郷愁を呑む
郷愁を呑む
換気扇は回り カタカタと音を立てる
朝 起きがけの夢の跡とコーヒーの味は苦い
悪友の葬儀は明日への吉兆
出かけるのは僕
喉元を腫らして タテガミのように波打つ髪を撫でる
顔を洗う僕の記憶に飛び込むのは母の笑顔
ピアノの音がぷつぷつと聴こえてくる
ピアノを弾いたのは僕
音色が終わる前に僕は記憶を断つ
亡き母の写真を見なくなり遠く日が経つ
僕の胸には郷愁はない
換気扇が回り カタカタと音を立てる
寝ぼけ眼には太陽の陽射しはひりつく
今日僕は悪友の葬儀に足を運ぶ
火葬を待つのはその彼
僕は指先の怪我を癒して しっとりとした髪を撫でつける
タイを締める僕の記憶に忍び込むのは母の泣き顔
ピアノの旋律がとぎれとぎれに聞こえる
ピアノを弾いたのは……
メロディーはいつの間にか途絶えてしまった
母の遺影には赤い斜線が引いてある
僕の胸には郷愁はない
悪友は埋葬され灰となる
灰は散り散りになって土へと還るらしい
葬儀のあとに立ち寄った食事処で
酒を頼んだ僕に 降りかかるのは悪友との想い出
彼は誤解されやすい男だ 多分僕も見誤っている
酒と食事を待つ僕の記憶に滑り込むのは母の寝顔
ピアノの鍵の音が聴こえてくる
ピアノを弾くのは母と隣り合う僕
音色はいつの間にか流れるように響く
母の遺影には斜線が引いてあるはずだったが
僕は悪友の葬式の日に 母との想い出を噛みしめるように
郷愁を呑む