宿にて
アリアネスside
コンコンとアリアネスとセレーナの部屋のドアがノックされる。
「はい。」
セレーナがドアを開けると、キウラとロヴェルとマリアだった。
「どうして俺だけ1人部屋なんですか。」
部屋に入ってきたロヴェルががっくりと肩を落とす。
「当たり前だろう。男はお前だけだ。」
キウラが呆れ顔で言うもののロヴェルは納得しない。
「俺はセレーナさんに加護を与えた妖精なんですよー。ならセレーナさんと一緒の部屋でもいいじゃないですか。」
「…私はお嬢様と一緒の部屋だ。お前と一緒になど絶対にならない。」
セレーナがロヴェルを睨み付けると、ロヴェルがしょんぼりと悲しそうな顔をする。
「まぁ。ロヴェルさんはセレーナさんのことが好きなんですか?」
「なっ!」
「あら。」
セレーナが顔を真っ赤に染める。アリアネスは思わず声を出してしまって手で口元を隠した。
「な!な!な!!」
セレーナは言葉にもならないようで意味のない単語を口からこぼす。
「…マリアさん、それはあまりにも直球すぎるかと。」
「え?あ、すいません。」
キウラの一言にマリアが謝るがすでに後の祭りだった。
「え?俺がセレーナさんのことを好きかってことですか?そんなのもちろんじゃないですか。俺はセレーナさんのこと…」
「黙れぇええ!」
「ひぃ!」
セレーナが隠し持っていたナイフをロヴェルに投げる。ロヴェルの頬をかすったナイフは後ろの壁に突き刺さった。
「こら、セレーナ。」
アリアネスが注意するが、セレーナはふぅふぅと息を荒くし、もう一本ナイフを投げつけそうな勢いだ。
「ぎゃあ!セレーナさん勘弁してください!」
泣きそうな顔になったロヴェルがキウラの後ろに隠れる。
「出てこい、ロヴェル!二度とそんなふざけたことが言えないように口ごと切り取ってやる!」
「ぎゃあ!」
「セレーナ、やめさない。」
ぎゃあぎゃあとうるさい二人を見かねてアリアネスが仲裁する。
「…。」
それで少し冷静になったのか、セレーナが壁に突き刺さったナイフを取りに行き、服の中にしまう。
「あの、ごめんなさい。私が余計なことを言ったせいで。」
するとマリアが申し訳なさそうにセレーナに声をかけてきた。
「いえ、マリアさんは何も悪くありません。あの男がすべて悪いのです。私をからかような真似をするから。」
「そんな!」
ロヴェルが顔を青くして反論しようとするがセレーナが「黙れ!」と怒鳴りつけてせいで黙り込んでしまった。
「…セレーナさん、それは誤解だと思います。」
するとマリアがセレーナの手をとって優しく握った。
「ロヴェルさんは決してセレーナさんのことをからかっている訳ではないと思うんです。」
「そんなことはありません、あの男は!」
セレーナが大声で反論しようとするがマリアが首を左右に振るのでしょうがなく黙り込む。
「セレーナさん。私はまだセレーナさんのこともロヴェルさんのこともどんな人かは良くわかりません。でもロヴェルさんがあなたを見ている時の瞳はとても優しくて、きらきら輝いていて、あなたのことを騙そうと思っているなんて到底信じられません。」
「しかし…。」
「セレーナさんは人に好かれるのが苦手なんですね。」
「…。」
セレーナが頬を少しだけ赤く染めてうつむく。
「少しずつでいいから人からの好意に慣れていきましょう?」
マリアがコテンと首をかしげると、セレーナが少しだけ首を縦に動かした。
「あら、セレーナが人の言うことを聞くなんて珍しいわね。明日は槍でも振るのかしら。」
「お嬢様、それ以上からかうようであれば、国に帰った時にラシード様にお嬢様があなたを恋しがって毎晩泣いていらっしゃいましたと報告させていただきますからね。」
「やめさない!」
アリアネスが椅子から立ち上がるとセレーナが満足そうににっこり笑った。
「…もう出てきていいみたいだぞ、ロヴェル。」
場が和んだところで、キウラが背中に隠れているロヴェルに声をかける。
「殺されるかと思った…!」
ロヴェルの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
とりあえず夕食を食べようと、宿の一階にみんなで降りる。そこは大衆食堂になっていた。それぞれに料理を注文し、みんなで今後について話し合うことにした。
「王都にはあとどれくらいで到着する予定なのかしら?」
「そうですね…。事前調査によると、このスインドーラから馬車で7日間というところでしょうか?」
アリアネスの質問にセレーナが返すがキウラが「いや、それはあくまでオルドネアとマゴテリアが通常の国交を保っていた時の話だ。」と説明した。
「現在、マゴテリアはオルドネアに宣戦布告したことによって警戒態勢を敷いている。ことあるごとに検問が設置されているし、かなりの待ち時間が予想される。」
「そんなに悠長にしている時間はありませんし。」
ロヴェルが頭を抱える。
「でしたら検問のない山の中を通るしかないのではありませんか?」
「…その通りだマリアさん。」
肉の煮込み料理に舌鼓を打っていたマリアのもっともな提案にキウラが同意する。マリアには任務のことを話す訳にはいかないので、「火急速やかに王都にいる親友ほところに届け物がる」というような説明をしておいた。
「しかし、山の中を行くのであれば馬車は使えない。歩きで山越えすることになるが…。」
キウラがちらっとマリアの方を見る。
「…体力的についてくるのが難しい人もいるのではと思って。」
「そうね…。」
(騎士としての訓練をしている私たちなら耐えられるけれど、一般人のマリアさんには難しいかもしれないわ。)
任務のことを考え、できるだけ早く王都に向かうためにはマリアのことが気がかりだ。しかし、マリアに「必ず王都に連れて行く」と約束した以上、それを破るのはアリアネスの流儀に反する。
全員が黙り込んでいると、マリアが「あら、もし私のことだったら大丈夫です」と言ってにっこり笑う。




