第10支団②
少し痛い目を見ればわがままなお姫さまは帰っていくだろう。そうすればいつも通り団員と訓練をして、世間知らずなお姫さまだと笑えばいい。アルフォンソはそう思っていた。それなのに。
「アルフォンソ殿。足の運びが雑過ぎますわ。それではすぐに体勢を崩されてしまいます。足払いを受けたら一発ですわよ。」
なぜこんな小娘に背中に乗られているのか。
「こんのクソガキ!」
「あら、意外に口が悪いのですね。見た目とは180度違いますわ。でも歓楽街出身で、そこを取り締まりしてるのだとしたらそれくらいないとやっていけないわね。」
アリアネスが顎に手をあてながら思案する。
「お前、何者だ!その体術、うちの国のもんじゃねーだろ!」
「あら、よくご存じで。東の国に伝わるものですわ。」
「わがまま姫の影武者かなんかか!」
「正真正銘、アリアネスですわ。」
「貴族の娘が体術なんかできるわけねーだろ!」
「わたくしはラシード様の妻になる女です。強く、正しく、美しくあらねばなりません。」
アリアネスがすくっと立ち上がり、アルフォンソの背中に立つと、下からぐえっとカエルの潰れたような声が聞こえる・。
「さぁ、アルフォンソ殿。どう見てもわたくしの勝ちですわ。あなたの第10支団の団員にしていただくわ!」
二人のやり取りを見ていた団員がざわめく。アルフォンソがぎりっと悔しそうに口を開きかけた。
「この戦いは無効だ。」
修練場に低い声が響く。
「っラシード様…!」
修練場の壁に気だるげにもたれ掛かりながら声を上げたのはラシードだった。
アリアネスが驚き、急いでアルフォンソの上から降りる。
「この戦いは無効だぞ。」
ラシードがニヤニヤしながら話す。
「そんなことはありませんわ!わたくしはアルフォンソ殿と約束しましたわ!」
アリアネスが抗議するも、ラシードはアリアネスの方を向こうともしない。
「アルフォンソよぉ、忘れたのか。団員以外との模擬戦はご法度だ。んでもって模擬戦の勝ち負けも無効だ。」
「そんな!そんなこと聞いてませんわ!」
「これだからわがまま姫さんは困る。知らなかったじゃ済まされねーんだよ、騎士団は。人の、住民の命を預かってんだ。」
やはりアリアネスの方を向かずにラシードか答える。そして、地面に倒れこんでいたアルフォンソの手をとって、立たせた。
「アルフォンソ、お前への処罰は追って通達する。んで部外者の姫さんはさっさとうちに帰るんだな。」
何も返す言葉がないアリアネスは下を見て涙がこぼれるのを耐えた。
(こんなところで泣いては美しい女性とは言えませんわ!!!)
「セレーナ、帰りますわよ!!」
アリアネスがラシードとアルフォンソにくるりと背を向け、出口に歩き出す。
「了解しましたわ、お嬢様。」
ズンズンと前に進むアリアネスの後を追うセレーナは途中で立ち止まり、ラシードとアルフォンソの方を振り返った。
「後で後悔しても遅い。」
吐き捨てるように言った後、セレーナはアリアネスを追いかけた。