マリアとオネオン③
そして、俺はその日のうちに悪魔、バライカと契約した。本人は「悪魔なんて下賤なものと一緒にしないで。僕は妖精の王なんだよ!」と腹を立てていたが。契約ができたことで、バライカはこちらの世界に実体化できるようになった。見た目が少年のようだったのは驚いたが。
「うふふ、君にはこの国の騎士団に入ってもらうよ。なーに、もともと剣技は一流だからすぐに上まで上り詰められるさ。」
俺はバライカに言われるまま、騎士団に入団。我流ではあるが、剣の腕は自画自賛できるほどであるのは確か。気が付けば、副団長に就任していた。
「こんなに早く副団長になってくれるなんて本当にありがたいよー!」
「…それで本当の目的はなんなんだ。」
俺は副団長になって特別に与えられた自室で、宙に浮いてケラケラと笑うバライカを睨み付ける。
「まぁまぁ、そう慌てずに。次はオルドネア帝国に行ってもらうよ。」
「は?なぜ敵国に。」
「いいから。まぁ、僕の力を使ってもいいけど、オルドネアで表だって動くとあいつにばれちゃうからねー。君に頑張ってもらわないといけないんだよ!」
「…。」
相変わらず訳の分からないことをいう奴だと、胡乱げな視線を向けるが、この悪魔は気にも留めない。
「それで、誰でもいいから適当に結婚してきてよ。オルドネアの国籍が必要なだけだからね。」
「なっ!」
バライカが聞き捨てならないことを言ってきたので、座っていた椅子から立ち上がる。
「何を言ってるんだ、お前!結婚なんてそんなやすやすとできる訳ないだろう!」
「うるさいなー、大きい声出さないでよ!お前の容姿があれば、女なんて適当に見繕えるだろ。」
「だから、それは!」
「うるさいって言ってるんだよ。ミフィが目を覚まさなくていいのか。」
「ぐっ!」
ミフィのことを出されて、言葉に窮してしまう。
「いいか、ミフィを助けられるのは僕だけなんだよ。
バライカが耳元で囁いてくる。俺は冷や汗を流しながらそれを聞いていた。
「何とも思わない女と結婚すればいいんだ。どうせオルドネアに帰ってくる時に離縁するんだから、それ以降は二度と会おうこともない。簡単だろ?」
そんなことできない。そう思うのに、脳裡に浮かぶのはミフィの嬉しそうな笑顔。
(あの笑顔を取り戻せるなら…!)
俺は拳を血が出るほど握り締めた。
(ここがリビドー村か。)
傭兵団の一人と偽ってこの村にやってきたが、本当に平和な所だった。観光地も何もなく、住民のほとんどが農業に従事している。お店も数か所しかなく、朝日が昇るとともに仕事を始め、日がくれれば酒屋でその日の疲れを癒すのを楽しみにしている奴らばかりだった。
(この国は平和なんだな…。)
穏健派の女王が国の治安維持にも力を注いでくれたおかげで、少しずつ平和になっていたマゴテリアだったが、なぜか数年前から女王が心変わりして、物騒な国へと逆戻りしてしまった。マゴテリアの辺境の村なんて、犯罪を犯して国の中心地にいられないような奴らばっかりで、荒れ果てている。
「統治がうまくいっている証拠か…。」
借りた家へと戻りながら、物思いにふける。こんなに平和で自然も美しい場所であればミフィも喜ぶだろう。もし目を覚ましたら連れてきてやりたい。
「あ、オネオン様!今日もお仕事お疲れ様です!」
「あぁ…君もお疲れ様、マリア。」
大きな籠を背負いながら歩いている少女に追いつくと、笑顔であいさつを返してきた。村に住む少女だ。彼女はいつも元気に働いている。
「オリオン様が村の近くに来ていた熊を追い払ってくれたってみんな感謝してました。本当にオリオン様はすごいですね。」
「ありがとう。」
嘘くさい笑顔を向けると、マリアは頬を赤く染めてうつむく。
(この女は俺のことが好きなんだな。)
その表情ですぐにわかる。これは自分に恋心を向けている人間の顔だ。
(何もしらないくせに…。)
どうせこの村で何も知らずに生きてきたのだろう。ぬるま湯に使って、何の苦労もせずにここで生活して、ここで結婚して、幸せに死んでいくのだろう。
(ミフィはあんなに苦しんでるのに!)
メラッと憎しみの炎が心の中で燃え上がった、この女からしたら、迷惑な話だろう。好きになった相手から自分とは関係のない理由で憎まれているなんて。
(こいつにしよう…。)
結婚相手はこの女だ。俺と離婚した後は、少し悲しむかもしれないが、どうせこの村の平和ボケした男と再婚するはずだ。そして、幸せに生きていくのだろう。ならば少しぐらいミフィのために役立ってもらってもいいはずだ。
「ねぇ、よかったら食事でもどう?」
「え!!」
俺は少女の手をとって、優しく口づけてやった。




