23 獣人の住む里を訪れました
セルバヤ地方に向かっている。兎人の女の子が住む里だ。
そこは山々に囲まれた盆地で、六つの村と十九の集落があるらしい。
セルバヤ地方に入っても、しばらく集落は見えなかった。
道のりは、まだ長そうだ。
僕はさっと振り返った。
「どうしたの、エアス?」
不思議そうに僕の顔を見るカーニャ。
「跡をつけられているような気がして」
「そう? でも誰もいないわよ」
確かに誰もいない。気のせいだろうか。
「気になるんなら、走るか」
とアリク。
「いや、走るなんて……」
ギルド『天使の羽音』にいた頃、よくいっしょにパーティを組んだ。
凶事の予兆を感じ取ったときには、逃げるように走ったものだ。
しかしいまは状況が違う。僕たち冒険者だけならば問題なかった。
まあ、ノーロは非冒険者とはいっても、体力はそれなりにあるはずだ。
なんたってギルドの採用試験を受験したくらいだから。
僕が気にしたのは兎人の女の子だ。
目が合った。僕の思ったことを察したらしい。
「わたしのことなら大丈夫です。走るの得意なんです」
じゃあ決まりだ。僕たちは走った。
兎人の女の子は速かった。ちゃんとついてきている。
さすがは兎人というべきか。
ところが……。
どてっ。
坂のてっぺんで何者かと衝突。兎人の女の子が倒れ込む。
反対側から坂をのぼってきたのは……。
「魔物っ!」
咄嗟に構えると、アリクに止められた。
「失礼だぞ、エアス。あの人は獣人だ」
「えっ、獣人? す、すみません」
兎人の女の子と同様、獣人だったようだ。
ちなみに『魔物』と『獣人』はまったくの別物だ。
魔物は殺すと魔石を落とすが、人間や獣人の体内に魔石はない。
アスリア大陸において、獣人は非常に珍しい存在だった。
といっても僕たちのギルドに一人いた。猪人のジャイだ。
眼前に現れた獣人は鼻が長く、顔や手が短い毛で覆われている。
初めて目にする種族だが、獏人というらしい。
悪いことを口にしちゃったなあ……と思っていると、獏人の彼が跪いてきた。
「剣をさげているということは、冒険者様でしたか。申し訳ございません」
視線の先はアリクの剣だった。
剣は追放前に没収されたはずだけど、よくまた入手できたものだ。
「冒険者とか、どうでもいいことだが……。キミ、大丈夫だった?」
アリクは獏人の彼を気遣った。
兎人の女の子も頭をさげる。
「わたしの前方不注意です。すみません……って。隣村のソワット?」
「おお、お前はトルカ村のタピだったか」
兎人の女の子の名前は、タピというようだ。
タピは獏人のソワットに、僕たちのことを説明した。
ソワットが感激する。
「すごいじゃないか、タピ。冒険者様方を連れてくるなんて」
「ソワットはどこへ行くところだったの?」
「これから冒険者様の別荘に行ってみるつもりだったけど……必要なくなったな」
冒険者の別荘?
こんな辺鄙な地方にも冒険者がいるとは。
その冒険者、よほどの物好きなのか。
「そうよ、ソワット。冒険者様が来てくれたの。わたしに感謝してよね」
セルバヤ地方のトルカ村に到着した。
タピたちの里だ。僕たちはそこで大歓迎を受けた。
セルバヤ地方に長く住んでいる民はすべて獣人。
人口比は獏人が圧倒的に多く、住民の大半を占めている。
続いて多い順に、狐人、虎人、兎人、羊人……などとなる。
しかしジャイのような猪人はいないそうだ。
その晩、豪華な料理が振る舞われた。
六つの村の村長たちが挨拶に来た。
村長たちは何故か全員が虎人だった。
彼ら六人が頭をさげる。
「冒険者の皆様、どうか我々を魔物から救ってください」
「そのためにここへ来たんですよ。頭をあげてください」
アリクが僕たちを代表して言った。
しかし彼らは頭をあげない。
トルカ村の村長が重々しい口調で話す。
「実はその……。どの村々も貧しいため、報酬として支払うカネがありません」
はあ? 村長は何を言っているのだろう。
カネなんてもらうつもりはないのに。
むしろノーロの償いのために来たのだ。
「いや、あの……」
と僕が口を開くと、村長に言葉を遮られた。
「ですがカネの代わりに働き手をご用意しました。この地方にいる間、奴隷として昼夜問わず自由にご使用ください」
出てきたのは、虎人の若い女が四人。
皆、うっとりするほど美しい毛並みだった。
奴隷として昼夜問わず自由にって、あの意味か?
それマズいだろ。しかもここにはカーニャがいる。
おい、アリクの馬鹿。鼻の下を伸ばすんじゃない!!
カーニャの顔が穏やかじゃなくなってきたぞ。
村長たちも、もっと考えてくれないか!
カーニャが大噴火を起こす前に、僕が村長たちに言った。
「お断りします!!」
落胆する村長たち。
「申しわけございません。我々があなた方にご提供できるものと申しましたら、住民しかいないのです」
僕は語調を強めた。
「だからって。若い女の人を差しだそうとするのは、最低だと思います」
「ほ、ほかの冒険者様は、ご満足されていましたが……」
すると横から。
「はーい、はーい! 僕はじゅうぶんご満足されまーす!!」
おい、ノーロ!!!!!!
ひったくりの償いに来たんじゃなかったのかっ。
まったくノーロには呆れた。思いきり頭を叩いてやった。
床に倒れ込んだノーロの頭を、清楚系カーニャが踏みつける。
「村長さん、僕たちは別に何も要求しません。魔物さえ倒せればいいのです。魔石が手に入りますからね。それでじゅうぶんです」
「な、なんと……。このように無欲な冒険者様を、かつて見たことがありません」
驚愕する村長たち。涙まで流している。
タピが若い虎人の女たちを追い返す。
「そうよ。エアス様たちは、とてもいい人なの」
僕たちはトルカ村の集会所に泊めてもらうことになった。
村長たちが帰っていく。タピも「あなた方が親切な人で本当に良かったです」と言って帰っていった。僕たちの世話係として、隣村のソワットがここに残った。
僕は気になっていたことをソワットに話してみた。
「さっき集まってた人たち、ほとんどが虎人でしたね」
村長は六人全員が虎人だった。
差しだされようとした若い女も、四人すべて虎人だった。
でもソワットのような獏人が、人口の大半を占めているのでは?
これについてソワットが説明する。
「このセルバヤ地方では『虎の化身様』が崇められています。神様や精霊様のようなものだとお考えください。虎人は姿が『虎の化身様』に近いため、村長になるのは当然のことです」
「ここに来ていた女の人たちも、皆、虎人でしたけど」
「はい。それはただ単純に見た目が理由です。虎人は男女とも美しいですから。獣人からも獣人以外からもモテモテです。あと女性に限っては、タピのような兎人も人気があります。その点、僕のような獏人はぜんぜん駄目ですね。虎人が羨ましいです」
「でもソワットだってモテるんじゃないの? とっても優しそうだから」
カーニャがフォロー。
しかしソワットは首を振った。
「獏人に『優しそう』は、褒め言葉じゃありません」
夜、集会所の大部屋で雑魚寝となった。
皆が寝静まった頃、僕は起きあがった。
うん、やっぱりヘンだ……。
大部屋の窓穴まで歩いていく。
「どうしたの、エアス。眠れないの?」
カーニャもまだ起きていたようだ。
「誰かに見られているような気がして」
「昼間も言ってたわね。誰かにつけられてるとか」
「うん、そんな感じ。ちょっと外を見てくるよ」
「わたしも行こっか?」
「一人で平気だよ」
集会所の近辺を歩いてみた。
変わったものは何もなく、また誰にも会わなかった。
気のせいだったのか……。
集会所の大部屋に戻って布団に入る。
ザザッ
いま確かに聞こえた。草の擦れるような音だった。
ふたたび外へ飛びだし、草の生い茂る場所を確認。
しかし何もなかった。逃げたのか?
ああ、気味が悪い。背筋が寒くなった。
ダダッ
また聞こえた。今度は土の擦れる音だ。
猛ダッシュで音の方へと確認にいく。
人影を発見。あっ!
「タピ?」
感じていた視線は、彼女からのものだったのか。
でも何故、真夜中にこんなところを一人で?
「まあ、エアス様……。驚きました」
「驚いたのはこっちの方だよ。ずっと視線を感じてたんだ」
「ずっと視線を? わたしはたったいまここに来たばかりです」
「えっ、たったいま?」
「はい。いまです」
どういうことだ?
嘘を吐いているような感じはないが……。
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