入団
「やったわ、セレーナ!ラシード様との結婚の第一歩よ!騎士団に入れたら後はのし上がればいいのよ!」
部屋に戻って、旅行用のカバンに荷物をぎゅうぎゅうと押しこむアリアネスは興奮気味にセレーナに話しかける。
「お嬢様…荷づくりは私がやりますので、落ちついてお茶でも飲んでいて下さい。」
「わかったわ!」
キラキラと目を輝かせたアリアネスは素直に窓際の椅子に座る。それでも嬉しさがあふれ出してしまうようでぶらぶらと足をふっている。その姿は伯爵令嬢としてははしたないことなのかもしれなが、とても可愛らしい。
もともと、アリアネスは元気いっぱいなことが取り柄な女の子だった。しかし、ラシードが婚約者として現われ、すっかり骨抜きにされてしまい、10年間の淑女教育で生まれ変わったのだ。しかし、とても嬉しかったり、悲しかったりするともともとの性格が表に出てきてしまう。
「騎士団に入れば、騎士宿舎で生活するのよね!わたくし、この屋敷以外の場所で寝泊まりするのは初めてなの。セレーナはどんな場所か知ってる?」
「…そうですね。馬小屋のような場所だと思っていただければ。」
「そんな…。」
「お嬢様…。」
ショックを受けてしまったのかと視線を向けると、アリアネスの瞳はさらに爛々と輝きを増していた。
「藁で寝れるのね!本で読んだことが実際にできるなんて!」
きゃーと喜ぶアリアネスを見ながら、セレーナは安心してほっと息をはく。
「あなたとは少しお別れだけど、すぐに騎士団長になるから、待っていてね。
アリアネスが申し訳なさそうに言うが、セレーナは「何をおっしゃっているのですか?」と無表情で返す。
「だって、あなたは入団できないわ?」
「お嬢様、第10支団は実力さえあれば誰でも入団できるのです。もちろん私も…。」
できましたとアリアネスのカバンを閉めたセレーナが荷物を抱える。
「早速、第10支団に向かいましょう。」
「…本当に行くの、アリアネス?」
玄関でイグニスに支えられたモリアンが心配そうに聞く。
「お母様、わたくしラシード様としか結婚したくありませんの。…迷惑をおかけしていることは承知ですわ。ですから1年。1年で騎士団長になれなければ騎士団を除隊して家に帰ってきますわ。」
「1年で本当に騎士団長になれると思っているのか?」
イグニスが口を開く。
「えぇ、私が今まで学んできた全てを出し切って騎士団長になってみせますわ。騎士団長ごとき、1年でなれなければラシード様の妻など務まりません。」
「お前は…ほんとうに変わった子だ。」
「…淑女にあるまじき振舞いでお父様とお母様の評判を落としてしまったことをお詫びいたしいたします。もしお望みであれば親子の縁を切っていただいても…。」
「どんなことをしてもあなたは私たちの娘です。」
モリアンがイグニスの手を離れ、アリアネスに近づく。
「いいですか。騎士団に入れば、あなたを守ってくれる人が回りにおりません。心ないことを言われたり、されたりすることもあるでしょう。それでもいいのですか?」
「そんなこと、これまでの10年間ですっかり慣れてしまいましたわ。見ていて下さい、お父様、お母様!わたくし、1年でこの国の騎士団を乗っ取ってみせますわ!」
ぎゅっと両親に抱きついた後、小走りで馬車に向かう娘にイグニスは「物騒なことをいうものではない!」と怒鳴ったのだった。