爆発3秒前
「あなたはこれをどかして欲しいんですね」
「そうです」
「誰が置いたんですか」
「分かりません。今朝、気付いたらここにあったんです」
「自分でどかそうとしましたか」
「したんですが重いんです」
「なぜ私に頼むんですか」
「だってあなたは警官でしょ」
確かにそうだ俺は警官だ。君は市民で俺は公僕。故に君の頼みとあらば俺は断れない。
「いい気になるなよ」
「え?」
「なんでもないです」
それは金属でできていた。1メートル程の立方体にキャタピラがついている。通報した男の家の前に誰かが放置したのだ。手を触れると意外なことに暖かい。指に微かな振動が伝わる。中で何かが動いている。力を入れて押してみるが、それはびくともしない。
男は俺を見て満足そうに微笑む。「ね、重いでしょ」
息を切らせながら俺が言う。
「しばらく様子を見ましょう。そのうち持ち主が取りに来ますよ」
「でも、それ動いてるんですよ。最初見たときは10センチ程向こうにあったんです。少しづつ近づいてるようで」
「なにか不都合でも」
「このままじゃ家が破壊されます」
それの進行方向に彼の家があるらしい。たしかに市民の財産を守るのが警官の仕事ではある。
「わかりました。取り敢えずこいつの動きを止めましょう。なにか楔になるような物はないですか」
「工事現場にコンクリートブロックがありますよ」
「持ってきましょう」
置いてみると、それはとても頼りなかった。
男が言う。
「これじゃ簡単に乗り越えますね」
「キャタピラですから」
「ピストルで撃ってくださいよ」
「なにをですか」
「これを。簡単でしょ。パン、パンって」
「出来ません」
「何故ですか」
「拳銃は簡単に撃てないのです」
「引き金をひくだけでしょう」
「そういう問題じゃないんです。発砲すると報告書を書かされるんですよ。必然性はあったか、発砲することによって事態は改善されたのか。つまり事後処理が非常にややこしい」
「それはそちらの問題じゃないですか」
「警官の発砲に抗議するのは市民です」
「それくらい仕方ないでしょう。あなたがたは法律によって武器の携帯が認められてるんだから。恐怖で市民を服従させている代償ですよ」
「そんなつもりはありません」
「なくたってそうなんだ。市民は警官の機嫌を伺う。射殺されるのが嫌だからね」
俺は頭が痛くなってきた。
「日本じゃ大量殺人の現行犯でも射殺なんてされませんよ」
「あなたが突然発狂したら?」
岩の割れる音がした。キャタピラがブロックを砕き始めている。
男が急かす。
「もう時間がありません。なんとかしてください」
頭の酷い痛みに耐えながら俺は応える。
「安心してください。このスピードなら、あと3時間は大丈夫でしょう」
「3時間後に私の家は破壊されるんですよ」
「こう考えたらどうでしょう。これは天災だと。台風みたいなもんですよ」
「そんな無責任な」
「人間の力で自然の脅威に立ち向かうことはできません」
「これはあきらかに人災じゃないですか」
「なぜ分かるんです。宇宙ロボットかもしれないでしょう」
「宇宙ロボット?」
「そうなるともはや警察の出番ではありません」
「……」
「一介の警察官が地球侵略をくい止められるわけないでしょう」
「失礼ですがお話が理解できません」
「放射能の影響です。脳が侵されているんですよ」
「はあ」
俺は拳銃を抜いて男を撃った。
どうしよう、頭が割れるように痛い。事態は急速に進行している。ひとつのミスが地球を滅ぼす。そうだ、まず宇宙ロボットを止めなきゃ。銃口を向け、引き金を引く。そして気付いた。宇宙ロボットは原子力で動いてるんだ。なんてこった、大惨事になるぞ。銃弾がロボットに突き刺さる。俺はカウントをとる。
爆発まであと3秒。
<終わり>