キウラの決意
アリアネスが連れてこられたのは、首都から少し離れた街道沿いにある古びた小屋だったようだ。ラシード達に連れられ、アリアネスは第10支団に戻った。アリアネスもキウラもラシード達と話をしたかったが、それぞれラシードとアルフォンソから「体を休めろ!」と強く言われ、ベッドに入った。するとあっという間に眠気が襲ってきてしまい、気づけば丸一日寝てしまっていた。
ぱちりと目を開けると、ベッドサイドにはセレーナがいた。
「セレーナ…。」
「目を覚まされましたか、お嬢様。」
「えぇ。…心配をかけたわね。」
「私はお嬢様の心配などしておりません。むしろお嬢様がほかの誰かに迷惑をおかけしていないかを心配しておりました。」
ナイフで果物を向いているセレーナの手がかすかに震えているのをアリアネスは見逃さない。そして、セレーナの手から優しくナイフを奪い、その体を優しく抱きしめた。
「わたくしは大丈夫よセレーナ。ごめんなさい。もうあなたを心配させるようなことはしないわ。」
「…それは幸いです。」
アリアネスは自分の肩が濡れていくのを感じたが知らないふりをした。
「おぉ、目を覚ましたみたいだな。」
ちょうどセレーナが落ち着いてきたころにアリアネスの部屋がノックされ、ラシードが入ってきた。その後ろにファニア、アルフォンソ、キウラが続く。
「あら、キウラ小隊長も目を覚まされたのね。よかったわ。」
失礼にあたるかと思い、アリアネスはベッドから降りようとするがラシードに「そのままでいい」と止められた。
「アリアネス様。私がいながらあなたを連れ去られてしまったこと、心からおわびいたしますわ。」
ファニアが頭を下げる。
「ファニア様が気にすることではございません。わたくしの注意が足りなかったのです。まだまだ修行が足りない証拠ですわ。」
ファニアの頭を上げさせにっこりと笑うと、申し訳なさそうな顔をしていたファニアの顔が少しだけほころんだ。
「あなたは本当に高潔な魂をお持ちなのね…。」
「?」
ファニアが小さな声で何かをつぶやいたが、アリアネスには聞こえなかった。
「…アリアネス嬢。」
アルフォンソが声をかけてくる。その顔は何かを耐えるようにこわばっていた。
「あなたは私との約束通り、キウラを無事に連れ戻してくれた。いくら感謝してもし足りない!」
「あら!」
アルフォンソはすごい勢いでその場に土下座をした。
「支団長!」
キウラが驚愕の声を上げる。ラシードはひゅーとからかうように口笛を吹いた。
「感謝は受け取りますわ、支団長。」
アリアネスが言うと、アルフォンソは「感謝する」といってもう一度頭を下げ、立ち上がる。
「…アリアネス、私からもお礼を言わせてくれ。」
キウラも90度の角度で頭を下げた。
「私は騎士失格だ。自分の嫉妬心にかられ職務を忘れていた。そんなことだから妖精などに付け込まれるのだ。私もまだまだ修行が足りない!」
「はぁ…今日は謝罪大会か何かなの?」
続けて行われる謝罪に飽き飽きしたアリアネスがはぁと溜息をつく。
「もういいのよ。わたくしもあなたの頬をたたきましたから。お互い様ですわ。」
「さて、お互いの謝罪も終わったことだし、本題に入るか。」
ラシードがベッドサイドに腰掛ける。
「状況はお前たちが思っている以上に深刻化してる。…マゴテリアがオルドネアに宣戦布告してきた。」
「なっ!」
ラシードの言葉に部屋にいる全員が言葉を失う。
「バライカはマゴテリアの準備はできたと言っていましたが、まさかそこまで進んでいるとは。」
「バライカも本気のようね。」
ファニアがふぅーと長い息をはいた。
「そもそものお話なのだけど、聞いてもいいかしら?」
アリアネスがファニアに聞くと、ファニアは「何でもどうぞ」とうなずく。
「どうしてバライカは自分自身でオルドネアに攻めてこないの?実際に会ってみて彼のすさまじい力が分かったわ。あれほどの力があるのなら、わざわざ人に加護を与えて戦争をさせる必要などないと思うの。」
「その通りよ。でも妖精は強大な力を持つからこそ、絶対に破ることのできない制約があるの。妖精は直接人間に危害を加えることはできないのよ。」
「しかし、キウラ小隊長を操ったり、私もバライカに操られそうになりましたわ。」
「それはバライカにもマリアガーテにも加護を与えた人間がいるからです。その人間を介して、妖精はその力をこの世界に具現化するのです。そして、力を振るうには、加護を与えた人間がある程度近くにいる必要があります。」
「妖精が力を具現化できるのは、国単位で加護を与えた人間が近くにいる時です。」
「その理屈であれば、バライカとマリアガーテが加護を与えた人間がオルドネアにいたということになります。」
セレーナが声を挟むと、ファニアがゆっくりとうなずいた。
「その通りです。マゴテリアに妖精の加護を受けた人間が現れたと吹聴していたのは、バライカから加護を与えられた人間本人だったのです。そしてその側近と思われる人間も。」
「俺の注意も足りてなかった。まさかそんな大物がうちに侵入していたとは思わなかった。」
ラシードがぼりぼりと自分の頭をかきむしる。
「その事実が分かった後、私も感知能力を最大にしてマゴテリアの者を探しましたが、すでに国を出た後でした。」
「そうでしたの…。」
突然頭に詰め込まれた情報を整理しようと、アリアネスはベッドに倒れこむ。するとラシードがその背を支え、ゆっくりと体を横たわらせてくれた。
「バライカの加護を受けた人間を早々に探し出して討たなければ、妖精の力を使った大戦争にまで発展します。早急にマゴテリアに侵入する必要があります。しかし、非常に危険を伴うことです。」
部屋に重苦しい空気が流れる。アリアネスにもその任務がどれだけ難しいか分かる。妖精の加護を与えられた人間はおそろく、尋常ではないほどの強さを持つ人間のはずだ。その人間と渡り合うためにはある程度の手練れでないと難しい。しかしラシードは国を守るためにオルドネアを離れるわけにはいかない。ファニアも同様だ。
「…アリアネス。支団長から話は聞いている。私と小隊長の立場をかけて決闘したいらしいな。」
すると、突然キウラが話し始めた。
「おい、キウラ。今そういう話をしている場合じゃ。」
アルフォンソが止めようとするが、キウラは話すのをやめようとしない。
「今やらなければ、忙しくなってできなくなる。すぐにでも決闘したい。体調はどうだ?」
「…しっかり眠りましたので万全ですわ。」
「よし。なら修練場に来い。待っている。」
「おい、キウラ!」
アルフォンソが呼び止めるも、キウラは早足で部屋を出て行ってしまった。
「すまん、アリアネス嬢。あいつのことは気にしないでほしい。」
「いえ、かまいません。わたくしもすぐに修練場に向かいます。」
セレーナ、準備をとアリアネスが声をかけ、部屋にいるほかの人に着替えるので出て行ってほしい旨を伝える。
「ラシード団長も何か言ってください!」
アルフォンソがラシードに助けを求めるが、ラシードは黙って部屋を出ていくだけだった。
「来たか。」
騎士団の服装に着替えているキウラが同じ格好のアリアネスを迎える。
「決闘は模擬刀でお願いいたしますわ。」
「お前が得意な体術でいいんだぞ?」
「いえ、騎士として剣で勝負を。」
「分かった。」
キウラとアリアネスが同時に模擬刀を鞘から抜く。
「本当にやるのか!?」
アルフォンソが未だに止めようとするも、セレーナに制される。
「私が見届け人となります。決闘を始めてください。」
アリアネスとキウラはセレーナの声を聞いて一気に走り出す。
「でやあ!」
キウラが体を低くしてアリアネスのみぞおちを狙って剣を突き刺す。それに気づいたアリアネスはスピードを緩めて、後ろにステップ。自身の剣でキウラのそれを叩き落とした。
「はぁ!」
そして剣を持つ手をすぐに持ち上げ、キウラの首を狙った一閃を繰り出す。キウラはそれをかわして、アリアネスの後ろに回り込んだ。
「後ろが甘い!」
キウラは模擬刀で強くアリアネスの背中を打った。
「うっ!」とうめいて、アリアネスが膝をつく。キウラが油断したところで、剣を自分の脇から後ろに突き刺した。見事にキウラの腹にめり込み、キウラが苦しそうな声で同じく膝をついた。
「この雌狐が!」
「おほほ!負けませんわ。」
「こっちのセリフだ!」
不敵に笑った二人は距離をとったと思うと、また高速で剣を交えたのだった。
「はぁ!」
「でりゃあ!」
アリアネスとキウラの打ち合いは小一時間続いていた。腕を組んで黙って二人の打ち合いを見ているラシードとは対照的にアルフォンソはキウラが攻撃を受けるたびに「うわ!」やら「ひぃ!」と短い悲鳴を上げている。
「…うるせえぞ、アルフォンソ。黙って見てられねーのか。」
「ラシード団長はアリアネス嬢が心配じゃないんですか!」
「心配してねーな。だってうちの子猫が勝つのは当たり前だからな。…ほら。」
ラシードの言葉を聞いてアルフォンソが戦い続ける二人に視線をやるとアリアネスの剣が膝をつくキウラの首に添えられている。
「…まいった。」
ぜぇぜぇと息をはくキウラがアリアネスに降参の言葉を告げていた。
「…あなたの気持ちはよくわかりました。…わたくしの勝ちです。小隊長の座をいただきますわ。」
「アリアネス様の勝利!」
セレーナが宣言するとアリアネスがキウラに手を貸した。
「助かる。」
キウラがその手をとって立ちあがった。
「決意は変わらないようですわね。」
「…知っていたか。そうだな。」
キウラがアリアネスに初めての笑顔を見せる。
「あなたはそれでいいの?」
「もちろんだ。私は騎士、この国のために働けるのはこれ以上ないほどの誉れだ。」
「あなたも頑固ね。」
「お互い様だ。」
キウラとアリアネスは顔を見合わせて笑いあう。
「おい、何を笑ってるんだ。キウラ、怪我はないか!」
勝敗が決したことに気づいたアルフォンソが急いでキウラに歩み寄り、確認する。
「はい、支団長。少し体が痛みますが大きな怪我はありません。緊急事態に勝手なことをしてしまい、申し訳ありませんでした。」
「それはいいが…。」
「それと1つお願いがございます。」
アルフォンソの言葉にかぶせてキウラが言う。
「なんだ?」
「どうか第10支団を退団することをお許しください。」
「は?なっ、なんだと!!」
アルフォンソがこれ以上ないというほど、その瞳を見開いた。




