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黒ラブレターと白カーネーション

『嘗て貰ったあのラブレターを、私は今でも忘れはしない。』
















 成人式。二十歳となる若人たちが振袖やスーツを着てはしゃいでいる。

 実際、自分自身も二十歳になったという実感はない。









 近くの花屋で買った一輪の花を、自分の体で隠すように手に携えてとある人を待つ。









 私は思い返していた。在りし日の思い出を。









 ふと前を見れば、ある女性がいた。

 私が待っていた人だ。









 そう、その人は嘗て恋した『彼女』だ。















 あれは小学生くらいの時だっただろうか。

 私は初めて、ラブレターなるものを貰った。

 それは、よく小学生が折り紙で作る簡単な封筒に入ったものだ。そして、ハートのシールで封をしてある典型的なものだ。

 そんな陳腐なラブレターであったが、気持ちがこもっている気がした。

 感情は昂ったし、喜びもした。

 しかし、その時は授業中だったので―――授業中に渡した理由は今でも分からないが―――大声で叫ぶことはできなかった。

 正直なところ、私は周りのことなんて気にせずに大声で喜びの言葉を叫びたかった。

 彼女は無言で私に手渡した。恥ずかしかったのだろうか、すぐに顔を私から背けてしまった。


 私は彼女のことが好きだった。

 私は夢見心地でそのラブレターを開いた。

 そして、中身を見るとそれは―――真っ黒だった。

 いや、よく見れば文字だらけなのだ。愛の言葉で。

 客観的にみると羨ましがられるのだろうか。正直、まだ幼い私にはよくわからなかった。

 しかし、今思い返してみると少々狂気的だったと思う。それでも、私はその愛に対して応えるべきだった。今になってこう綴っていると言い訳にしか見えないかもしれないが、確かに、「好き」というような感情はあった。しかし、当時の私は「付き合う」なんて考えたことがなかったのだ。それゆえ、どのようにして返答すべきか迷ってしまった。

 そして、私が選んだ最終的な選択は「無言の笑顔」だった。

 その刹那、私はしまった、と後悔した。今更この行動を訂正することはできない―――してしまえば彼女をより傷つけてしまうと思ったのだ。

 しかし、その後ろ向きな判断が彼女を余計傷つけたのだ。せっかく勇気を出して私にラブレターを渡す―――それは告白すると同義―――してくれた。なのに……。

 私は愚かだ。自らが愛する人からの愛を無下に扱うなんて言語道断な話だ。

 あり得る話ではない。しかし、そのあり得ない一例を作ってしまったのだ。

 私はきっと、この後悔を背負いながら生きていくことになるだろう。



 ここで、私が彼女を好きになった理由について話しておこうと思う。

 彼女は一般的に見てもかなり可愛かった。学校内でも一、二を争うレベルだった。

 しかし、「可愛い」というだけで好きになる、とは限らないと思う。実際に私はそうではなかった。それは綺麗ごとなのかもしれないが。

 私は彼女の優しさに惹かれたのだ。彼女のそれは、慈愛に満ち溢れていた。


 最後の運動会。


 私と彼女は同じクラスなので同じ色のチームだった。

 私と彼女は、リレーの選手に抜擢された。他にも人はいたものの、他学年の人ばかりであった。

 その後、じゃんけんでアンカーを決めることになった。誰もアンカーをやりたがらなかったのだ。そして私は、接戦の末に私が負けた。

 かくして、私がアンカーをすることになったのだ。

 当日。私の手足は周りに迷惑を掛けないかのプレッシャーにより、震えに震え、走りに問題をきたさないか心配だった。

 バトンが次から次へと渡されていく。それに伴い、私の震えも大きくなっていく。自分ごときがアンカーに務まるのだろうか、自分が負けてしまったら非難されないだろうか……。

 そしてついに私の番が来てしまった。練習の時は1位だったから、うまくやれる。そう思った矢先、前の走者が私の目の前で転んだのだ。突然のことだったので、避けることなんてできずにそのまま私も巻き添えとなった。彼とともにこけてしまったことで、私の膝は血まみれだった。それでもチームに迷惑を掛けまいと私はすぐに起き上がり、彼が落としたバトンを拾って走った。しかし、すぐ横には学校内で最も速い走者がいたのだ。トラックの内側に私、外側に彼。一位争いは激しく、その差は僅差であった。そしてゴールテープを切ったのは―――私ではなく、彼だった。

 私は悔しかった。誰にも知れず涙を零した……血まみれの両膝を気にも留めずに。


 救護テント。人知れず涙を流す私の前には、彼女がいた。


 そして、その後すぐに大丈夫だったかと心配してくれた―――彼女の目には涙がうっすらと浮かんでいた。いくら私の精神が幼くとも、私のことを心配してくれてることは容易に理解できた。その思いやりを理解できた瞬間、心が芯から温められていくような気分になった。―――その何気ない一言が、私の心を動かしたのだ。



 しかしラブレターを貰った後には何も進展はなく、その濁った両思いのまま私達は中学生となった。偶然にも彼女も同じ中学だった。それゆえ、彼女へ自分の気持ちが伝えられるかもしれないという根拠もなにもない淡い期待をしていた。


 中学生。私にとってあまりいい出来事はなかった。

 長々とした始業式、冗長たる祝辞、教室での自己紹介、どれも私にとって退屈だった。

 私の学校では部活の入部は強制ではなかった。部活に入らない選択をとった人も複数名いた。しかし、古くからの友人が私をとある部活に誘ったのだ。その部活とは、男子テニス部だった。私の学校のこの部活は、いわゆる弱小校に分類されるものだった。その時、男子の部員数は私含め7人だった。そして、例の彼女もいた。少し記憶が曖昧な部分もあるが……。当然ながら、男子よりも女子の方が人数が多く、男女ともに練習することも少なくなかった。

 私はもともと体力がなく、ランニングの時はいつも後ろの方でゆっくり自分のペースで走り、誰にも迷惑をかけることのない人畜無害な男になりきろう、そう思っていた。


 中学2年になり、先輩の一部が卒業し、新しく後輩が入ってきた。ついに自分も後輩を持つような先輩になったのかと思った。また、その時の私の成績は芳しくないものだったため、自ら親に懇願して塾に行けることとなった。私の志望する高校の偏差値には程遠い成績だったのだ。その塾でもまた偶然があった。俺を男子テニス部に誘った張本人の友人に会ったのだ。いや、会ってしまったというべきか……。小学生の時から仲良くしているだけあって、それなりに気が合っていた―――つもりでいた私がいた。最初のころは仲良く授業を受けていた。部活内だってよく話していた。それでも、自分よりもいい成績、戦歴を出す私に彼は嫉妬してたのだろう。


 先程、私は体力がないとは言ったが、ラケットの扱い―――技術面においては部活内ではトップレベルだった。といっても体力がないとやはり持久戦となると急に弱くなる。そのため、自慢でも何でもない。


 ある日の塾にて、私は家に筆箱を丸ごと忘れてしまった。そのため誰かにシャーペンを貸してもらうしかなかったのだが、そんなことができるような人は彼しかいなかった。塾は塾でも私の中学ではない中学の専門塾だったため、彼以外の同じ学校の友人がいなかった。それを彼も分かっていたのか、仕方なく私にシャーペンを貸してくれた。そう、貸してくれたまでは良かった。シャーペンを貸してもらった授業の後、私にはもう一つ授業があるので移動しなければならなかった。―――のだが、先に用を足しに行くため、お手洗いに行った。貸してもらったシャーペンはできるだけ他人に見えないようにした。もちろん、他人の所持品なので誰かに取られたりしたら目も当てられないからだ。

 ―――しかし、帰ってきた頃には例の物は無かった。あんな小さな対策では駄目だったのかと思う前に、他人から貸してもらったものを盗まれたという焦燥感に駆られ次の授業が始まるまで必死に探していた。そう、落としたとも考えられるので、小さな隙間さえも見逃さなかった。その友人はそんな私のことを気にも留めずに次の授業の用意をしていた。

 ふと、彼の手を見ると、貸してもらったシャーペンに酷似するものを持っていた。真相を確かめるため、また、自分がなくした、若しくは盗まれたのではないかという疑問を払拭するため彼に話しかけようとした。しかし、私は彼に話しかけることはできなかった。もし違ったりなどすれば、彼の心象が大きく悪化するかもしれない―――そういった不安に襲われてしまい、結局目的は達成できなかった。

 そして仕方なく、彼にはバレないように塾長からシャーペンを借りた。


 授業終わりに。

 彼は私にシャーペンを返してほしいと言った。しかし、私には返せるものがない。彼は目に見えるくらいに落胆していた。『あれは引っ越す前、友人に貰ったものだったのに』と。―――確かに、彼は小四の時に一度引っ越しをして、中一のときに再度戻ってきたのだ。外面だけ見れば間違ってはいない。なら何がおかしいのか。―――あの時、私は焦燥感に駆られっぱなしだった。だから、自分が何をすれば被害を一番抑えられるか、私にはわかっていたはずである。それで選択を誤った、自分が彼に思ったことを聞かなかった、そこでもう、私の中学校生活は狂ってしまった。―――今思えば、そんな大事なもの普通渡したりはしないはずだ、あたかも自分が特別扱いしているものならば、それこそおかしいものだろう。さらには、私の席の隣は彼だった。使っていたのはそれとは違うシャーペン。取り替えた可能性もあるが、それは違うとここで断言しておく。終始彼はシャーペンを変えなかったから。現場を見ていなかったから何とも言えないが、彼が言っていることは嘘に違いなかった。どうせなら監視カメラがあったのでそれで確認させてほしい、とも言えなかった自分がとても憎い。


 そしてその日から私の待遇が目に見えて分かるくらいに変化した。当然ながら彼とつるんでいた男子たちは私のことを非難するようにこちらを見る。その中には一緒に帰ったことのある人もいたが、ハブられるようになっていた。女子たちの幅広いネットワークの中でも私の悪名は広まってしまったみたいで、私の周りには誰もいなくなっていた。それでも私のことを気にする人もいるようで、中学で知り合った男子二人とよく話すようになっていた。こう言っては少し言い方が悪い気もするが、普通とは違う存在だったのだ。それゆえ、周りから疎ましく思われることが多くあった。私も彼らのことをよく見かけたが、その周りにはあまり人がいなかった。なにかしら理由があるのかなと思ったりもしたが、中一の時から何度か話したことがあったためすぐに仲良くなった。ここで友人が一人もできなかったら、一体私はどうしていただろうかと思うと悪寒がした。そして、例の彼女はというと―――その場にはいなかった。彼女は体調を崩し、しばらく学校に来ていないとそんな噂がどこからか入ってきていた。それが本当なのか、否か、私には分からなかった。


 それから、しばらく経って。

 彼女はまた部活に顔を出してきた。それもまあ、私とはあまり話す機会がなかったので結局いつもの三人組で部活に参加することになった。相変わらず彼は事実と全く違う、私に関するでたらめを周りに吹き込み、また彼は次期生徒会の会長候補者だったためそれなりに信頼もあった。それも相まって一方的に私の立場は危うくなっていた。それでもまだ私の居場所はあった。


 中三になった。私の先輩たちは皆卒業してそれぞれの道に向かった。そしてその代わりに後輩が入ってきた。先輩たちは私たち後輩に対して平等に接してくれていたので、彼らが暴れることはなかった。が、そのストッパーがなくなってしまったことで、(たが)が外れた。外れてしまったのだ。


 まずは教室内。今まではクラスメイトに話しかけても何の支障もなく話しかけることができたが、いつの間にか誰とも話すことができなくなっていた。そして話す人は必然的に部活でよく話す二人だけだった。幸いなことに彼らは私と同じクラスだったので、一人寂しく佇むことはなかった。


 次に部活内。私の部活では、よく基礎練習が終わった後に練習試合が行われるのだが、ダブルスを組んだことは最初の一回以降ない。それゆえ、基本シングルスだったのだが―――誰も彼も私と組みたいなんて人はいなかった。それもそう、私のような犯罪者紛いの人となんて組んでしまった日には、悪評が立ってしまうから。―――よくプレイヤーがポイントしたときに観衆が拍手でその人を讃えたりするだろう?私にはそれがないのだ。先輩がいたときは平等に賞賛を送っていたので、渋々他の人も拍手をしていたが、それがなくなったためプレーに不快感を感じるようになったのだ。それも顧問のいない時を見計らって。さらには公式戦等も避けて。まあ、公式戦に関しては誰も応援しには来なかったが。別に悲しくはなかった。いつもの2人は公式戦の最中だったし、残りの連中も私のことを気にしたりなどしなかったから。


 そして、中学でもっとも鮮明に思い出に残ってしまった出来事。

 その日、私たちは顧問に掃除をするように言いつけられていた。

 あいにく、私に力は全くなく、私以外の男子六人と女子の何人か―――実際にははたらいていなかったが―――でローラーを用いてコートを整備し、残りのメンバー―――女子二人と私でコートのライン上の砂取りをほうきでやっていた。

 そして驚くことに女子二人の中には『彼女』が含まれていたのだった。

 私はおそらく彼女たちとは話すことはないと覚悟を決めていたが、意外にも私のやってきたことは何も悪くないと言わんばかりの明るさで私に話しかけてきたのだった。もちろん、もう一人の女子も。こんな感じにもう一度話すことができるなんて思ってもいなかった。こんな時間がずっと続けばいいのに。そんなことを思っていた矢先。私に対して、まるで会社の上司が部下に取るような態度を見せた『彼』が私たちに向けて怒号を浴びせた。

 ちゃんと掃除しろ、と。大声で。私たちを貶めるように。彼は彼で気づいていたかどうかわからないが、彼の表情は憎しみにあふれていた。きっと、女子と和やかに話している私たちが目障りだったのだろう。そう私の中では思っていても、このせっかくの雰囲気を濁されるのは鬱陶しくて仕方なかった。だから、すぐに言い返した。私たちは言われた通り掃除をしている、なんで暴言を吐かなければならないんだ。と、言った。実際に私たちは楽しく話はしていたが、掃除の手を怠ってはいない。周りの人も分かっていたのか、彼の言うことに同調するものは一人としていなかった。そして私は先ほどまでの笑顔は消失し、周りから疎外されることで得てしまったポーカーフェイスに戻ってしまった。しかし、『彼女』はそのポーカーフェイスを打ち破った。笑顔になろうよ、笑顔で私に言ったのだ。私は彼女の言ったことが信じられなかった。いつも周りから疎外されていた私がこんな風に笑顔を必要とされるなんて……。彼女が言ったことで、もう一人の女子も同調して同じ言葉を言ってくれるのだ。私は()()胸が熱くなるのを感じた。そしてその日の帰り道、私は人知れず涙を流した。もちろん、嬉しいからだ。


 それから、私たちは部活を引退し、高校受験をし、卒業式をして。涙を流す人も、後悔する人もいた。私にとってこの三年間は無駄だったとしても、あの出来事だけは忘れない。寧ろ、私にとってそれだけが中学校での思い出だ。


 こうして私たちの中学校生活に終止符を打たれ、それぞれの道へ旅立つのだった。
















 そして今に戻る。









 その『彼女』が今、目の前にいる。









 そう思ってしまうと、思ったことが口に出せない。









 だから、私はこの一輪の花にすべてを託す。









 白いカーネーション。私が花屋で買った、たった一輪の花だ。









 それを彼女の前に差し出す。









 当然ながら彼女は驚く。









 どうしたの、と。









 私はこう答えた。ただ一言。









 付き合ってください。と。









 そう、白いカーネーションの花言葉は―――





















『私の愛は生きています』

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