夏の幻
延々と回り続ける扇風機。ざあざあと叩きつける激しい雨。雑音にかき消されないように、存在を証明するかのように僕らは深く、深く愛し合った。たった五畳の狭い部屋。これが僕らの世界。僕たちだけの世界。互いを確かめるように、互いを貪るように何度も何度も繋がった。そう思っていたのは僕だけだったのかもしれない。
「私は幽霊じゃないのよ」
君はふいにそう言って笑ったけれど、僕は本気だった。朝目覚めたとき君が居なかったら。そう考えると眠ってしまうのが怖くて、君を覚えていたくて、君を捕まえていたくて、不安を拭うようにより深く突いた。
翌朝起きると、やっぱり君は居なくって、君と身体を重ねちゃいけなかったんだと、物凄く後悔した。それでも、君の声を、体温を、唇の柔らかさを思い出しては繰り返し自分を慰めた。君が居なくなった後にも何人かと求め合ったけれど、君を超える人間なんて一人も現れなくて、何十年とたった今でも、君を求めたあの夜に思いを馳せて触れられない君を何度もめちゃくちゃにした。終わった後に残るのは自己嫌悪と止まったままの年月の長さ。結局僕はあれから一歩も進めちゃいなかった。
落下する中、一番に頭に浮かんだのは、やっぱり君のことだった。日に日に君を考える時間が多くなって、苦しくなった。どんなに探しても君はどこにもいなくって、会えない現実が辛くて、会えないならいっそこのまま死んでしまいたいと望んでしまった。音が何も聞こえない。誰も僕に気付いてくれない。所詮こんな人生か。虚しいな。徐々に近づく地面を見据えると、こちらを見つめてくる人がいた。不意に笑みがこぼれた。最期にこんなに幸せにしてくれるのか。だからこそ忘れなかった。忘れられなかった。
「――あぁ、やっと君に逢えた」