってくれた者がいた。
ベスだった。僕は倒れるベスを受け止めた。
「ベスぅーーーーーーーーーーーーー!」
ベスが目を開ける。
「このくらいたいしたことはありません」
「ベス、どうしてキミはこんな無茶するんだ」
「夕べ誓ったのです。魔核地で」
魔核地で誓った? ああ、そういえば……。
いっしょに踊ったあと、ベスは奇妙な動作をしてたっけ。
「もしかして両膝をついて、僕の手を額に……。あれのことかな」
「はい。身を投げうってでもあなたを守ります、という意味です」
「ど、どうしてそんなことを」
「わたしにとって初めてのお友達だからです。大事なお友達なのです」
ベスはそういって目を閉じた。
僕の胸の中で、彼女の両手がだらりとする。
「ベス!!」
しっかりしてくれ、ベス。
たいしたことないんじゃなかったのか?
そう言ったはずなのに、どうして。
「彼女はスライムロッサです。闇属性の魔導にはめっぽう強いのです。この程度では死にません」
ベルザスの言葉だ。それを信じたいけど……。
動かないベスの体を、アリクとカーニャに預けた。
番人が笑っている。
「ハハハハ。人間ごときを助けるため、そこまでするとはな。やはりスライムというのは劣等魔物ってことだ」
「うるさい! お前にベスの何がわかるというんだ。番人だかなんだか知らないけど、僕は許さない」
ベルザスが慌てて僕を止める。
「いけません。番人を殺してはなりません」
僕は力なく笑った。
「いいや。僕は失望したんだ。魔物との殺し合いのない大陸になったらいいな、と思ってきた。だけどわかったよ。無理なんだ。こんなヤツらと友好関係なんか結べるものか。もうどうでもいい。またアスリア大陸から魔物がいなくなればいい。ああ、だけど安心して。ベスもベルザスもサーバラも殺さないよ。人間を襲わない限りはね」
カーニャが僕の腕を掴む。
「ちょっとエアス、何言ってるの」
「いいじゃないか。アスリア王国を魔王から守ったのはエアスだ。エアスの好きにやらせよう」
アリクが言うと、カーニャは何も言わなくなった。
「アリク、カーニャ、ありがとう。いまから番人を殺すよ。ベスを連れて遠くに逃げて。ベルザスとサーバラも、僕に殺されたくなければ逃げて。さあ、早く!」
皆がいっせいに遠ざかる。残ったのは僕と番人のみ。
「おい、人間。ふざけてるのか」
「本気だよ。いまから殺すからね」
番人は遠ざかる皆を一瞥。両手を僕に向ける。
また暗黒弾を放つつもりか。僕は咄嗟に――。
「トラン……」
「待ったぁーーーーーーーーーーーーーーー」
叫んだのは番人だ。
突きだした両手を、大きく振っている。
な、なんなんだ?
「殺さないでくれ。魔紙にサインする。人間との関係を承諾する、いいや、切望する。だから許してください」
番人がヘタレた。
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