27 人質を見殺しにはできませんでした……?
カーニャの喉元にはナイフ。
それを握っているのは冒険者トギルクだ。
「この女ならば高く売れそうだ。けれど売る前に俺がへへへへ。清楚系って感じだが、こういう女に限って夜は……。ハハハハ、楽しめそうだ」
「おい、やめろっ」
夫のアリクが叫ぶ。しかしナイフが妻の喉元にあるため、手出しできない。僕も特殊スキル<トランス>で一暴れといきたかった。だけどネオバーサーカーとなったら、人質を無視して暴れ回るだろう。きっと勝手にやりたい放題だ。僕自身、ネオバーサーカーの僕をいっさい信用していない。
トギルクは右手にナイフを持ったまま、左手でポケットから石を取りだした。
「出でよ、ファイア・ビー」
石から蜂が生じた。炎に包まれた蜂の魔物だ。
「ヤツらを襲え、ファイア・ビー」
炎の蜂はトギルクの命令に従い、こっちに飛んできた。
「どんどん出てこい、ファイア・ビー」
あちあち、あちちちちち……。
蜂の群れに刺された。痛いというより、燃えるように熱い。
アリクもノーロも懸命に堪えている。
「お前ら、その場から一歩も動くなよ」とトギルク。
くそっ、人質さえ捕らえられていなければ……。
トギルクはポケットから、さらに石を取りだした。
「召喚できるのはファイア・ビーだけじゃない。どうだ、見るがいい。さまざまな召喚石があるぞ。ゴブリン、ミニオーク、キャンサー魔人……。しかも俺の持つ特殊スキルは【魔物操作】だ。召喚した魔物を強制的に操れる。つまりこれらの召喚石は、俺の特殊スキルと相性がいいんだ」
「だけどショボい魔物ばかりだね」
僕が率直な感想を述べると、トギルクは顔を真っ赤にして激昂した。
「何を言うか! これを見てみろ、イフリートの召喚石だ。イフリートに関しちゃ消耗品のため、いまはもう使えないが」
「森のイフリートはお前の仕業だったか」
「まだあるぞ。本当は見せるのももったいないが、これは貴重なマウンテンドラゴンの召喚石だ。以前はブルードラゴンの召喚石も持ってたんだ。実家で誰かに盗まれてしまったが……。思いだすと、また腹が立ってきた」
盗んだ犯人がわかった。
彼の弟ルキルクだ。
先日のギルド採用試験で、ブルードラゴンが現れた。
しかしあのダンジョンに、強すぎる魔物はいないはずだった。
つまりルキルクの仕業だったってことだ。
ずっと不思議に思ってきたことが、これでスッキリ納得できた。
それでも納得できないことはまだある。
「どうしてこんな辺境で、そんな悪さをするんだ? トギルクの特殊スキル【魔物操作】があれば、冒険者としてそれなりに成功できたはずじゃないか」
その問いに対して答えたのは、ノーロだった。
「エアスはこの国の人間じゃないから知らないんだね。トギルクは素行があまりにも悪すぎて、どこのギルドからも相手にされなくなったんだ。もともとギルドというもの自体、評判がよくない。そんなギルドからも締め出されるんだから、よっぽどなんだ。実家からも勘当される始末だし。大富豪一家のスキャンダルとして有名な話だよ」
僕はじっとトギルクを睨んだ。
「それで都会から逃げてきたんだね。獣人の里にやってきて、召喚石を大いに活用したわけか。つまりワザと魔物に暴れさせて、それを退治したフリをする。で、里の人々に多額の報酬を要求。払えない場合は村娘たちを要求。これは許せないな」
すなわちマッチポンプだったってわけだ。
「ほう。許せなかったら、俺をどうするってんだ?」
そりゃ、ぶん殴りたい。でもネオバーサーカーになったら、人質など気にしないだろう。カーニャを見捨てるに違いない。だからいまトランスは使えない。
「この卑怯者め!」
「俺はこの女を別荘に連れていき、楽しむことにする。お前ら、動くなよ」
カーニャが連れていかれる。それなのに何もできない。
ああ、自分が情けない。くそっくそっくそっ。
僕たち三人、横並びで立ち尽くすしかなかった。
トギルクは僕たちの悔しそうな顔を見て笑っている。カーニャの美しい顔をペロリと舐めた。さらに左手がカーニャのウエストを撫でる。左手は徐々に上にスライドしていった。そして胸部に達しようとしたとき――。
「ぎゃっ。うううう……」
トギルクはそう言いながら片膝をついた。
彼の背後に少女が立っていた。
きのう罠にかかった――のではなく、余った木材につまずいた美少女だ。
どういうことだ? どうしてここに?
少女は短剣を持っていた。
その短剣でトギルクの背中を刺したのだろう。
僕たちの味方なのか?
カーニャの喉元からナイフが離れた。
若い夫婦が互いに走り寄っていく。
「アリク」
「カーニャ」
二人は抱き合った。
トギルクが立ちあがる。
「背中から不意打ちとは恥知らずめ」
おいおい、恥知らずなのはそっちだろ。
とにかく、これで人質はいなくなった。
この男を気兼ねなく懲らしめられる。
特殊スキル<トランス>を発動しようとした直前――。
トギルクは召喚石を高くかかげた。
「出でよ、マウンテンドラゴン」
大きなマウンテンドラゴンが姿を現した。
甲高い咆哮が洞窟内に響く。
へえ、召喚石ってすごいな。
本当にドラゴンを呼びだしちゃうなんて。
ならば僕も――。
「トランス!!」
=== === === ===
俺様はネオバーサーカーとなった。
だが……。
「おい、お前はどこに行く。このドラゴンをどうするつもりだ」
「ここに置いて、俺は逃げる。お前たちは食われるといい」
「はあ? 逃げるだと?」
トギルクが笑う。
「イヒヒヒ。最後に教えてやる。俺はたいていの魔物を操れるが、ドラゴン種などの超上級魔物は操れない。だからこのマウンテンドラゴンは、俺が止めようとしても止まらない。お前らが泣こうが喚こうが、もはやどうにもならない。勝手に食われるがいい。そろそろ俺は、この地方から出ていくことにしたぜ」
マウンテンドラゴンが口からファイアボールを放つ。
まっすぐこっちに飛んできた。
「フッ、これで死んだな」とトギルクが笑う。
当然、こんなもんで俺様が死ぬわけない。
ファイアボールは手の甲で弾き返してやった。
「な、なんと……」
おいおい、この程度で驚かないでくれないか。
高くジャンプし、ドラゴンの顔を蹴り飛ばした。
巨体が地面に沈む。その首を両腕でへし折った。
「なんだ、もうお仕舞いか?」
「馬鹿な……。マウンテンドラゴンを一瞬で?」
慌てたトギルクは、またもや人質を取るのだった。
今度はナイフがノーロの首に。
壁に背中をつけているのは、さっきのような不意打ちを恐れてか。
「もし攻撃してきたら、この人質を殺す」
「見直したぜ。命乞いではなく、俺様の攻撃を受け入れるわけだな」
トギルクの方へと歩いていく。
「おい、来るなって言ってるだろ。本当にコイツを殺すぞ」
「構うものか。なんで俺様がそいつの心配しなくちゃならない?」
「お前、コイツとは仲間なんだろ?」
「俺様に仲間なんかいねえ」
「まっ、マジか。本当にコイツを見捨てるつもりか」
トギルクが狂ったように奇声をあげる。
きええええええええええええええ
ヤツのナイフがノーロの喉を切りつける……。
いいや、切れてはいなかった。
人質のノーロに、安堵の表情が浮かぶ。
「なーんだ。それ普通のナイフだったか。大商人の息子の持ち物だから、てっきりミスリル製のものかと思ってた。ビビって損しちゃった」
トギルクが目を丸くする。
「はあ? どういうことだっ」
ノーロが得意そうに笑う。
「僕の防御力を思い知った? ミノタウロスでさえ僕を殺せなかったんだ。普通のナイフで殺そうとしたら、丸一日かかるんじゃないかな」
ノーロは腰をひねり、トギルクを地面に投げた。
そのまま上からのしかかり、取り押さえる。
ああ、つまんねえ。
俺様はノーロを蹴り、トギルクの上からどかした。
代わりに俺様がトギルクの背中に乗った。
トギルクの髪を引き、顔をあげさせる。
「まさか、もう終わりか」
「すみません、すみませんっ。命だけはお助けを!」
「今度は命乞いか。変わり身が早いな」
「な、なんでもしますからお許しを~」
「なんでもする? だったらドラゴンをもっと出せ」
ぽかんとするトギルク。
「えーと……。はい?」
「俺様としちゃ、まだ殺し足んねぇんだ。もっともっと出しやがれ」
「わかりましたー。出でよ、マウンテンドラゴン」
ふたたびドラゴンが現れた。
「足んねえって言ってるだろ。ぜんぶ出せ!!」
「めちゃくちゃだ。ワケがわからない。もしや狂人?」
「早くしろっ」
トギルクの背中からおり、顔を踏みつける。
「わかりました。出でよ、マウンテンドラゴン。出でよ、マウンテンドラゴン。出でよ、マウンテンドラゴン。出でよ、マウンテンドラゴン……」
十体ものドラゴンが出てきた。いっせいに襲いかかってくる。
それらのドラゴンを次々と屠っていった。
「もっと出せ!」
「はいっ。出でよ、マウンテンドラゴン。出でよ、マウンテンドラゴン。出でよ、マウンテンドラゴン。出でよ、マウンテンドラゴン……」
パリーン
召喚石が砕けてしまった。
「ああ、俺の召喚石が!」
「ちっ、もう打ち止めかよ」
この場にいるドラゴンは二十体程度か。
それらの頭部を砕き、喉を掻ききり、心臓をえぐった。
約二十体いたドラゴンはすべて絶命。それぞれ魔石を残した。
さすがにもう飽きた。
=== === === ===
僕は元に戻った。
うわっ、なんだ? このドラゴンの死体の山は!
アリクが言うには、すべて僕に殺されたらしい。
それよりも……。
さっきカーニャを解放してくれた少女はどこ?
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