3 王妃陛下の秘密を知りました
僕たちはぐったりしていた。
酷い目に遭ったものだ。鞭で打たれた全身が痛む。逆さ磔のままグルグルと回されたので、吐き気がする。国王も執行に加わってきたときは、ただ目を疑った。鞭を持った国王の顔、実に楽しそうだった。
何故なんだ。僕たちは凶悪な魔物を滅ぼしただけなのに。多くの人々が喜んでくれたのに。こんなことがあっていいのか。きちんと説明を聞きたいものだ。
収容部屋のドアが開く。
「諸君、ご苦労だった」
そこに現れた男……絶対に忘れられない顔だった。王国軍兵士長のザルドフだ。僕たちはこの男に、捕らえられてきたのだ。
「諸君には、まっすぐ港に向かってもらう」
それを言いにやってきたのか。
早くも国外追放刑の執行なんて……。
アスリア王国はアスリア大陸全土を支配している。すなわち『国外追放』とは、『他大陸への追放』を意味する。これから長い船旅が待っているわけだ。
「お願いだ。国を離れる前に、家族に会わせてほしい」
兵士長ザルドフに跪くのは、ギルド長ギグルカだった。
彼は家庭を持っている。妻と二人の息子だ。
そりゃ、最後くらいは家族に会いたいだろう。
僕たちのギルドに、あまり既婚者はいなかった。
ギルド長以外で既婚者と言えば……。
夫婦でギルド員をやっている者が一組だけあった。
しかもまだ新婚。国外追放なんて最悪のハネムーンだ。
残りのギルド員は、すべて独身であり、一人で暮らしている。
とはいっても、別れの挨拶をしたい相手くらいはいるだろう。
実家の両親など家族、恋人、友人……など。
僕も最後に挨拶したい人がいる。
僕を育ててくれた孤児院の先生だ。
しかし兵士長ザルドフが首を横に振る。
「諸君は出港するまで、誰とも面会ができない。これも刑罰のうちなのだ」
そんな。最後くらいはいいじゃないか……。
僕は唇を噛み締めた。
ギルド長が黙って涙を流す。
ほかの仲間たちも落胆している。
ザルドフは難しい顔で考え込んだ。
そしてボソッと言う。
「しかし愛するご家族やご友人等への手紙を託されることまでは、陛下から禁じられてない。そこはグレーな部分だ」
どういうこと? 皆、ザルドフの顔を伺った。
僕たちに首肯するザルドフ。
「このあと港に着いたら、乗船前に手紙を書くがいい。このザルドフが責任持って、ご家族やご友人に届けよう」
ザドルフって本当はいい人だったのか。
そうだよなぁ……。
僕たちを捕らえたのは、彼の意思のはずがない。
国外追放の執行を告げにきたのも、彼の意思のはずがない。
そもそも彼の仕事は、国王の命令に従うことなのだ。
ギルド員の皆でザルドフに感謝した。
僕も港に着いたら、孤児院の先生に手紙を書こう。
さっそく収容部屋から移動。
兵士長ザルドフに連れられ、一列に歩く。
王宮出口へと続く長い廊下には、窓があった。
「あっ!」
突然、大声をあげるギルド長ギグルカ。
彼はいったいどうしたというのだ。
ゴキブリでも出たか?
ギルド長の視線の先は、窓越しに見える部屋の中。
いったい部屋の中に何が?
気になったのは、もちろん僕だけではない。
皆いっせいに、廊下の窓から部屋の中をのぞく。
そこは部屋というよりも、屋根付きの中庭だった。
さっきのギルド長と同様、僕も叫んでしまった。
その広い中庭に、とんでもないものを見たからだ。
「わっ、これって!」
馬鹿な。嘘だろ。目をこすって再確認。
見間違いじゃない。これらは……。
魔物だ!
しかも群れだ。なんでこの中庭に?
オーク、トロール、ユニコーン……。
あっ、ミニドラゴンの子供までいるぞ。
何故だ、何故だ、何故だ、なんで魔物が?
僕たちに滅ぼされたのではなかったのか。
でもヘンだぞ? まったく動かない。
「剥製だな……」
ギルド長がつぶやいた。
ザルドフは否定しなかった。
じゃあ、すべて魔物の剥製だったのか。
すなわち王妃は……。
「王妃陛下はユニークなご趣味をお持ちでいらっしゃる」
ザルドフは明言こそ避けた。
それでも意味はじゅうぶん通じた。
王妃の憤慨している理由を知ることができた。
王妃が『魔物の剥製コレクター』だったなんて!
僕たちは魔物を根絶することで、王妃の趣味を邪魔したってわけだ。
だけど魔物だぞ?
そんな理由で……。
魔物にどれだけの人々が苦しめられたことか。
どれだけの人々が殺されたことか。
魔物根絶は皆の願いだったんだぞ。
王妃はまるでわかっちゃいない。
そのうえ僕たちに酷い仕打ちを与えている。
どうして僕たちは、家族や仲間と別れなくちゃならないんだ。
そんなことで国外追放って、あんまりじゃないか。
信じられない。無茶苦茶だ。
王妃イェルネはなんて人だ。
僕のポケットからポロリと何かが落ちた。
紙切れだ。もともと財布の中にあったものだ。
財布は剣といっしょに没収されている。しかし中身の『紙』だけは返してもらった。金銭的価値はまったくないけれど、僕にとっては大切なものだ。おととい久しぶりに孤児院へ遊びに行ったとき、子供たちからもらった寄せ書きだ。
*平和な大陸にしてくれて有り難う ジリィより
*エアスお兄さんは、この孤児院の誇りです タオ
*ぼくもエアスおにいちゃんみたいになりたいです カイ
*エアスお兄ちゃんのおヨメさんになりたいです クルル
*まものをやっつけてくれてありがとう ワグナ
*エアスお兄ちゃん、また遊びにきてね モンモン
*冒険のお話、また聞かせてください スピン
僕は慌てて紙を拾った。
ポケットに仕舞い直す。
ごめん。孤児院から初めて『罪人』を出すことになっちゃったよ。
もう二度と、孤児院に顔を出すことができなくなったんだ……。
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