【5分間novelシリーズ】トイレの神様 ~僕がここにいる、その理由
「もう、家族も仕事も捨てて、一人になりたいんです。僕は疲れてしまった・・・・・・。
どんな小さな部屋でもいい。一人になりたいんです」
やっと、廻ってきた順番に、僕は思いの丈を吐き出した。
最近、話題のトイレの神様。
その小さな公園の、決して大きくない公衆トイレには、噂を聞きつけた、悩める子羊の長蛇の列ができている。相談料は基本的に無料だが、貢物として、相談者は食べ物や飲み物を、トイレの神様がいる個室の少し空いた上部の空間から、中へと投げ入れる。それがインターネットで広がったルールだった。
「アナタねぇ、家族がいて、仕事があって、何が不満なんです?くだらない。そんなの悩みでも、何でもない。ただの贅沢というものだ。後ろを見れば分かるでしょう。私は忙しいんだ、帰ってくれ」
トイレの神様の言葉は、僕の求めている答えとは、かけ離れたものだった。
どんなに神様と囃し立てられても、所詮は人間だ。列に並んでいる時には無かった感情が、僕の脳裏に、沸々と込み上げてきた。
「なんだ!所詮、物好きが中に入ってるんだろう!そうやって、人の悩んでるのを聞いて、楽しんでるくせに!」
公衆トイレ中に、僕の声は響いた。
僕の後ろで並ぶ奴等は、僕の言葉に〝なんて事を言うのだ〟と非難したが、そんなの知った事か。
「まぁ、まぁ、そう興奮しなさんな。私もいい加減、アナタの様な身勝手な相談には、
飽き飽きしているんだ」
「何が身勝手な質問だ。僕は真剣に悩んでいるんだぞ。そんな事も分からないで、何が
トイレの神様だ!これなら私の方が、幾らかマシな答えを出せる」
僕は憤怒した。
こんな奴が人気を得ているのにも腹が立ったし、こんな奴に悩みを聞いてもらおうとした自分にも、腹が立っていた。
「そこまで言うなら、やってみなさい。丁度、横に、もう一つ個室があるでしょう。そこに入って、あなたも人の相談に乗るといい。アナタの方が人気が出たならば、私は負けを認めましょう」
「よし、分かった!」
僕は、そう言うと、神のいる横の個室に入り、人の相談に乗る事にした。
最初は、誰も私の所に来ず、相変わらず、神様の個室の前には長蛇の列ができていた。
勿論、僕の個室の中に、貢物を投げ入れる者もいない。
そうすると、神様は僕の個室に自分への貢物を投げ入れてくれた。
日は過ぎて、1列だった列から、1人、2人と僕の個室に、人が立つようになった。
面白半分か、長蛇の列に気持ちが萎えたのかは知らないが、僕は〝コレは大事なお客さんだ〟と、真剣に相談に乗った。
すると、それが効を奏したのか、日が経つにつれて、トイレに並ぶ列は二つに割れ、僕の個室の前にも、人が並ぶようになった。
もう少し、もう少し。もう少しで、あいつに勝てる。
僕は、どんなつまらない相談も、親身に相談に乗った。ただ、自分を馬鹿にした神に勝ちたい一心で・・・・・・。
そして、さらに日が経った。
すると、とうとう二つに割れた列が、再び一つになった。
そう、僕の個室の前にだけ、長蛇の列ができている。
「神よ!どうだ、私の勝ちだ!」
「えぇ、そのようですね。おめでとう。それに私も嬉しいですよ。アナタの悩みを解決できたし、私の願いも叶ったし。」
神が、そう言うと、横の個室からは、扉の開く音がする。
「おいっ!おいっ!どういうことだ!」
「私も、かつて同じような悩みを持って、ここに並んでいたんです。そして同じように・・・・・・。まぁ、いいじゃないですか。それじゃ、頑張ってくださいね」
それを最後に、私の問い掛けに神様が答えてくれる事はなかった。
僕は、慌てて扉に手をかける。神様に勝ったのだ。もう、こんな所にいる必要も無い。
けれど、扉は何かに押さえられ、ビクともしなかった。
「おい、開けてくれ!私は、もう、ここに用はないんだ!」
けれど、扉は、やはりビクともしなかった。
「いやいや、そう言わないで。外には、神様に悩みを聞いてもらおうと、長蛇の列ができているのですから」