山賊のアジト
「頭領!何勝手なこといってるんですか!」
山賊の男が急いで部屋に入ってくる。
「えー、いいじゃないか。どうせ奴隷にするつもりなんだろ?なら僕が貰い受けるよ、大丈夫、ちゃんと育てるから。」
「ペットじゃないんですよ!」
「ノウンはうるさいなー。それで、名前はなんていうの?」
ザガルードがアリアネスの顔を覗き込んでくるが、アリアネスは無言で睨み付けた。
「ほら、ノウンがうるさいから怒っちゃったじゃないか!」
「そんなこと関係ないですよ!大体ほかの野郎どもがやられてるじゃないですか。タダものじゃないですよ、こいつら。」
ノウンという男が剣を抜いて構えてきたので、キウラも警戒態勢をとる。
「ノウン、やめろ。」
「しかし!」
「僕のいうことが聞けないのか?」
「ちっ!わかりました。」
ザガルードが一瞥すると、ノウンは悔しそうにその剣を下ろす。
「よしよし、いい子だね。じゃあお嬢さんもお名前教えてくれるかな?」
「っ!」
ザガルードが笑顔で聞いてくるが、その瞳は笑っていない。
「なーんかおかしいよね?貧相な恰好をしてるけど、動き一つ一つの品の良さが隠しきれてないんだよね、君。いったいどこから来て、どこにいくつもりなのかな?」
「お嬢様!」
「頭領!」
ザガルードがアリアネスの顎を掴んて上に顔を上げさせる。その瞬間、セレーナが隠しナイフをザガルードに向かって放った。それをノウンが前に出て、剣で弾き返す。
「アリアネス!行くぞ!」
「おおっと!」
キウラに声をかけられたアリアネスはザガルードのみぞおちを膝で攻撃しようとしたが、それを察したのか、ザガルードが一歩後ろに下がる。その隙にアリアネスは急いでキウラ達の後を追った。
「暴れ馬ちゃんだなー。しばらくは放っておいてあげるけど、絶対にお嫁さんになってもらうからねー。」
ザガルードは部屋を出ていくアリアネス達に笑顔で手を振っていた。
「なんなんだ、あの男は!アリアネス、お前の知り合いか!」
キウラが行く手を遮る山賊を殴り飛ばして道を作りながら叫ぶ。
「いえ、わたくしも初めて見る方ですわ。」
アリアネスも山賊を投げ飛ばしながら答える。
「貴族であるお嬢様に山賊なんかの知り合いがいるわけありません!」
セレーナはナイフで致命傷にならない程度の傷を与えながら走る。
「俺の見せ場がない…。」
ロヴェルは3人の後ろから肩を落としながらついてきていた。
「そろそろ出口だ!」
入ってきた洞窟の出口が見えてきた時に、アリアネスはふと荷馬車に転がされていた女性のことを思い出した。
「少しお待ちを!捕えられていた女性の方を救出しなくては!」
「えー、いいじゃないですかー。早く脱出しましょうよー。」
ロヴェルが口をとがらせていると、キウラが「この馬鹿!」とロヴェルを怒鳴りつける。
「騎士たる者、民衆の身を守るのは当然のことだ!セレーナ、そこらへんでのびている男から居場所を聞き出せ。」
「分かりました。」
セレーナがしゃがみこみ、男の顔面を一発殴りつけ、目を覚まさせる。
「もう一人女性を捕まえていたはずです。どこにいるんですか?」
「はっ!なんでお前なんかに教えないといけねーんだよ。」
「ど・こ・で・す・か。」
「ぎゃあああああ!」
「…えげつない…。」
言葉を区切りながら、それに合わせて男の股間を容赦なく踏みつけるセレーナを見て、ロヴェルの顔色が悪くなる。
「分かった、分かった!女は少し戻って、右側の木の扉の部屋だ!だからもうやめてくれ!」
「助かります。」
「ぎゃああああ!」
最後に思いっきり股間を踏みつけられ、男は泡を吹いて気絶した。
「なかなか手際がよかったわよ、セレーナ。」
アリアネスが声をかけると、セレーナは「恐縮です」と言って一礼する。
「さっさと行くぞ。」
キウラが走り出し、それにアリアネスとセレーナが続く。ロヴェルは「女の人怖い…。」とぶるぶる震えていた。
「ここですわ!」
木の扉を見つけたアリアネスは「お前ら!」と襲い掛かってくる山賊を投げ飛ばして気絶させ、鍵を奪い取る。
「セレーナ!」
それを放り投げ、受け取ったセレーナが素早く扉の鍵を開けた。
「いたぞ!」
扉の向こうは倉庫になっていて、その地面に女性は縛られたまま寝かされていた。
「ロヴェル!背負えるか?」
「それぐらいできますよ!任せてください!」
ロヴェルに気を失っている女性を背負ってもらい、部屋から飛び出す。
「お前ら、待て!!」
すると、後ろから激昂したノウンが追いかけてきていた。
「っ!急いで脱出するぞ!セレーナ、先に行って荷馬車を奪ってこい!」
「分かりました。」
セレーナが速度を上げて先行し、洞窟の出口の先に消えていく。
「キウラ、先に行ってください。わたくしが足止めいたします。」
「分かった!」
アリアネスはキウラ達を先に行かせ、その場で足を止める。
「よぉ、お嬢ちゃん。おとなしくしといてくんねーかな。じゃねーと商品に怪我させっちまう。」
ノウンがにやにやと笑いながら剣を抜く。
「あら、そんな鈍らの刀でわたくしを倒せるとでも思ってるのかしら?あなたごときわたくしに触れることすらできませんわ。」
「ほざいてろよ、お嬢ちゃん!」
ノウンが走り出し、アリアネスとの距離を詰める。
「ちょっと眠っといてくれや!」
ノウンが剣を振り下ろしてくるタイミングでアリアネスは体を横にずらし、自分の右足をさっと出した。
「な!だぁああああ!」
アリアネスの脚に引っ掛かり、体勢を崩したノウンが顔から地面にのめりこむ。
「おーっほっほっほっ!あなた、体の動かし方がまだまだなっておりませんわ。付け焼刃の太刀筋ではわたくしには勝てませんわよ。」
以前アルフォンソにしたようにその背中の上に乗ってやるとノウンが「おりろおお!」と言ってじたばたと暴れ出す。
「剣を習い始めてまだ1年たってないといったところかしら?敵に向かってがむしゃらに突っ込んでいくという姿勢に見習うべきところはありますが、冷静さが足りませんわね。」
「勝手に座るな!」
アリアネスがノウンを椅子替わりにして腰を下ろすると、さらに激しく暴れ出す。
「とにかくあなたと遊んでいる暇はありませんの。あなたの方こそ少し眠っていてください。」
「ぐぅ!」
その首元に手刀をくらわせ気絶させると、アリアネスはノウンの上からどいて立ち上がる。
「あのザガルードという男も気になりますわね…。」
一体何者なんか。その場で考え込んでいると、洞窟の入り口から「アリアネス!」と自分を呼ぶキウラの声が聞こえた。
「今行きますわ!」
アリアネスは考えるのをやめて、キウラ達が奪ったであろう荷馬車まで急いだのだった。
「まったく、いらん時間を食ってしまった。」
馬を操って馬車を走らせるキウラが溜息をつく。
「お前のせいだぞ、ロヴェル。少しは反省しろ。」
「すいません…。」
キウラの隣に座って説教を聞いているロヴェルが申し訳なさそうに謝る。
「でも荷馬車の確保ができたおかげで移動が楽になりましたわ。それでよしとしましょう。」
「アリアネス様…。」
後ろの幌から顔を出してアリアネスが二人を仲裁すると、ロヴェルが感謝のあまり涙目になった。
「お嬢様、甘やかしてはいけません。一度制裁を加えないと。」
「セレーナさん…。」
アリアネスと同じように幌から顔を出したセレーナがロヴェルを睨み付ける。
「あら?」
そうしているうちに山賊のアジトから救出した女性が目を覚ました。
「ん?あれここは?」
「目が覚めましたか?もう大丈夫ですわ、ここは山賊のアジトではございません。」
「山賊…、そうだ!私!」
「あなたも山賊に捕まってしまったのですね。私たちも同じで彼らの幌馬車を奪って逃げてきましたの。もうだいぶ離れたから心配ありませんわ。」
ゆっくりと体を起こす女性にアリアネスが声をかけると、最初はぼんやりした女性も現在の状況に気づいたのか血相を変えて「ありがとうございます」と頭を下げてきた。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
ぺこぺこと頭を下げ続ける女性にアリアネスは「顔を上げてください」と促す。
「わたしたちはマゴテリアの王都に行く予定なのですが、あなたはどちらの方ですか?」
セレーナが聞くと、女性はほわんと柔らかい笑顔を浮かべながら「オルドネアのリビドーという村に住んでおります」と返答した。
「オルドネア!なぜマゴテリアにいらっしゃるのですか?」
アリアネスが慌てて尋ねる。
「そうです、マゴテリアとオルドネアはかなり緊張が高まっている状態です。旅行であるならおすすめはしませんが。」
キウラがこちらに顔を向けながら説明する。
「いえ、旅行ではありませんので大丈夫です。」
「でしたら何の用でマゴテリアまで?」
「えっと。離婚のために夫のサインをもらいにきたのです。行先は王都なので一緒に連れて行っていただけませんか?」
「離婚?」
「サイン?」
「どういうことだ!?」
「俺には分かりませんよ。」
アリアネス達はニコニコと笑う女性を見た後、全員で顔を見合わせたのだった。




