王都到着
「誰の意見も聞き入れなくなった姉は、まるで誰か別の人間の意思に操られているようだった。あんなにも平和の重要性を説いていた姉が、オルドネアとの戦争を提案することなんてありえない筈なんだ!」
「…それでどうしてあなたは捨てられたのですか?」
セレーナが聞くと、ザガルードはうなだれる。
「僕はまだ幼かったけど、姉のしていることが間違いだということだけは分かっていた。だから進言したんだ。これ以上戦争を進めようとするのはやめてくれと。」
「それで?」
「国の王に意見する不届き者ということで城から追放されたんだ。王都からもっとも遠いオルドネアとの国境の境にある街に放り込まれた。そこで山賊に拾われたのさ。」
ザガルードが自嘲気味に笑う。
「僕はずっと姉がおかしくなったと思っていた。でも…あの猫の話を聞くと、妖精とやらに操られているだけみたいじゃないか。姉は、ミリアンネは本当にこの国のことを愛していたんだ。そして今も愛しているはずなんだ!僕は優しい本当の姉を取り戻したいんだ。」
ザガルードは恥も外聞もなく、涙を流しながら頭を下げる。
「頼む!どうか僕の姉を救ってくれ!もがき苦しんでいるであろうミリアンネを助けてほしいんだ!」
アリアネスが返事をしようとするが、それをセレーナが止める。
「お嬢様、先ほラシード様が決して王女を救おうなどとはするなとおっしゃっていたことをお忘れですか。」
「忘れたわ、セレーナ。わたくしが忘れっぽいのを知っているはずよ。」
「お嬢様…。ラシード様はお嬢様のことを心配されているのです。」
「…わかっているわ。でも大丈夫。ラシード様は『注意を引く身内もいないのであれば正気に戻すのは難しい』というようなことをおっしゃっていわ。つまり、正気に戻せるような身内がいれば大丈夫ということよ。」
「また余計なことを覚えていらっしゃますね。」
セレーナは降参だとでもいうようにアリアネスのそばを離れる。
「ザガルード様。あなたの願い、わたくしが叶えて差し上げますわ。」
「っ!!本当か!」
ザガルードが急いで顔を上げる。
「その変わり、任務遂行のために役立ってもらうぞ。」
キウラがアリアネスの後ろでにやりと笑った。
?side
ふわふわとどこかを飛んでいるようで思考がうまくまとまらない。それでも一心にあの人のことを考え続けている。最近はあまり来てくれない。忙しいのだろうか。あの人の言うとおりにやっているつもりなのだが、あの人はいつも不機嫌そうだ。
「一度ぐらい、笑った顔が見てみたいものだ。」
あの人はいつも自分を忌々しそうに見てくる。優しい言葉などかけられたこともない。それでもあの人の瞳に写してもらうだけで、どうしようもなく幸せなのだ。
「でもそろそろ終わりか。」
チェックメイトが近いことは感じている。あの人との生活が長く続けばと思っているはずなのに、早く誰かにこの甘い甘い夢を終わらせてほしいとも思っているのだ。
「やったー!やっと着いたー!」
ロヴェルが歓声を上げる。アリアネス達は結局10日かけて王都に到着した。ザガルードの話を聞いて協力を約束した後、マリアに事情を説明するのが大変だった。
「ひぃ!あの時の!」
目を覚ましてザガルードを見たマリアは、青ざめてその場から逃げようとした。混乱してしてるマリアをアリアネスが抱きしめて何とか落ち着かせた。マリアにはこれまでと同様本当のことを言う訳にはいかなかったので、ザガルードのことは「病気の娘のために山賊をしていたが、心を改めたので自分で騎士団に出頭する」と説明しておいた。するとマリアは涙を流して「本当によかったです!」とザガルードの手をぶんぶんと握っていた。
ザガルードは後で「…あの子、純粋すぎて心配なんだけど。」と真面目な顔で言ってきたので、アリアネスは少し笑ってしまった。
「あなたがそんなことを言うなんて。山賊様は随分と優しくなられたようね。」
「っ!そんなんじゃないよ。ただ、あんな騙されやすい子がいたら足手まといになると思っただけだ。」
顔を赤くしたザガルードは足早にその場を離れて行ったのだ。
「ふふふ、随分と子供らしくなったわね。」
その時のことを思い出しながら笑っているとセレーナがそばに寄ってくる。
「お嬢様、まずはアルフォンソ様と合流したほうがよろしいかと。」
「そうね。その通りだわ。」
ロヴェルと一緒にはしゃいでいるマリアにアリアネスとセレーナ、キウラが目を向ける。
「…わたくしたちについて来れば危険な目に合うわ。マリアさんをどこかに宿に送り届けてからにしましょう。」
「そうだな、それがいい。」
アリアネスの提案にキウラが同意する。
「…。」
「あら、あなたは気に入らないようね、ザガルード。」
「そんなことないよ!」
ザガルードが大声で返してきたので、アリアネスは優雅に笑った。
「マリアさん、一度ここでお別れです。」
王都の大通りに面した宿に到着したアリアネスはロビーでマリアに告げた。
「あ、そうですよね。皆さんは大事な用事があられるんでしたね。」
マリアが少し悲しそうな表情を見せたがすぐににっこりと笑顔になる。
「ここまで連れてきてくださって本当にありがとうございました。」
マリアはアリアネスに向かって深く頭を下げる。
「アリアネスさんたちがいなければ私は王都にたどり着くことさえできませんでした。」
「そんな、マリアさん。どうか顔を上げてください。」
アリアネスが慌ててマリアに駆け寄るが、マリアは頭を下げたままだった。
「アリアネスさんの言葉のおかげで私、ちょっとだけ勇気がわいたんです。最初は旦那様に離婚届のサインだけいただくつもりだったんですけど。なんで私を置いていってしまったのか、理由を聞いてみたいと思うようになったんです。」
そう言ってマリアが頭を上げる。その表情はとても晴れやかだった。
「私、旦那様の所に行ってきます。」
にっこりと笑うマリアにつられてアリアネスも笑う。
「…会ったばかりのあなたも素敵だったけれど、今のあなたはもっと素敵よ、マリアさん。私たちはすぐに用事を終わらせてこの宿に戻ってくるわ。そしたらあなたのお手伝いをできると思うの。」
「ありがとうございます。待ってますね。」
何度も頭を上げるマリアに手を振りながら、アリアネス達は宿を後にした。




