失われた歌
そこは、迷い込んだら最後の森。
森の奥には大きなお屋敷。
高い塀と柵に囲まれた大きな大きなお屋敷。
そこに迷い込んでしまった小さな小さな少年。
「うわぁ・・・すっげぇ・・・」
思わず声に出してしまうほどの、
とても大きなお屋敷だった。
「これ、どこから入るのかな?」
迷い込んでしまった少年にとって、
もう戻るという選択肢はなかった。
だが、このお屋敷はとても奇妙なお屋敷だった。
まず、入り口がない。
柵の間からお屋敷自体は見えこそすれ、
入り口というものがまるで見当たらない。
塀と柵によって完全にお屋敷だけが囲まれている。
その塀と柵も異常なまでに高かった。
10メートルはあるのではないだろうか・・・
そんな高さの塀だった。
そんな高さを少年が登れるわけもなく、
途方に暮れていた時だった。
~♪
どこからか声がした。
綺麗な歌声。
それは、今まで聴いたどの歌よりも、
それは、今まで聴いたどんなメロディーよりも、
心から澄み渡るような、
だけどどこか切ない、そんな歌。
5歳の少年にそれを思わせるくらいの、
とても綺麗な歌声だった。
(あ・・・)
見つけた。
柵の隙間からかすかに見える少女。
10歳くらいだろうか。
足元まで伸びた金色の髪に、
ピンクのリボンがよく映えている。
服はなんだか見ただけでもわかるほど高そうな、
お嬢様と呼ぶにふさわしいドレス。
このお屋敷も含めて考えると、
よっぽどの家柄のお嬢様なのだろう。
ふと、少女の視線がこちらに向く。
「あら、お客様・・・?」
少女はきょとんとした顔で問いかける。
青い瞳がこちらを見ていた。
目が離せなくなる程綺麗な青い瞳。
目が合って初めて気づいた。
まるでこの世のものとは思えない、
今この瞬間ここだけ別の空間なのではないかと思わせるほどに、
少女とお屋敷とそれを囲む塀たちが、
その場に合わなかった。
「ちょっと待ってて。」
少女はそう言うとことらに近づき、
柵の1本を持ち上げた。
「さぁ、どうぞ。」
柵のひとつを軽々しく持ち上げながら少女は言った。
そこには少年がひとり通れるくらいの、
小さな隙間ができていた。
招かれるままに中へ入ると、
そこは異空間だった。
外から見たときは気づかなかったが、
広い庭に木々や花が咲き誇り、
暗い森の中とは思えないほどに明るい雰囲気。
お屋敷もただ立派、というだけではなく、
ちゃんと隅々まで手入れが行き届いている。
「今お茶をご用意いたしますね。お客様が来てくださることなんてほんとに久しぶりだからとっても嬉しい!」
そういうと少女はお屋敷の奥へと消えていった。
ほどなくして、ティーカップとケーキやクッキーなどを持った彼女が戻ってきた。
「そこに座って!紅茶は飲めますか?」
見るからにウキウキして落ち着かない彼女を見てたらなんだかおもしろくって、
笑ってしまった。
「何か、おかしなことを言ってしまいましたか・・・?」
彼女はきょとんとした顔で問う。
「急に笑ってごめん。俺、ナナト!君の名前は?」
「私は・・・エミィと申します。」
少女は・・・エミィはそう言ってにっこり笑った。
それからいろいろな話をした。
なんでも、エミィはこのお屋敷を出たことがないらしく、
外の話をするたびに目をキラキラさせて、
まるで小さな子供のようにはしゃいでいた。
王国の話、
街の話、
友達の話、
他愛ない話でも、
エミィはまっすぐ目を見て、
何かをかみしめるかのようにうっとりと聞いていた。
一通り話し終わって一息ついたとき、
ひとつの疑問を口にした。
「・・・ねぇ、なんでエミィはこんなところで暮らしているの?」
唐突な質問にエミィの顔が陰る。
目を伏せて少し黙った後、
エミィは言った。
「私はね、籠の中の鳥なの。ここから出ることは許されない。」
そう小さくつぶやくとまた目を伏せてしまった。
沈黙が流れる。
さっきまで穏やかな時間が流れていたのに。
自分が作ってしまった沈黙をなんとか破りたくて、
必死に頭を巡らせた。
「あ、そうだ!エミィ、歌を歌ってよ!」
またしても唐突な発言にびっくりするエミィ。
「さっき歌ってたよね?俺がここに来る前!すっごく綺麗な歌だと思ったんだ。もう一度聴きたい!」
エミィの顔は次第に晴れていき、
やがて笑顔になってうなづいた。
「うん!」
~♪~♪
何度聴いても美しい、声。
この場にいる木々や花たちも、
エミィの歌声に聞惚れている。
なんだかそんな感じがした。
「・・・?」
それと同時に何か違和感を感じた。
それは何かはわからなかった。
まあいいや、とまたエミィの歌に集中することにした。
「エミィは歌が好きなの?」
「そうね。大好き!」
そういいながら、また歌い始める。
本当に好きなんだなあ・・・と思いながらまた聞き惚れる。
そんなことをしているうちにあっという間にあたりが暗くなていた。
「いっけない。もうこうな時間!」
エミィが慌てて言った。
「そろそろ森を出ないと、本当に帰れなくなってしまう。」
「でも俺、迷ってここに来たから帰り道がわからないんだ。」
しょんぼりするナナトにエミィは言う。
「大丈夫。ここからこの道をまっすぐ行くの。絶対に後ろを振り返ってはだめよ。森を抜けるまで。」
「・・・ねぇ、また遊びに来てもいい??」
そういうとエミィは少し困った顔をした。
「・・・うん、そうね。また遊びに来て。きっとまた、会えるから!」
「わかった!約束、だよ!」
「うん、約束。ナナトも後ろ振り返っちゃだめだからね?」
「わかった!」
そう言ってナナトは走り出した。
約束通りまっすぐ前を見て。
すると、来たときはあんなに迷ったはずなのに、
迷いもせずにあっという間に森を抜けた。
ふと後ろを振り返る。
そこにはただ、森があった。
鬱蒼と生い茂る木々がそこにはあった。
さっきまでのキラキラした空間からは思いもつかない、
そんな空間がそこにはある。
(また、会いたいな)
そんな思いを胸に、ナナトは帰路に就いた。