マリアとオネオン②
「げおっ!ごほぉ!」
「マリアさん!」
アリアネスと駆け寄ってきたセレーナがマリアの背中を優しくさする。
「んーやっぱり醜いね。…オネオン、こっちに来い。」
「…はっ。」
オネオンはキウラを別の兵士に引き渡してバライカの隣まで歩み寄った。
「ふふ、どうやら僕の加護を受けた者がオネオンってことまでは分かってたんだね。あと少しで僕を殺せたのに残念だ。…オネオン、アリアネス以外の女二人を殺せ。」
「っ!!」
突然声を低くして、バライカがオネオンに命令する。するとわずかだがオネオンの体が震えた。
「聞いてただろう?オルドネアの人間はアリアネス以外皆殺しだ。さっさとしろ。」
「…どうしてご自分でやらないのかしら?」
マリアを介抱しながらアリアネスが聞くと「そんなの汚い人間の血で汚れたくないからだよ」とにっこり笑った。
「ほら、早くしろ!」
今度は目に見えるほど、オネオンの体が震えだす。剣の柄に手を伸ばすが、震える手では引き抜くことができない。
「何をやってるんだ!この屑!」
苛立ったバライカがオネオンの横っ面を殴りつける。オネオンはそれを黙って受け入れていた。
「オネオン様!」
それを見ていたマリアが悲鳴じみた声を上げる。
「全くこの役立たずめ!ミフィが死んでもいいのか!」
バライカの怒声にオネオンが反応する。瞳に宿っていた光が消えたかと思うと、体の震えもおさまり、スラリと鞘から自分の剣を引き抜いた。
「そうだ、それでいいんだよ!それじゃあ、お嬢さん方、ごきげんよう!」
オネオンの行動に満足したのか、バライカが笑みを見せる。
マリアサイド
「…オネオン。」
愛した男が剣を振りかぶって自分の見下ろしている。以前見せてくれたような笑顔はなりを潜め、光をなくしたその瞳はまるで深淵のようだ。
「オネオン様。」
「…黙れ!」
しかし、名前を呼ぶと、その瞳にどんどん光が戻ってくるような気がした。そして何度目かの呼びかけにとうとうオネオンが答えてくれた。
「俺はお前なんか愛してない!そうだよ、ミフィのためにあんたと結婚したんだ!ミフィの目を覚ましてもらうために!」
絶叫するオネオンを黙って見つめる。
「お前なんかただの道具だ!好きでもなんでもない!お前なんか!」
「…あなたはやっぱり優しい方です。」
「っ!」
座り込んでいた地面から立ち上がり、その大きな体を抱きしめた。まだオネオンが自分の家に帰ってきてくれていた時。追い詰められたような顔をして帰ってくることが何度かあった。そのたびにこうやって抱きしめたのだ。
「大丈夫。大丈夫です。たとえあなたが悪人でも、私はあなたの味方です。あなたの傍にいますから。」
「うるさい!うるさいうるさい!俺は悪魔に心を売り渡してでも!!」
「愛してます、オネオン。たとえあなたが悪魔になっても私はあなたを愛し続けます。」
オネオンサイド
この世でもっとも大切な女性、ミフィ。かけがえのない存在だったのに、俺の不注意で彼女のその美しい瞳をもう一度見ることは永遠にかなわなくなってしまった。
孤児院出身の俺は小さいころから、窃盗などを繰り返して生活してきた。恨みを信じられないくらいかってきた。それでもいいと思っていた。ミフィと二人幸せに暮らせればよかったんだ。
全ては5年前。ミフィは俺に恨みを持つゴロツキどもに誘拐された。居所を突き止めた時には、ミフィは人身売買にかけられてしまった後だった。必死に情報をかき集めて、ミフィを見つけた時、ミフィは物言わぬ人形に成り果てていた。奇跡的なことに、体を暴かれた様子はなかったが、生きているのに、目を開くことも、言葉を発することもない。快活な笑い声も聞こえない。
ミフィを見つけた俺は、死にもの狂いで医者を訪ね歩き、治してくれるよう頼んだ。金ならいくらでも出すと。それでも、ミフィを元に戻すことのできる医者はいなかった。
俺が絶望に暮れていた時、その悪魔は俺の前に現れた。
(ねぇ、もし僕の言うこと聞いてくれれば君の大切な女性を助けてあげるよ?)
何日も家から出ず、ベッドでずっと眠り続けるミフィの横に座っていた時。目の前に淡い光が現れた。最初は幻覚だと思ったが、光は絶えず俺に話しかけてきた。
(ねぇ、ミフィを助けたいんでしょ?)
「黙れ!お前がミフィを助けられるって証拠はどこにある!」
(ふふふ、証拠を見せてあげるよ。)
「お兄ちゃん…?」
聞こえてきたのは、恋焦がれていた可愛らしい声。
「…え?」
顔を上げると、そこにはずっと閉じられていたまぶたを開いたミフィがいた。
「ミフィ?ホントにミフィなのか?」
「何言ってるのお兄ちゃん!変なの!それにしてもお腹空いた!何か作ってよー。」
「ミフィ!ミフィ!!」
俺は元気に笑うミフィの体を強く抱きしめた。その日は二人で買い物に出かけ、ご飯も作り、久しぶりに一緒のベッドで寝た。幸せな生活がやっと戻ってきた。そう思ったのは一瞬だった。
次の日、目を覚ました俺は隣にいるミフィの頭を優しく撫でた。
「ミフィ、起きろ。」
しかし、ミフィからの返事はない。ぐっすり眠っているのかと思い、クスリと笑う。
「ほら、ミフィ。」
優しく肩を揺らすが、それでもミフィは目覚めない。
「…ミフィ?ミフィ!」
何度も何度も呼びかけるが、ミフィが目を開くことはない。
「どういうことだ!ミフィは元気になったはず!また前みたいに!!」
(ふふ。ひと時の夢は楽しかったかい?)
「お前っ!」
また目の前に光が現れ、語りかけてきた。
(またミフィと一緒に暮らしたいだろ?)
「…お前ならそれができるっていうのか!」
(やってみせただろう?さぁ、どうする?僕に協力するか?)
俺はまた眠りについてしまったミフィの顔をじっと見つめる。この光の正体がいったいなんなのかは分からない。でも一瞬でもミフィのことを助けてくれたのは確かだ。
「…何をすればいい。」
(そうこなくっちゃ!)
俺はこの悪魔に賭けるしかなかったのだ。




