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31 正面に魔王が立っていました


 僕はトランス状態から元に戻った。


 えっ? いったいどうしたのだ。

 ベスが魔王の手を握っている。


 二人は親しかったのか?

 いいや、魔王はベスの手を突き放した。


 じっとこっちを見据える魔王。


 情けないことに、僕の足はガクガク震えている。

 トランス状態だった僕は、なんで魔王を倒してくれなかった?

 まさか負けたのか。あるいはまた口説いたとか?


 さっきトランスが解けたばかりなので、ふたたびネオバーサーカーになるまでには時間を要する。


 顔を近づける魔王に、僕は後ずさりしてしまった。


「まことにわらわのことがわからないと……」

「わかってるさ、魔王だろ」


 魔王から間合いを取り、腰の剣を抜く。

 マリーリョ大陸で買ったばかりの剣だ。


 もちろん勝てる相手ではない。かといって逃げられる相手でもない。

 ただ命乞いだけはしたくなかった。


 ベスが寄ってくる。


「あのう、エアス……」

「さがっているんだ、ベス」


 魔王に斬りかかる。

 魔王は口を微かに動かした。


 その瞬間、僕の足が止まった。止められたのだ。

 足が持ちあがらない。床から離れない。

 床と一体化するように固定されてしまった。


 くうぅぅ、困った。

 これはどうしたものか。


「わたくしの足が……動きません」


 ベスの足もいっしょに止められたらしい。これが魔王の能力か。

 魔王の目は寂しそうで、悲しそうで、また落胆したようだった。


「人間……弱すぎる。影止め魔導すら解けないとは」

「何をっ、黙れ!」


 僕は苦し紛れに剣を投げつけた。

 しかし魔王はフッと息を吐いただけ。


 その息で剣がこっちに吹き返されてくる。

 刃先が僕の腹に突き刺さった。


 だらだらと流れてくる真っ赤な血……。


 これを見た魔王が走り寄ってくる。

 なんだか取り乱したようにも見えた。

 いやいや、さすがにそれはないか。


 僕の傷口を確認している。


わらわには他者を直接回復させる魔導はない。しかし妾自身の回復ならば……」


 魔王は何を血迷ったのだろう? 自分の皮膚に爪を立て、腹部の一部をえぐり取る。痛みに美しい顔を歪めた。その肉塊を僕の負傷した腹にねじ込む。


 理解できない。何をしようというのだ。


 あっ、腹の痛みが消えた。

 血も止まった。ケガが治った……。


 自己回復力のある肉塊を僕に移すことで、僕のケガを治したってわけか。こんなことが可能だとは。よくわからないけど無茶苦茶だ。


 もしかして魔王っていい人?



 グサッ



 魔王が背中を刺された。その背後にはベスが立っている。手には短剣。

 刺したのはベスだった。さっきは魔王と手を握っていたのに……。


「エアス、大丈夫ですか?」


 いまのは完全にベスの勘違いだ。

 魔王が殺意を持ち、手で僕の腹を刺した――そのように見えたのだろう。


「違うんだ、ベス」


 魔王が背後に振り返る。


「その短剣のようなものは……スライムの牙……?」

「はい。いま手にしているのは、わたくしの牙です」

「どうしてそれを貴様が持っている」

「スライムの王族をしておりました」


 立っていた魔王が膝をつく。そのままうずくまってしまった。

 これって……。ベスのたった一刺しが、魔王にダメージを与えたのか。


 だとすると恐ろしい。

 しかし……。


「ベス、その魔王は敵じゃないようだ」

「ですがエアスのお腹を爪で刺しました」

「魔王なりの回復魔導だったんだ」

「えっ!? わ、わたくしは……」


 今度はベスが魔王に回復魔導を施すことになった。


「ところで、ベス。スライムの牙ってなんだ」


「スライムの王族は牙を隠し持っています。一応毒性がありますが、人間や弱い魔物にはほとんど効果がありません。ですが魔力の高いものほど、強いダメージを受けます」


 魔王がふたたび体を起こす。

 ベスの回復魔導のおかげか。


「明朝、玉座で待つ」


 僕に言ったらしい。

 ふらふらと去っていった。

 ほとんど千鳥足だった。


 あっ、そういえば……。


 魔王の影止め魔導を喰らったとき、ベスの足も床に固定されたはずだ。

 足を動かせない状態で、どうやって魔王の背後に回った?


 ふと、ベスの足に目がいった。


 あっ、彼女の足首がちぎれている!

 足首より下は床に固定されたままだった。


「ベス、足が……」


 足首のちぎれた状態で、魔王の背後に行ったのか。

 友のために。僕のために。


「問題ありません。回復魔導は得意です。しかもわたくし自身の足ですので、完治も早いです」


 いやいや、回復とかそういう問題じゃないだろ。


「死ぬほど激痛が走っただろ」

「平気です。痛みには強いのです」


 本当かよ。嘘だったら承知しないからな。

 ……ありがとう、ベス。


 ベスは長時間をかけて足を回復させた。

 しかし体力的な限界だったのか、その場で眠ってしまった。




 当面、王宮の空き部屋での寝泊まりが許されることになった。

 アパートの契約が自動消滅している僕としては、ありがたい。

 アリクたち夫妻も同様だった。それから特別にベスも。


 そして翌朝――。


 魔王の言いつけどおり、僕は玉座の前に来ていた。

 アリク、カーニャ、ベスもいっしょだ。魔王がその三人に言う。


「貴様たちに用はなかったのだけど」

「まあ、そう言わず。僕の仲間なので」


 魔王は僕の仲間三人を一睨み。

 しかし追い払おうとはしなかった。


「妾はあの人間から依頼を受けた」

「あの人間?」

「憎むべき……もう一人の貴様のことだ」


 トランス状態の僕ってことか。なんかイヤな気がする。


「で、どんな依頼だった?」

「貴様の友となれと……」

「はあ? 僕が魔王と友に? それ駄目でしょ」


 だって冒険者と魔王だぞ。


「妾とて人間との友好関係などゴメンだ!」

「だったら何故あっちの僕に拒否しなかった?」

「そ……それは……」


 口ごもる魔王。どうしたのだろうか。


「それは? それはなんで?」

「きっ、気が動転してただけだ!」


 魔王の頬が不思議と紅くなった。

 気が動転すると、友になることを受け入れるものだろうか。

 なんか変な気がするけど。


 カーニャが耳打ちする。


「魔王を味方につけるのって、いいことだと思うわ」

「そういうものだろうか」


 僕は少し考えた。


 実際、あまり気が進まない。

 だから魔王に条件を出すことにした。


「友となるのなら約束してほしい。二度と人間を襲わないでくれ。配下の魔物にもそう命じてくれ」


 すると魔王が柳眉を逆立てる。


「妾に条件をだすつもりか? なんと無礼な。条件を出すのなら妾の方だ!」

「いいよ。魔王も何か条件を出せばいいじゃないか。お互い様ってことで」

「うむ、なるほど。ならば…………」


 魔王の声が小さくなった。


「あのう、聞こえないんだけど?」

「もう一人の貴様に毎日会わせなさい」

「そんなことでいいの? いいけど、どうしてアッチの僕に会いたいの?」


 質問されて困ったような魔王。

 不思議と目も泳いでいる。


「そ、それは……。その……憎たらしいからだ」


 理由になってない。


「憎たらしいのなら、普通は会いたくないのでは?」

「な、何を言うか! 戦って決着をつけるためだっ」

「決着って。毎日毎日あらためて決着つけるの?」

「うっ、うるさい!!!!!」


 魔王は逃げるように去っていってしまった。

 あれっ? 条件の話、まだ途中なんだけど。



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