1 冒険者ギルドが倒産しました
「この冒険者ギルドは、本日をもって解散する。倒産だ」
ギルド長の声には、いつもの力がなかった。彼はガックリとうなだれている。
この場はたちまち重々しい空気に包まれた。
嘘だろ? 倒産って……。まさかまさか、いくらなんでもそんなことが。
僕たちは仕事を失った。これからどうすればいいのだろう。
「喜ぼうぜ。冒険者ギルドがなくなるってことは、平和になったって証だ。三年前に魔物は絶滅した。人々が怯えずに暮らせるようになったんだ」
ギルドの先輩が大声で言った。他の仲間たちも、笑顔を作ってうなずいた。
それでも充血した眼、背中の悲愴感……。明日への不安は隠せていなかった。
皆、無理していた。この状況で喜べるわけがない。全員、嘘つきだ。
――でも。だからこそ、そんな仲間たちがカッコ良く見えた。
僕だけが、偽りの笑みを作れないでいた。
魔物が出現しなくなったのは、もう三年前のことだ。
魔物が生存していた最後の一年間で、最も魔物を殺したのは僕だ。
最後の魔物を倒したのも、僕だった。
倒産の原因を作ったことに、責任を感じている。
僕は強すぎた。そしてやりすぎた。
仲間たちには迷惑ばかりかけてきた。
ああ、呪われるべき僕の特殊スキル……。
僕の唯一の特殊スキルは<トランス>。
トランスすると【バーサーカー】状態になる。
【バーサーカー】と化した僕は、理性のない凶暴なケモノそのもの。知性はまるで見られず、敵味方も関係なく襲っていく。仲間たちは狂気の僕を抑えられず、ただ逃げ惑うのみとなる。重傷を負った仲間も少なくない。
それではマズいと、ある日、【仙薬】を飲まされることになった。
ギルドが莫大なカネを支払い、偉い神官に調合してもらったものだ。
あれは強烈に苦い薬だったな。もう二度と飲みたくない。
おかげでトランス時でも、知能が低下することはなく、自我のようなものを保つようになった。また襲いかかる対象としても、人間をほぼ無視するようになった。
この【仙薬】服用以降、僕のトランスした状態は、【ネオバーサーカー】と呼ばれるようになった。しかしトランス時の記憶がいっさい残らないことは、それまでの【バーサーカー】のときと同様だった。
早いな。あの戦いから、もう三年にもなるのか。
…………
………
……
…
最後の魔物は魔王。これまでで最強の敵だった。
敵の魔王は多くの魔物を引き連れていたが、それら手下の雑魚はギルドの先輩たちに任せた。僕は当時わずか十二歳。最年少ながらギルドのエース的存在だった。僕と魔王の一騎打ちが始まった。
戦闘の開始早々、特殊スキル<トランス>を発動。【ネオバーサーカー】と化した。
ちなみに僕の記憶はここまで。トランス時の記憶は残らないからだ。そのため、この先はギルド仲間から聞いた話となる……。
僕と魔王の戦闘は激しかった。
この激戦を制したのは【ネオバーサーカー】の僕だ。
ぐったりした魔王の胸倉を掴んで持ちあげた。
魔王の瞼が弱々しく開く。
「妾を倒すとは。貴様は敵ながら見事だった……」
鋭い牙の似合わない顔立ち。あどけなさも残っている。
腰まで伸びた彼女の長い髪が風に揺れた。
「お前こそ最高の敵であり、最高の女だった。お前は美しい」
彼女は一瞬、驚愕の表情を見せる。
そして呆れ顔で笑う。
「最後に人間から口説かれるとは思わなかった」
「人間から口説かれるのは屈辱か?」
首が小さく振られた。
「貴様だけは特別だ」
「ならば俺様の女になるがいい」
「まったくなんて人間だ。常軌を逸している。貴様の名は?」
「エアスだ。お前は?」
「妾はミリカ……」
直後、美しき魔王は息を引き取った。
トランス状態から元に戻った僕は、仲間からその話を聞いて、頭を抱えるのだった。魔物を口説くなんて狂気の沙汰だ。いつも思うけど、異常すぎる。【ネオバーサーカー】となった僕は、まったく頭がイカれている!
…
……
………
…………
毎度毎度、トランス時の酷い話を、後から聞かされてきた。
確かに【ネオバーサーカー】に進化してから、むやみに人を襲うような行動は、ほぼなくなったようだ。しかし快楽のまま好き勝手にやり放題。余計なことまでしてしまう。
結局のところ、【仙薬】服用前の【バーサーカー】とあまり変わらない。いろんな意味で、仲間にも迷惑かけっぱなしだ。
僕はトランス時の僕が嫌いだ。【仙薬】により【バーサーカー】から【ネオバーサーカー】に進化してから、むしろその思いがいっそう強くなった。
どちらにせよ、この特殊スキル<トランス>は強力なものだった。結果として、この大陸に魔物は現れなくなった。国民の夢だった『平和』が実現した。喜ばしいことだ。ただ、それがギルド倒産に繋がっていった。
いま仲間たちは懸命に笑顔を作っているものの、ギルドの館内はまるで葬儀場のようにどんよりしている。
僕は溜息を吐いた。胸が痛い。
ぎゅっと目を瞑り、皆に頭をさげる。
「ごめんなさい。僕のせいで……僕がやりすぎて……。三年前、僕が魔物を滅ぼしてしまったから……」
ギルドの先輩たちが僕の肩を叩く。
「あなたのせいじゃないわ、エアス」
「お前は頑張ったじゃないか」
「そうよ。皆のために戦ってくれたんだから」
「エアスは俺たちをよく助けてくれた。感謝してるぜ」
「胸を張れ。この大陸の人々を魔物から守ったんだ」
「むしろ最後の一年間、お前に頼りきりになっていたことを済まなく思う」
最近は白髪が目立つようになったギルド長も言う。
「すべての責任はわたしにある。魔物を殺し尽くせと命じたのは、わたしなんだ」
ギルドの収入源は、魔物を殺したときに得られる【魔石】だ。
これは高値で売れる。しかし魔物がいなければ、稼ぎもなくなる。
ちなみに他大陸でのことだが、こんな噂もあるそうだ――。
魔物の少ない地域では、冒険者ギルドは魔物を偶にワザと殺さない、とか。
なぜなら魔物が絶滅すれば、自分たちの食いぶちを失うことになるからだ。
だけど僕たちのギルド長は違った。
彼は人々のために魔物の根絶を望んだ。
そりゃあ、ギルドは倒産してしまうさ。
ギルド長は理想論だけで生きていく甘い男だ。
もしかすると組織のトップとして、相応しくないのかもしれない。
だからこそ、僕たちはそんなギルド長ギグルカを尊敬していた。
ここで突然、ドアが開いた。
ノックもなかった。
誰だ?
大勢の人々が立っている。その制服は……国王軍の兵士ではないか。
たったいま倒産したばかりのギルドに、いったいなんの用だ?
この第一話をお読みくださり、ありがとうございます!!
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