1. 笑えない相談
「ある日、人魚を復活させてしまったら──、ついつい自分のモノにしたくなり。」で、はじめて小説家になろうに投稿します、しんしんと申します。感想や評価などいただけますと嬉しいです。
作品は完結済みなので、日を分けて投稿していきます! よろしくお願いいたします!
郊外の再生科学研究所で働くわたしたちには、気のきいた飲食店の選択肢などないのだが、同期の月島が折り入ってわたしに相談したいことがあるというので、その日は昼休みを利用して、森に囲まれた小さな喫茶店まで足を延ばすことにした。
片道十分の悪路だが、味気ない社員食堂で話を聞くよりましだと思ったからである。
「きみは未確認生物の存在を信じるか?」
開口一番、月島の思いがけない発言に驚いたわたしは、珈琲のマグカップを持ったまま、やつれた彼の顔をしばらく見つめて硬直した。
「いきなり突拍子もないことをいってしまったかな、そんな目で見ないでくれよ」
月島は苦笑して、先にわたしに珈琲を飲むよう促したので、マグカップに口をつけて流し込む。温かい苦味が喉元をとおり、心が落ち着く。
わたしに相談したい内容が未確認生物の話?
困惑したものの、顔に出さないようにして会話を繋いだ。
「未確認生物というと、イエティとか、スカイフィッシュの類かい?」
わたしは、数少ない自分の中の未確認生物に関する知識を総動員して答えた。
「そうだ」無造作に伸びた顎鬚を触りながら、月島は大きく頷いた。
「まぁ、イエティの正体は近年、DNA分析によってヒグマやクロクマだと証明されたし、スカイフィッシュにしても、カメラの前を飛んでいるハエとかの残像と言われているがね。おれがいいたいのは、きみは人魚の存在を信じるかということだ」
「待ってくれ」
わたしは口元を緩めて被りを振った。人魚。そういわれてわたしの頭の中に最初に浮かんだのが、その存在を否定する話題だったからだ。
「人魚の話ならわたしもどこかで聞いたことがある。確か人魚は、ジュゴンがモチーフになって創られた、想像上の生物だとか……」
「たしかに人魚伝説のモデルがジュゴンであるという説はある。だがそれはひとつの説であって、人魚が存在しないことを証明する話ではない。それに、ジュゴンはおれたちの想像する人魚のイメージとは、ずいぶんかけ離れているとは思わないか?」
いわれてみると、イルカやアザラシに近い見た目のジュゴンから美しい人魚の姿を想像するのは、少し無理があると思えなくもない。
「三年前、仕事でブラジルにいったときのことを覚えているか?」
「共同研究のことかい? もちろん覚えているさ」
三年前、わたしと月島はブラジル政府のある研究機関とブラジリア動物園が提携して行った共同研究に再科研を代表して参加したことがあった。
わたしと月島の専門は主にクローン技術に関するもので、その共同研究も現地の研究者との情報交換が主だったが、滅多にない機会ということもあって、日程の中に珍しい生物を観察できるフィールドワークを無理いって組み込んでもらったのを覚えている。
「あそこで、原住民の村にいっただろう?」
「ああ、たしか……ヤノマミ族だったかな」
ブラジルには現在も多くの先住民族が暮らしている。その数は二百以上にのぼり、その中でもヤノマミ族は文化変容の少ない最後の大きな先住民集団といわれている。
生態系調査のためにブラジル国境付近のネグロ川近くまで足を伸ばしたとき、ガイドが近くにヤノマミ族の村があると教えてくれた。
民族内部での戦争も多い部族ということだったが、わたしたちの近くにいたのは部族内では温厚で文明との接触も少なからずあるグループだったため、ガイドにダメ元で聞いてもらったら、幸運にもお目とおりが叶ったのだ。
「あのとき、きみには黙っていたんだが、二手に別れて村を見学しているときに、ヤノマミ族の若い男が声をかけてきたんだ。おれに見せたいものがあるといってね」
月島は冷水の入ったグラスをぐいっと飲み干すと、中の氷をひとつ口に含み、そのまま話を続けた。
「若者に案内されて、村の外れにある彼の小屋までついていった。歩いている途中で何を見せてくれるのか聞いたんだが、答えようとしないんだよ。今思うと、彼もそれをなんといったらいいのか分からなかったんだと思うが」
「それが、さっきの未確認生物の話と関係あるのかい?」
「大ありだとも。彼の小屋に入ると、身振り手振りでここで待っていろというから、置いてある民芸品なんかを観察して待っていたんだ。しばらくして、大人が一人すっぽり入るくらいの大きな何かを包んだ布袋を、彼が大事そうに抱えて戻ってきてね」
「まさか、それが人魚だったと?」
「正確には人魚のミイラ、だな」
月島の話によるとその人魚のミイラはまさに上半身が人間で、胸のふくらみから性別は雌、腰まわりから徐々に鱗に覆われて、下半身は魚の尻尾がついていたという。
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