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短編集

蒼白

作者: 海蒼柊

 高校二年生の夏をめいっぱい満喫する。南昭二は、七月にもならない頃からそう決めていた。

 だから、夏休みに入ってすぐ、友人の西崎貫人から電話が来た時はとても喜んだ。

「貫人、どうした?」

『今度の土曜か日曜暇? くんはるとナカレン呼んで肝試し行こうぜ』

 肝試しという言葉に、昭二は激しく興味をそそられた。それも夏を満喫するためである。行く、と即答したかったが、彼は臆病であった。そのため、とりあえず話だけ聞いてそんなに怖くなさそうなら行こう、と考えていた。

「場所はどこ?」

『氏原動物病院……? だってさ。結構有名なホラースポットなんだって。調べた限りだと、絶対に近づくなとか、死ぬぞとか、書いてあった』

「それ大丈夫?結構やばくね?」

『有名なって書いてあるし大丈夫だろ。だってさ、死ぬぞ、って書いたのは生身の人間のはずだろ? てことは生きて帰ってきてんじゃねぇか。そんなまじでヤバいわけないって』

「確かに。そうかもな」

 とは口では言いつつも、こわいものはこわいため、返事は一旦保留にしておいた。

 しかし、一緒に行く雨森春(くんはる)と中崎蓮太(ナカレン)は二つ返事でオーケーを決めた、と聞いて、男同士にある小さくも譲れないプライドが、昭二の意志を決めさせた。決行は日曜日となった。


 当日。太陽がアスファルトに残した茹だる暑さが、夜も漂っていた。

「クソ暑いんだけど」

「アイス買っていこうぜ」

「今から涼むんだから要らねーだろ」

「幽霊も暑さで溶けてるかもな」

「ぎゃはは」

 中身のない軽口を叩くうち、ホラースポットの話になった。

「氏原動物病院。一九四九年開業、三年間運営し、その廃墟が残っている。廃業になった理由は、保護した野犬が暴れて、見学に来た幼稚園児を食い殺したから。……あれ、これ結構物騒じゃね?」

 昭二は貫人が調べたというオカルトサイトを読み上げて、そんな感想を口にした。

「どうせ誰かが誇張して書いたんだろ?」

 春は能天気な声で答えた。

「そうそう、そこが有名な理由、その事件が新聞でめちゃくちゃ取り扱われたんだってよ」

 貫人が言う。

「よく知ってんな」

「ホラースポットで検索したら出てきたから、氏原動物病院でもう一回検索をかけたんだ。そしたら新聞と、古いテレビの特集番組と、ホラースポットと、あと関係ないその他諸々が引っかかったわけよ」

「へぇ」

 蓮太は相槌をうつ。

「でもその幼稚園児が亡くなった事件もヒットしてたけど、それに紛れて別の記事が巻き込まれてた。どうしても古くなるから、そこの解体作業をしようとするんだけど、転落とかの人身事故が起きて中止になるっていう、新聞だったかな? ……の、記事が」

「うわー、ぽい、ぽい」

 と言ってバカ笑いする。


 隣接する市と分割している山の麓、古い山道へ続く通りから脇にそれたすぐにその廃墟はあった。一キロ弱ほど前に住宅地があり、そこそこ明るいので雰囲気としてはいささか微妙である。

「ここが? まじで?」

 という感想の春。

「意外としっかりした建物だな」

 という感想の蓮太。

 レンガが建材に使われており、半世紀以上手入れをされていないにもかかわらず状態が良い。流石に壁は黒ずんでとても汚いし、窓の鉄格子も錆びてボロボロであるが、今にもぺしゃんこになりそうな感はない。

 昭二は、蜘蛛が張った巣に蛾がふらふらと飛び込んで動けなくなるのを見た。

「おいおいおい!」

 それを自慢しようと大声を出すと、他の三人がビックリして振り向く。

「ひっ……」

「どうした……?」

「な……何かいたのかよ」

 何故彼らはビビっているのだろう、と思いながら昭二は勢い込んで言う。

「今! 蛾が! 蜘蛛の巣にかかった! すげぇ!」

 三人はポカンとした後、怒っているんだか笑っているんだか分からない表情をして、昭二をポカスカと叩いた。

「驚かしやがって! こら!」

「やめろお前そうやって驚かすの!」

「いやだって珍しいから痛い痛いごめんごめんいったい! いてぇいてぇ!」


 ひとしきりわちゃついた後、改めてこの病院の中を探索する用意をした。誰が一番前になるかで揉めた。

「くんはるやれよ」

「やだよ貫人がやれよ」

「えっじゃあ俺やろっかな」

「昭二には任せらんないな俺がやるぜ」

「ナカレンには無理だろうから、この俺、貫人様に任しとけ」

「え……だったら俺が」

「「「どうぞどうぞ」」」

「馬鹿野郎!」

 お決まりの茶番で、スマホのライト機能で前を照らすのが春、その後ろで貫人がカメラを使い、更に後ろを蓮太、最後に昭二がついて行く形になった。

「なんか雰囲気出てきたじゃん」

「それな」

 正面のドアには鍵がかかっていなかった。中に入ると受付カウンターが見えた。当たり前だが待合室には誰もいない。

「うわ、怖……」

 と、春が呟いた

 所々に見える蜘蛛の巣が恐怖心をよりかき立てる。木製らしき椅子はぶっ壊れていて座れそうもない。窓から月の光が鉄格子の形に差し込んできて、そこら中に散らばるガラクタに影を落としている。

「やばそう。帰ろうぜ」

 蓮太が言う。

「来たばっかだぞ? もうちっと楽しもうぜ」

 貫人はあくまで楽しむ気でいる。

 隣には広めのスペースがあり、壊れた机が乱雑に置かれている。ボロボロになった紙がそこら中に散らばっている。

「どうぶつを おどかさないで」

 拙い筆跡から推測するに、どうやら子供たちが書いた、様々な注意書きのようだ。見ると結構なバリエーションがある。

「うけつけでは しずかにしましょう」

「あぶないから どうぶつには さわらないこと」

「おだいじに」

 四人は、段々とその場にいる恐怖を感じ始めていた。

「待って、怖い」

 春の呟きがそれを代弁していた。しかし彼らは歩みを止めなかった。

 診察室らしき戸を開けて入る。扉は開けっ放しにする。大きな治療台と、様々な診療道具のようなものがライトで照らされる。ようなもの、と形容したのは、昭二が動物病院に行ったことがないのと、年季が入って古すぎるために彼には一体なんの道具なのか判別がつかないからである。

「おい」

 貫人の小さな声にすら、三人はびっくりしてしまう。

「……なんだ」

「今なんか見えた」

 そう言って指さす先には何も見えない。

「なんもいねぇよ」

 と言いつつ昭二はふと振り向くと、白いモヤが視界の隅にちらっと見えた。その方向を見ても何も無い。

「はっ……今居た」

「やめろよ」

 蓮太は震え声でそれだけ言う。

「春、この先にはなんかあんのか?」

「ドアがある。」

「俺が行く」

 貫人はドアに近づく。

「やめとけって!」

 と言いながら春も追従する。必然的に蓮太と昭二もついて行くはずなのだが蓮太が動かない。

「声が聞こえた」

 蓮太の言葉に昭二が聞き返す。

「なんて?」

「『どうぶつを おどかさないで』って子供が」

 一瞬で血の気が引いた昭二は咄嗟に叫ぶ。

「そのドアを開けるな!」

 しかしもう遅かった。貫人は既にドアを開けていた。

 そこは動物を保護するためのケージを置いておく部屋で、大小様々なケージが散乱していた。それだけであった。

 大きな声に驚いた貫人と春はドアを開けた体勢のままこちらを向いていたが、ドアの先を覗いて大きなため息をついた。

「なんだよ、なんにもいねーじゃん」

 貫人は部屋の中にズカズカと入っていく。おいまて……と言いながら昭二が止めようとすると、後ろから誰かに服を引っ張られた。

 後ろには誰もいないはずなのに。

「え?」

 振り向くと、小さい子供が右手で服を捕まえていた。しかしその子供の左手と右足は片方噛みちぎられたように無くなっていた。

「っ……!!」

 驚きで声すら出ない。

「どうぶつを おどかさないで おおきいこえをださないで」

 子供はそれだけを昭二に伝えて消えた。

 それで動けるようになった昭二は、他の三人に叫ぼうとした。が、出来なかった。

「うわああああああああ!」

 春と貫人が部屋から飛び出してくる。

 後ろから、青白い体に目と口元を真っ赤に光らせた獣のような何かが二匹、二人を追いかけてくる。

「早く来い!」

 蓮太と昭二はそう叫んで、二人が出てきた瞬間にドアを閉じた。そして四人は走った。この病院に住まう凶暴な獣から逃れるために。

 昭二は待合室でちらりと振り向くと、二匹だったはずの獣が四匹になって追いかけて来ていた。明らかに追いつかれるスピードだった。

「うわあああああああああああああ!」

 追いつかれる。そう感じた瞬間、悲鳴を上げ走る四人の手元に小さな手が現れ、彼らをぐっと引っ張った。その加速がなければ赤目の獣に追いつかれていただろう。すんでの所で四人ともそれから逃れることが出来た。

 四人は病院から転がるようにして出た。たった数十メートル走っただけなのに、十倍疲れたように感じる。腰が抜けて立てない。背中を伝った汗が、代謝機能のものなのか冷や汗なのか分からなかった。

 少し落ち着いて、彼らは冷静さを取り戻したが、それが脳裏にあの赤い目を思い出させる。

「はぁ……はぁ……やばい」

「早く帰ろう!」

「ここから逃げよう!」

 四人は立ち上がり、一目散に街まで走った。

 彼らは街まで辿り着いたところでやっと落ち着いた。そしてひとしきり笑い転げ、恐怖心に満ちていたお互いの顔をバカにし合って帰った。


 夏休みが明けて、彼らはクラスメイトにその話を何日も自慢して回った。武勇伝のように話していた。それは先生の耳にも届いて集会になった。彼らは我関せずという感じで、聞く耳を持たなかった。

 四人は男子の中で英雄ばりにもてはやされた。貫人に関しては、録画と録音という二つの証拠を持っていた。噂には尾ひれがつきもので、それには霊体の獣の入ったケージが映っていたとか、それを開けたのは貫人らしいとか言われるようになったが、昭二にはよく分からなかった。


 貫人は鼻高々だった。休みが明けてからは、布団の中に入ると彼らの羨望の目を思い出しながら寝た。

 ――ふ、と目が覚める。時針と分針に塗られた蛍光塗料が二時を示していた。

 うつ伏せになっていてそのまま寝るにはキツかったので、あお向けになった。

 青白い体に赤い目の、あの獣がいた。

「は」

 それは宙で体をくねらせ、仰向けになった彼の喉元に喰らいついた。


 最近貫人の様子がおかしい。話してみると何ともないように思えるのに、時たま肉食獣のような眼光を飛ばす。

「……どうした?」

 昭二が聞くと、目をぱちくりさせる。

「……あ? なんだ? つーか何の話だったっけ?」

「えーとさ……」

 昭二は二の句を継げなかった。首筋に、犬に噛み付かれたような跡があるのに気がついたからである。

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[良い点] お話の構成、徐々に怖くなる感触。 とてもよいストーリーと感じました。 [気になる点] 適宜改行して、間を空ければ、読みやすく、恐怖の間隔を演出することが出来たと思います。 そして、オチ。大…
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