マリアとオネオン④
そこからは笑えるぐらいトントン拍子でことは進んだ。少し優しくしてやれば、マリアはどんどん俺に夢中になった。付き合うようになって1ヶ月でプロポーズしても「うれしい」と言って喜びの涙を流していたくらいだ。
(少しは人を疑うってことを知らないのか、こいつは。)
マリアはあまりにも素直で、一直線な女だった。俺のことを一心に慕い、愛情を向けてくる。
「オネオン様、今日はおいしいお肉が手に入ったので煮込みにしますね。スープも用意しますから。」
「…あぁ、ありがとう。」
結婚して一緒に住み始めても、いつでも上機嫌で俺の世話を焼いてくる。
(本当に馬鹿な女だ。)
「オネオン様、今日もお仕事お疲れ様です。お風呂湧いてますからゆっくり入ってきてくださいね。」
「オネオン様!お怪我をされてます!は、早く手当を!!」
「オネオン様…私、オネオン様が大好きです。オネオン様のすべてを愛してます。」
(うるさい!)
日々を一緒に過ごすにつれて、どんどんマリアへの苛立ちは増していった。汚いものは何も知らない。綺麗な世界で生きてきたマリア。
(何も!何もしらないくせに!)
「ちょっと、君何してんのさ。もう国籍は手に入ったんだからさっさと戻ってきて。」
マリアにイラつきながらも、なぜかリビドーを離れることができなかった。しかし、タイムリミットは唐突にやってきた。マリアが買い物に出かけていた日、目の前にバライカが現れたのだ。
「次の段階に入らないといけないんだからさぁー。ぐずぐずするのやめてよね。」
「しかし…。」
帰国を渋っていると、バライカがにやりと笑いかけてきた。
「なーに?まさか結婚した女に情でも湧いたわけ?」
「…違う。」
「ふーん、まぁいいけど。あんまり悠長にしてるとミフィが死ぬよ?」
「なんだとっ!!」
バライカの胸倉を掴もうとしたが、するりとかわされてしまった。
「人間風情が触らないでよね。ミフィのあのままずっと生き続ける訳じゃない。早く目を覚まさないと、あのまま永遠の眠りにつくことになる。そうだねー、もってあと数年ってろころかな?」
バライカが空中に浮かんでクスクスと笑う。
「どういうことだ!ミフィを助けてくれるって!」
「だーかーら!助けてほしければ僕の言うことを忠実に守れって言ってんだよ!…明日にでもこの村を出て戻ってこい。二度は言わないよ。」
そう脅しの言葉を吐いた後、バライカの姿が掻き消えた。
「ただいま帰りましたーって、あれ?オネオン様?」
それと同時に玄関からマリアが入ってくる。俺はその能天気な笑顔をじっと見つめる。
「あ、あの。オネオン様?っん!」
俺はマリアに口づけた。その理由は自分でも分からない。
「えへ、うれしいです。オネオン様。」
頬を赤く染めて笑うマリアの顔を俺は焼きつけるように見つめ続けた。
その夜、マリアがすっかり寝入ってしまってから起き出した。
「…お前のことなんかなんとも思ってないさ。」
そう口にするとは自分の言い聞かせるためか。頬にかかった髪を優しく払ってやる。
「マリア、お前と離婚する。…さよならだ。」
マリアへの気持ちは全てここに置いて行く。悪魔に囚われたミフィを助けられるのは俺だけだから。




