マリアとオネオン
「あなたも立場をわきまえるのね、リィル団長。あなたが言うように、わたくしたちは女王様の御前に招かれているのよ。いわば国賓。国賓に対して小娘などの失礼な言葉を使うなんて、この国の程度が知れますわね。」
おーっほっほと扇子で口元を覆い、高笑いするアリアネスをリィルが今すぐにでも切り捨てたいというような表情で睨み付ける。
「減らず口を!」
「減らず口に言い負かされるようであってはまだまだ修行が足りないのではなくって!」
「っ~~~!」
顔を真っ赤にしたリィルは、アリアネスでは口で勝てないと思ったのか、無表情でオネオンを待っているマリアに矛先を向けた。
「いやはや、まさかあなたはこんなところまで来るとは思ってませんでしたよ。オネオンの仮のお嫁さん。」
リィルの言葉にマリアがピクリと反応する。
「その様子だと、オネオンから事の真相を聞かされていないようですね。代わりに私が教えて差し上げますよ。オネオンは寝たきりで目を覚まさない愛する妻のためにあなたと結婚したんですよ。」
「あなたっ!」
アリアネスが止めようとするが、興奮したリィルは大きな声で話し続ける。
「オネオンは任務であなたが済む村リビドーに向かいました。その内容は、オルドネア帝国の国籍を得ることです。そのためにもっとも有効なのは、結婚ですね。でも任務が終われば、すぐにこちらに戻ってくる必要があるので、どうでもいい女を1人選んだ。それがあなたですよ。」
リィルが話すごとにどんどんマリアの体が揺れていく。
「そして、国籍さえあればオルドネア帝国を自由に行き来することができる。…情報収集も思いのままなんですよ!」
とうとうマリアが大粒の涙を流し始める。その姿を見て、リィルは高らかな笑い声を上げた。
「…そんな裏事情までべらべらと口に出してよろしいのですか。」
リィルの異常な雰囲気に臨戦態勢に入ったセレーナが尋ねる。
「ははははは!いいんだよ、もうお前たちは国に帰ることはないんだからな!」
急に砕けた口調になったリィルをアリアネスが訝しげに見つめる。
「久しぶりだね、アリアネス。僕、待ちくたびれちゃったよ。」
「っ!」
聞こえた声に身を震わせたアリアネスは急いで背後を振りかえす。そこにはにこやかな笑顔を浮かべたバライカがいた。
「あなたは!」
「あはは、何を驚いているのアリアネス。この国は僕の国なんだから、いて当たり前だろう?」
バライカがゆっくりと歩み寄って来ようとしたので、アリアネスは後ろに下がって隠していた短剣を構える。
「わたくしに近づかないで。」
「それは無理な話だね。武器を捨てるんだ、アリアネス。」
「それは無理ね。」
アリアネスがバライカの言葉をそっくりそのまま返すと、バライカがケラケラと笑った。
「大事な仲間が死んでもいいのかな?」
「アリアネス!!」
「キウラ!」
バライカがゆっくりと指差した方向を見ると、オネオンによって拘束され首元にナイフを突きつけられたキウラが悔しそうな顔で立っていた。
その横には同じく拘束されたアルフォンソとロヴェルがいた。
「うふふ、やっぱり君が来てくれたんだねアリアネス。」
キウラ達を人質にとられて動けないアリアネスに近づいたバライカは、その手をアリアネスの豊満な体に這わせる。
「触らないで!わたくしの体に触れていいのはラシード様だけよ!」
「そのラシードもそろそろ死ぬんだ。オルドネアの奴らは皆殺しだよ。あ、もちろんファニアとアリアネスだけは助けてあげるからね。死ぬまで大切にしてあげるよ?」
目を半月にして笑うバライカを見て、アリアネスは血の気が引いた。
「っ!アリアネスさんから手を離して!」
「あ?」
突然、かわいらしい声が響き渡った。声の主は震えながらも顔色の悪いアリアネスを何とか救おうとするマリアだった。バライカは機嫌を損ねたのか、低い声で呻いた後、マリアを睨み付ける。
「なんだ、ただの小娘?ん?よーく見てみればオネオンが任務に使った女じゃないか!は!まさか追いかけて来たのか!」
これは傑作だと言ってバライカが爆笑する。そしてスキップしながらマリアに歩み寄った。
「…恋に狂った女。ははは!人間は醜いな!」
「うぐぅ!」
「マリア!」
バライカは震えるマリアの顔を覗き込んでにっこりと笑った後、右手を軽く振った。すると突然マリアの体が空中にふわりと浮いた。それと同時にマリアが自分の喉を掻きむしって苦しみだす。
「あははは!醜いねぇ、醜い醜い。なんでファニアはこんな醜い人間に肩入れするんだろうねー。妖精の方が綺麗で高潔で純粋でよっぽど素晴らしい存在なのに!」
「やめて、バライカ!!」
苦しみマリアにアリアネスが駆け寄って、何とか地面に下ろそうとするが、マリアは空中に浮いたままだ。
「もちろんアリアネスは別だよ。アリアネスは人間にしては綺麗で高潔だ。僕の唯一のお気に入りさ。」
「マリアをおろして!」
「はいはい。」
やれやれというようにバライカが手を振ると、ドサリとマリアの体が地面に落ちた。




