空前のクソ妹ブームにのっかってみたところ。
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「お姉さま。今、空前のクソ妹ブームがきているそうです」
突然、人の部屋に入ってくるなり、妹のニコレッタが言い出した。
「何なの、それ?」
自室で本を読んでいた姉のアドリアーナは首だけ向けて、尋ねた。
「私が、お姉さまの婚約者を譲れ、って騒ぐのです」
ニコレッタが不敵な笑みを浮かべて言う。そして。
「お姉さまの婚約者王太子ベルンハルト様を、私に譲ってください。お姉さまとは釣り合いません。ベルンハルト様に釣り合うような女性は、私しかいませんわ」
ニコレッタは腕を組み、威圧的に言った。
姉のアドリアーナは深く大きくため息をつく。
「それは、お父さまが決めることよ」
「お父さまにはもう言いました。このマンフレディ家の娘が婚約者であることにかわらなければ、お姉さまでも私でも、どちらでも構わないって言っていらしたわ」
ニコレッタは父親を味方につけたからか、より高圧的な態度をとり、椅子に座っているアドリアーナを見下ろす。
「きちんとお姉さまには自分から言いなさい、とも言われました。だから今、私はお姉さまのところに来ましたの」
「そう」
アドリアーナは読んでいた本をパタリと閉じて、机の上に置く。そして、立ち上がる。
そしてこの妹は昔からそうだった。人のものをうらやましがり、そして欲しがる。そのたびにアドリアーナは妹に譲っていた。
いや、譲っていたのではない、分け合っていたのだ。
一つしかないものは半分こ。二つあるものは一つずつ。
だって、一人しかいない可愛い妹なのだから。
ニコレッタは、自由奔放、我がまま、という言葉が似合う子。でも、可愛いく、気持ちも優しく、そして素直。
そんな気持ちが優しいところが、アドリアーナは好きだった。そして素直すぎるため、変な人に騙されないように、しっかりと妹を守らなければならない、と思っていた。
「残念ながら、ベルンハルト様は一人しかいらっしゃらない。仲良く二人で半分こはできないわね。かわいい妹の頼みですもの、私からお父さまに言いましょう」
「お姉さま、怒らないのですか?」
「お父さまがそのようにおっしゃっているのであれば、それに従うまでです」それに。と続ける。「私があなたの婚約者、コンラート様と婚約するわ」
「え?」
ニコレッタは目を大きく見開いた。
「ニコレッタ、あなた、コンラート様との結婚が嫌なのでしょう?」
「お姉さま、どうしてそれを?」
「あなたのことは、何でもお見通しよ」
アドリアーナは右手の人差し指をニコレッタの唇に当て、ふふふと笑う。
「でもニコレッタ。王太子ベルンハルト様の婚約者になるということは、将来の王妃になるということ。この国を背負っていかねばなりません。そこのところをお忘れなく」
言い、アドリアーナは部屋を出ていく。父親と会うために。
残されたニコレッタは、両手をぐっと強く握りしめた。
***
「婚約者の変更が正式に受理された」
と、父親であるマンフレディ公爵が、紙を手にしてアドリアーナとニコレッタに伝えた。受理されたのは、王太子ベルンハルトの婚約者を姉アドリアーナから妹ニコレッタへ変更する内容。
「お父さま、ありがとうございます」
ニコレッタは喜び、父親に抱きつく。
「おめでとう、ニコレッタ」アドリアーナが感情の読めない口調で言う。
「ありがとうございます、お姉さま」
でも、これで本当に良かったのか? とアドリアーナは思う。
「アドリアーナ。こちらも正式に受理された」ともう一枚の紙を手にしている。
それはコンラートとの婚約者の変更。妹ニコレッタから姉アドリアーナへの変更を受理するというもの。
アドリアーナの父親がこの国の宰相であり公爵家であれば、コンラートの家もまた公爵家であり、父親はこの国の騎士団の団長。コンラートも学校卒業後は騎士団入団が決まっているが、三男坊。そのため男子がいないどっかの貴族に婿養子に入る。それに目をつけられたのがこの女児しかいないマンフレディ家であり、その二女のニコレッタであった。
結局、婚約者変更についても、そんな紙ぺら一枚でのやり取りではなくて、父親が王家とコンラートの父親と、いろいろ相談して決めたに違いない。マンフレディ家の娘なら、長女だろうが、二女だろうがどっちでもいい、と。そこに、本人たちの意思というものは存在しないのだ。
「ありがとうございます」
アドリアーナは深々と頭を下げた。
***
「お姉さま、私はクソ妹ブームにのれたかしら?」
アドリアーナが部屋に戻ると、ニコレッタがまた高圧的に言ってきた。
「ええ、あなたはクソ妹よ」とアドリアーナは笑みを浮かべて言う。「とってもクソ優しい妹よ」
そこで両手でニコレッタの両手を包む。
「お姉さま……??」
「ニコレッタ、本当に婚約者はベルンハルト様で良いの? 私のことを思って、変更を言い出したのではないの?」
「どういうことですか?」
「私がコンラート様に想いを寄せているからって。それで譲ってくれたわけでは無いの?」
ニコレッタは、目を大きく見開いた。
姉に……、ばれている。
幼いころ、本当に十年以上も前の話。
母親主催のお茶会で、アドリアーナとニコレッタはお揃いのドレスを着て参加していた。
あまりにも退屈だから、二人はお茶会を抜け出した。ニコレッタは庭園の散策をはじめ、アドリアーナは花の世話をはじめた。すると、その庭の片隅に男の子がいて「何しているの?」と尋ねてきた。
「つまらないから、お花の世話をしにきたの」と答えると、男の子は珍しそうにその手元を見ていた。
枯れた花を取り除く、落ちた花弁を取り除く、そんな単純な作業を、男の子は黙って見ていた。
「あ」とアドリアーナが気づいたときには、その指に棘が刺さってしまった。赤いものがそこからゆっくりと出てきて、指の上にぷくっと山を作っている。
「けがをしたの?」とその子は尋ね、ハンカチでそこをおさえてくれた。
「ありがとう」
それから少し男の子と話をして、遊んで。今までにないくらいの楽しい時間を過ごしたことを覚えている。彼の話は、本を読んでいるようにころころ内容がかわり、そして非現実的な現実だった。
後で知ったのだが、その男の子の名前はコンラート。当時の騎士団副団長の三男。そして、今では妹の婚約者。しかも、コンラートが望んでニコレッタを婚約者に、と言ったらしい。
「お姉さま。昔、私の名前を使いましたよね?」
とニコレッタに言われる。アドリアーナは何も言わない、いや、言えない。
「コンラート様が、望んで私を婚約者にという話でしたので、なぜ望まれたのかを聞きましたところ、あのときのことを覚えているか、と言われました。私には何がなんだかさっぱり。コンラート様も不機嫌な顔になりましたわ。きっとこの方は、昔のニコレッタに想いを寄せていて、今のニコレッタには興味が無いのだと思いました。では、コンラート様が想いを寄せている昔のニコレッタはどこにいるのでしょう? お茶会を抜け出して花の世話をするようなニコレッタは、当時のことを考えると、お姉さま以外おりません」
きっぱりとニコレッタに宣言される。
「お姉さまは、ベルンハルト様との婚約が決まった、ということをお父さまがおっしゃったときには表情を変えなかったのに、私とコンラート様の婚約が決まったことを聞いたときには、かなり驚いた顔をされていましたわ。私はこのままコンラート様と一緒になっても幸せにはなれない。そして、お姉さまがベルンハルト様と一緒になっても幸せにはなれない。それならばいっそのこと、クソ妹ブームにのってみようかと思いました」
ニコレッタは笑む。
「私は、ベルンハルト様を魅力的な方だと思っています。きっとこれから、好きになります」
「ニコレッタ。あなたはベルンハルト様との婚約が嫌では無いの?」
「昔のニコレッタに想いを寄せていて、今のニコレッタに見向きもしないコンラート様よりは数百万倍マシです」
そこでニコレッタは、姉に捕らえられていた両手を放して、その手でそっと姉を抱き寄せた。
「私はお姉さまにも幸せになって欲しいのです。昔からお姉さまは、私にいろいろと譲ってくださいました。私は優しいお姉さまがいて、とても幸せです。でも、お姉さまは私のことばかりを考えて、自分のことを考えてくださらない。そろそろお姉さま自身の幸せを考えて欲しいのです」
***
ベルンハルトとの婚約が正式に決まったニコレッタは、あの後から熱心に王妃教育を受けるようになった。根が素直だから、次々と学んだことを吸収していく。
そんな努力するニコレッタの姿を見て、ベルンハルトも徐々にニコレッタに惹かれていったらしい。そして仲良しカップルの出来上がり。
アドリアーナは、コンラートに十年以上の前の出来事を謝罪した。お茶会を抜け出したことがばれて怒られるのが嫌だったから、ニコレッタの名前を騙ったということ。
コンラートは、ニコレッタに悪いことをしたと言い、彼女にも謝罪した。ニコレッタから返ってきた言葉は「お姉さまを幸せにしないと、一生許しません」だった。
結局のところ、クソ妹ブームにのっかってみたけれど、ブームにのりきれなかったニコレッタを王太子妃として迎えたこの国は、今日も幸せで溢れている。
宰相「娘のニコレッタがさ、自分の婚約者をアドリアーナの婚約者とチェンジしてほしいって言い出したんだよね」
騎士団長「それ、うちもだわー。間違えたってさ。ニコレッタじゃなくて、アドリアーナのほうだったって言ってたー。うちの子、好きな子を間違えるなんてアホだわって思ったわ。でもさ、アドリアーナって王太子の婚約者じゃない?」
王「マジで? じゃ、交換しちゃえば? 息子ながら、ベルンハルトの考えてることはわからんし。うちは、公爵家の娘であれば問題ないし」
宰相「じゃ、ペラ紙一枚、よろしく」
王「オッケーオッケー」