森を行く②
「どうして猫に!?何かの呪いですの?っ、まさか、バライカに何かされたのですか!?」
アリアネスが混乱していると、子猫がひらりとアリアネスの胸元までジャンプしてきたので、慌てて受け止めた。
「落ち着けよ。別に猫になっちまった訳じゃねーし。」
にゃんと一声鳴いた後、またラシードの声が聞こえる。
「でしたらどうして!」
盛大に頭の中が混乱しているアリアネスと違い、子猫はアリアネスの胸の中で暢気に毛づくろいをしている。
「そこらへんはキウラ達と合流してから話す。…久しぶりでもいい女だな、アリアネス。」
「きゃ!」
猫がペロリとアリアネスの顎をなめる。
「な!何を!」
アリアネスが顔を真っ赤にして抗議すると、子猫は純粋そうな顔をして「にゃー。」と鳴いた。
「こんな時だけ子猫のふりをなさならいでください。」
アリアネスが微笑しながら、子猫の頬をつつく。
「お前がマゴテリアに行っちまって、こっちはフラストレーションがたまってんだ。…少しは堪能させろ。」
ラシードは「それじゃあキウラ達の所まで戻るぞ」と指示したっきり、アリアネスの腕の中ですやすやと眠りについた。
「お嬢様、どうしてこんなに遅く…。何ですか、その子猫は?」
野営の場所に返ってきたアリアネスにセレーナがいち早く声をかけ、胸に抱いている子猫に胡乱げな視線を向ける。
「えっと、実は。」
アリアネスがどう説明しようかと悩んでいると、子猫が目を覚まし、地面に飛び降りた。
「よう、セレーナ。久しぶりだな。」
「っな!」
子猫の口から聞こえるラシードの声にセレーナが言葉を失う。その様子を見ていたキウラとロヴェルもぽかーんと口を開けた。
「どっ、どうして騎士団長の声がこの猫からするんだ!」
キウラが子猫を抱き上げて、隅から隅まで観察しようとする。
「おい、やめろ!」
それを嫌がった子猫は「フシャー!」と威嚇をして、また地面に飛び降りる。
「事情を説明するからお前らちょっと落ち着け。」
子猫がアリアネス達にその場に座るように指示する。
「えっと…。」
1人、事情が分からないマリアがおどおどしていると、子猫が「にゃーん。」とひときわ大きく鳴いた。その瞬間マリアの体から力が抜け、その場に倒れこむ。
「マリアさん!?」
アリアネスが慌ててマリアに近づくと、すーすーと寝息を立てていた。
「この話はお前ら以外に聞かれたら困るからな。ちょっと眠ってもらった。」
子猫がぼりぼりと自分の首元を足で掻きながら説明する。
「それじゃあ説明するぞ。まず、無事にマゴテリアに侵入できたようだな。そこは褒めておく。」
「…どっかの誰かさんのせいでだいぶ時間をくったがな。」
「あははー。」
キウラに睨みつけられたロヴェルが苦笑いする。
「お前らも知ってると思うが、マゴテリアがオルドネアに宣戦布告してきた。このままいけば近々戦争になるのは間違いない。」
「そんな…。」
アリアネスが悲痛な顔で言葉を漏らす。
「そんな顔するなよ、アリアネス。可愛い顔が台無しだぜ。」
「…そういうのは二人っきりの時にやってもらいたんですけど。」
ロヴェルがぼそりとつぶやくが子猫に「あ?なんか文句あんのか、お前?」と凄まれて「何でもありません…。」と黙ってしまった。
「…戦争を防ぐために我々が侵入したんじゃないのか?一刻も早く王都について、加護を与えられた人間を倒せばいいんだ。」
「…そうね。その通りだわ。」
キウラの言葉にアリアネスが同意し、顔を上げる。
「その件で朗報だ。ファニアが探ってきた情報によると、加護を与えられた人間はマゴテリアの騎士団の副団長らしい。」
「副団長?」
セレーナが尋ねると子猫がコクリと頷く。
「それと、マゴテリアが王政を敷いてるのは知ってるよな?」
「えぇ、確か今は女王が国を治めていると思いますが。」
「…その女王がバライカに操られている可能性が高い。」
「え!?」
子猫の言葉にアリアネス達が驚きの声を上げる。
「マゴテリアとオルドネアは長年あんまり仲がいい方じゃなかったんだけどな。今回の女王は穏健派で、オルドネアとの長年の確執を埋めようと動いていたらしい。それが今ではオルドネアへの宣戦布告だ。ちょっとつじつまが合わねーんだよ。」
「妖精はそんなこともできるのか?」
キウラがロヴェルに聞くと「できると思いますよ。」と答える。
「思い出したくないかもしれないけど、キウラさんだって体を乗っ取られたでしょ?力のある妖精であれば、人を操ることなんで自由自在ですよ。」
「…そうか。恐ろしいな、妖精とは。」
「確かにそうですね。」
キウラの言葉にセレーナが同意すると、ロヴェルが慌てはじめる。
「いっ、いや!危険な妖精ばっかりじゃないんですよ!妖精は本来、人間が好きで力になりたいと思ってるやつばっかりなんですから。」
「仮に本当に女王が操られているとしたら、加護を与えられたものを倒せば正気に戻るのですか?」
俺の話を聞いてくださいと落ち込むロヴェルを無視してセレーナが子猫に聞く。
「前にも言ったと思うが、妖精は加護を与えた人間を通してその力を具現化できる。加護を与えた人間がいなくなれば、力は使えないんだよ。」
「しかし、またほかの人間に加護を与えれば力を使うことができるはず!」
セレーナが言うと「それは難しいんです」とロヴェルが答えた。
「人間に加護を与えるということは、妖精にとっては特別なことなんです。加護とは自分の力の半分を人間に分け与えることです。そんなにホイホイできるものではないんです。しかも、分け与えた力を取り戻すことはできません。加護を与えた人間が死ぬということは自分の力の半分を失うということでなんですよ。」
「だから加護を与えた人間を殺して、力が半減し、なおかつ人間を攻撃できないバライカをファニアから加護を受けた俺が倒すって計画だ。」
子猫が話に飽きたように大きなあくびをする。
「とにかくマゴテリアの騎士団の副団長を探し出すのが先決だな。まぁ、王都に着けばすぐに分かるだろ。」
「…これからのことは分かりました。それより、どうして騎士団長はそのようなお姿になられているのですか?」
キウラが怪訝そうな顔で聞くと「だって、俺はアルフォンソと違って国を離れるわけにはいかねーからな。力を使って、俺が眠っている時だけ猫として動けるようにしたんだよ。」
「え?アルフォンソ様?」
キウラが素っ頓狂な声を上げる。
「俺だってアリアネスに会いてーのに、アルフォンソだけキウラに会うのはやっぱり許せねーし。」
「アルフォンソ様がこちらにいらしているのですか?」
キウラが子猫を抱き上げ、がくがくと揺さぶる。
「政治的な和平交渉も必要だからな。あいつには外交官になってもらった。王都で合流しろよ。」
「アルフォンソ様が…。」
キウラは嬉しそうに顔をほころばせた。




