第10支団③
アルフォンソside
アリアネスのお嬢さんは、全身で怒りを表しながら修練場を立ち去った。
(なんなんだ、あのお嬢さん…。)
正直、見た目とのギャップに心底やられてしまった。パッと見は傲慢で美しい世間知らずのお嬢様。しかし、実際にかかわってみれば男にも負けない気迫と、自分を高めるための努力を怠らない心の強さを持つ女性だ。
「人は見た目で判断するものではないな…。」
立ち上がったアルフォンソがぼそりとつぶやくと、ラシード騎士団長がゆっくりとこちらに近づいてきた。
「俺の元婚約者様が迷惑をかけたな、アル。ただでさえ忙しい第10支団で騒ぎを起こして申し訳なかった。」
「いえ、騎士団長からそのようなお言葉をいただく理由はありません。」
そしてもう一つ驚いたのが、この男のアリアネスに対する態度だ。この国で一番の女好きともいわれるラシードは、女性であればどんな人間にでも優しいことで有名だ。それは、性格が悪いと評判の婚約者、アリアネスに対しても同様で、二人でにこやかに逢瀬を交わしてる様子を見たものも第10支団にちらほらいる。それが、どうしたことだ。アリアネスのことを見ようともせず、冷たい言葉で突き放した。
「騎士団長…、何か変なものでも食べられたのですか?」
思わず尋ねてしまった。
「あ?なんも食べてねーよ。最近はファニアが作ってくれるうまい飯で腹がいっぱいだ。ほんとにファニアはいい女だ。」
「はぁ…。」
「…惚れるなよ?」
騎士団長が鋭い眼光で睨み付けてくる。その殺気に思わず姿勢を正してしまった。
「騎士団長の思い人に手を出す愚か者などございません。ご安心を。」
「そうか、なら安心だ。それじゃあ俺は城に帰るぜ。じゃーなー。」
本当に突然現れて突然消える人だ。そもそも第10支団に何をしに来たのかが分からない。
「騎士団長様、こちらにはどのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか?」
「んー?」
鼻歌を歌いながら修練場を去ろうとしていたラシードが立ち止まる。
「俺に刃向った愚かな小娘の末路を見ようと思ってな。騎士団に入って俺を倒したいらしい。俺を倒すとかいってる女を入団させてくれるような骨のある支団なんかあるはずないのにな。」
はははと笑って、騎士団長はいなくなった。アルフォンソはラシードの真意を測りかねていた。
アリアネスside
馬車に乗り込んで屋敷に戻っているアリアネスの怒りは未だおさまっていなかった。
「なんでラシード様がいらっしゃるの!」
「わかりません。騎士団長は公務で第1支団に行く予定と聞いておりましたので。私の情報収集不足でした、申し訳ありません。」
「あなたは悪くないわ。どうせラシード様がまた気まぐれで支団をふらふら回られているのよ。」
「それにしても最後の綱だった第10支団に入団できないとなると、騎士団入りはさすがに暗礁に乗り上げましたね。」
(実際そうなのよね。)
全部で10支団ある騎士団の中で、第10支団だけが異質な存在だ。それ以外の支団がほとんど貴族の子息しか入団を許されないのと違い、第10支団だけは市井の人間でも実力さえあれば入団することができる。荒くれ者が多く、ほかの騎士団からは嫌われているが、その力を認められさえすれば男女のほか年齢、身分も関係なく騎士として働くことができるのだ。
「アルフォンソ殿をコテンパンに打ちのめせば、さっさと支団長になれるのかと思ったけど、違うのね。…やはりまだまだ世間知らずということかしら。」
「アリアネス様…。」
アリアネスの心には、さきほどのラシードの言葉が突き刺さっていた。
(騎士団は住民の命を預かってんだ。)(部外者の姫さんはさっさとうちに帰るんだな。)
「ラシード様にふさわしくなろうと頑張ってきたけど、結局無駄だったのかしら…。」
アリアネスは小さく呟いた。