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捨てられ伯爵令嬢は野獣に勝てるか  作者: めろめろす
第一部
30/58

嵐②

「あなたがいながらどういうことなんですか?」

アリアネスがいなくなり、第10支団まで戻ったセレーナは、ソファに座ってうなだれるラシードを罵倒する。

「お嬢様はどこに連れていかれたんですか!」

「…少し落ち着け、セレーナ。」

セレーナのあまりの取り乱し様に、ラシードの報告を受けて支団長室を貸し与えたアルフォンソが言うが、セレーナの勢いは止まらない。

「あなたのせいでお嬢様に何かあったらどうするつもりですか!責任がとれるんですか!」

「責任ならとるさ。」

ラシードがすくっと立ち上がり、セレーナを見つめる。

「連れて行かれた場所なら私が分かるわ。」

「ファニア様!?」

ファニアの突然の登場にアルフォンソが驚く。

「アリアネス様をおとりにして、敵のアジトを見つけるなんてよくやったわ。」

「っ!お嬢様を利用したのか!」

セレーナがラシードに食ってかかるが、ラシードは「違う」と否定する。

「アリアネスをおとりになんかしなくてもアジトは見つけられるさ。…今回は俺のミスだ。」

「そうなの?とにかくアリアネス様のおかげでバライカの手下妖精の居場所が分かったわ。」

「バライカとは?」

セレーナが尋ねると「元妖精王の名前よ」とファニアが答える。

「とにかく急ぐぞ、アリアネスが心配だ。」

ソファにかけていた上着をラシードが荒々しく手に取る。

「…俺のもんを勝手に持って行ったこと、後悔させてやるよ。」

ラシードからあふれる殺気に、セレーナは思わずつばを飲み込んだ。

「お待ちください、ラシード騎士団長。私も行きます。」

今にも部屋を出ていきそうなラシードにアルフォンソが声をかける。

「アリアネス嬢が連れて行かれた原因は自分の部下のキウラのせいです。この問題の責任は私にあります。」

どうか連れて行ってくださいと頭を下げるアルフォンソをラシードは黙って見つめる。

「お前が妖精の存在を信じているのかは知らんが、お前の部下は妖精に意識を乗っ取られてる。大事な部下と戦う覚悟はあんのか?」

「…もちろんです。あいつの名誉のためにも、俺はキウラを助けます。」

そのまなざしの強さにラシードは「わかった」と頷いた。

「もちろん私は行きます。」

「だろうな。」

当たり前のようにラシードの隣に並ぶセレーナに苦笑しながら、ラシード達は第10支団を飛び出した。


きゃきゃっと小さな子供たちの笑い声が聞こえる。目を開けるとそこは自分の家だった。

(あ、またこの夢…。)

ラシードに恋をした時の思い出。彼のために努力をしようと決意した時の夢だ。

私はまだ10歳で、ラシード様は20歳だった。

庭の方に歩いていくと、黒い肌の女の子が美しい白い肌を持つ女の子や男の子にいじめられていた。

「お前の肌、汚いんだよ!仲間になんか入れてやらない!」

「お母さんがアリアネスちゃんはアリアネスちゃんのお父さんがよその女に産ませた子?だから遊ぶなって。」

「違うもん…、私、汚くないもん。」

黒い肌の女の子は下を向きながらもドレスをぎゅっと握って涙がこぼれるのを耐えている。

「うるさい!しゃべるな!」

「あっ!」

女の子は金髪の男の子に押され、その場に倒れこんでしまった。

「うぇええ。」

とうとう女の子が泣き出すと、まわりの子供たちはけらけらと笑い始めた。

(黒い肌がコンプレックスだったのよね…。)

泣き続ける女の子をぼーっと眺めていると、1人の男が子供たちに近づいて行った。

「お前ら女の子泣かして何してんだ?好きになってもらいたいんならいじめるんじゃなくて優しくしろ?」

その低い声に黒い肌の女の子が顔を上げる。そこにいたのはヒーローだった。今の彼よりも随分と若いが、精悍な顔つきは変わらない。

「そんなに泣くなよ子猫ちゃん?かわいい顔が台無しだぜ?」

ひょいと持ち上げられ、腕に抱えられる。

「…でも私の肌汚いから…。」

男の腕に抱え上げられた女の子は悲しそうな顔で言う。

「…さみしいこと言うなよ。」

すると男は女の子の顎を持ち上げ、顔を上げさせ、その目じりにキスをする。

「俺はお前に恋したんだぞ?俺が恋した女を悪くいうのはやめてくれ?それに、その肌、可愛いブラックキャットみたいでなでまわしたくなる。」

優しく頭を撫でてくれるラシードを女の子は熱に浮かされたような顔で見つめる。

「お前から見たら俺はおじさんかもしれないけど、どっかのお子ちゃまよりは楽しませてやれるぞ?だから自分なんかとか言わないいい女になって、俺とデートしような?」

女の子をいじめていた子供たちを一瞥し、へっと笑った後、男は女の子を地面に降ろして、その場を立ち去る。

「あっ、あの!名前!お名前は?」

「ラシードだよ。じゃあな、可愛い子猫ちゃん。」

ひらひらと手をふるラシードを幼いアリアネスは見えなくなるまで見送っていた。


「んっ。」

アリアネスがゆっくりと目を開けると、真っ暗だった。少し埃っぽい。どうやら倉庫のような所に閉じ込められているらしい。

「…油断したわ。」

身体を起こそうとするが、体をロープで縛られおり、身動きが取れない。

「わたくしにこんな仕打ちをするなんて。許せないわ。」

「はは!許せないならどうなのー?」

近くから声が聞こえたので、そちらの方に視線を向ける。目がだんだんと慣れてくると、そこによく知っている人物がいることが分かった。

高く積まれた木箱の一番上に腰掛けているのはキウラだった。

「…これは一体どういうことなのかしら?」

「どういうことって?見て分かるでしょ?あなたは捕まって縛られてるの。おバカな伯爵令嬢は自分の状況も説明してもらわないと分からないのかしら?」

くすくすと笑うキウラはどう見てもいつものキウラではない。

「…あなたは誰?」

アリアネスが低い声で尋ねると、キウラはきゃははと笑う。

「私はキウラよー?それ以外に誰がいるっていうのー?」

「…あなたはキウラ小隊長じゃない。小隊長はそんな笑い方しないわ。」

「んふふー。気づいちゃった?」

笑いながらキウラが木箱から飛び降り、アリアネスの前に着地する。

「そうよー、キウラじゃないわ。バライカ様の配下のマリアガーテよ。」

そう言って笑うキウラの瞳は赤く染まっていた。


「ねぇ?お高くとまった伯爵令嬢が床に転がるってどんな気持ち?」

キウラがアリアネスの体を足で軽く蹴りながら尋ねるが、アリアネスはその言葉を無視した。

「キウラ小隊長に何をしたの?」

「えー?何もしてないわ。ちょっとだけ体を借りてるだけよー。」

キウラが赤く伸びている髪をかき上げる。

「心が弱ってて本当に使いやすののよ、この女。大好きな男に見捨てられてねー。」

「大好きな男?」

アリアネスが怪訝そうに聞き返すと、キウラはけらけらと笑いながら「そうよ!」と答える。

「大、大、だーい好きなお・と・こ!」

そういった瞬間、びくりとキウラの体が震える。

「ちっ!くそ!」

突然悪態をついたキウラは頭を抱えて苦しみだした。

「勝手に出てくるな!役立たずの女め!」

「キウラ?」

アリアネスが声をかけると、キウラはさらに激しく苦しみだした。

「くそぉぉ!出てくるなぁ!」

咆哮のような声を上げて、キウラの体から力が抜ける。その場に崩れ落ちたキウラのアリアネスは必死の呼びかけた。

「…うるさい、男好きの役立たず女。」

「キウラ!」

ゆっくりと立ち上がったのは、マリアガーテでではなくキウラ本人だった。

「大丈夫なの?」

「大丈夫だ、くそ!あの女勝手に私の体を。」

「なーによ、いきなり意識取り戻しちゃってー。そーんなに大好きな男のことをアリアネスに知られたくなかったのかしら?」

白い光がアリアネスとキウラのまわりをふわふわとまわる。その光から聞こえるのはマリアガーテの声だった。

「…黙れ、くそ妖精が!」

キウラが腰の剣を抜いて威嚇するが、マリアガーテは止まらない。

「かわいそうなキウラ。大好きなアルフォンソに認められず、大嫌いなアリアネスにとられるなんて。」

「やめろぉぉぉぉおお!」

とうとうキウラが悲鳴を上げる。

「あははははは!馬鹿な女!知ってるアリアネス?この女はねあなたを馬鹿にしてるけど、誰よりもあなたがうらやましいのよ?」

「やめろおおお!」

半乱狂になったキウラが剣をめちゃくちゃに振り回すが、白い光はふわふわとその剣筋を逃れる。

「努力して強くなってアルフォンソの右腕になりたいなんて嘘よ!アルフォンソの女になりたいの!あいつにただの女として可愛がられたいのよ!」

「やめてくれぇ…。」

滂沱のような涙を流したキウラがうなだれその場にへたりこむ。

「どう、アリアネス?自分を馬鹿にしていた女は誰よりもあなたになりたかったの。いや、あなた以上に醜い女なのよ?さぁ、復讐しなさいな。」

光はアリアネスの体のまわりをふわふわとまわったかと思うと、アリアネスの体を縛っていた紐がはらりとほどけた。

「さぁ!キウラを好きなようにすればいいわ!さぁ!」

白い光が強くなる。アリアネスはゆっくりと立ち上がり、キウラの前に立つ。そして、キウラの手から落ちた剣を手に持った。

「さぁ!さぁやるのよ!自分を貶めた女をぐちゃぐちゃにしてやりなさい!」

アリアネスはマリアガーテの声に反応するかのように剣を振りかぶる。

「さぁ!!!」


「…何を言ってるの、あなた?」

「え?ぎゃあ!」

アリアネスの体がくるりと光の方向に向き、その刃が光の中心を切り裂いた。その途端、光から悲鳴が聞こえ、その場にどさりと幼い女の子が倒れこむ。

「なっ何するの!」

血のように赤い髪がふわふわと揺れている女の子、マリアガーテは苦しそうな顔でアリアネスを見上げる。

「あなたって見た目のとおり本当にお子様なのね。まさか妖精がこんなに頭の悪い存在だっただなんて、わたくし、幻滅いたしましたわ。」

「なにを!っぎゃあ!」

アリアネスが自分の靴で女の子の背中を力強く踏みつける。

「人間風情が妖精の身である私を踏みつけるなんて!許せないわ!」

「許さなくて結構!」

「うぎゃあ!」

アリアネスはぐりぐりとヒールをマリアガーテの背中に食い込ませる。

「大好きな男の人に女として愛されたいのが醜いって?あなた何を言ってるの?そんなの女として当たり前のことだわ。大好きな人に大好きだと思われたいがためにする努力が最も美しいのよ!」

「お前…。」

涙で目を真っ赤にしたキウラが顔を上げる。

「それにキウラはただ愛されたと願ったわけではないわ。それ以上に誰よりも努力してきたわ。あなたみたいな見た目も中身もお子ちゃまなオマセさんに何も言われる筋合いはないわよ。」

おーほっほっほと悪役のように高笑いするアリアネスの下でマリアガーテがもがく。

「どけ!どけ、醜い肌の人間風情が!」

「あら、醜いって?そーんなどこもかしこもぺったんこで色気もない学もないあなたのほうが醜いと思うわ。」

足をマリアガーテの上に乗せたまま、アリアネスがその悔しそうな顔を覗き込む。

「あなたみたいに品性もない色気もない、面白みもない、そしてあなたが馬鹿にする人間風情にやられる妖精なんて、あなたの大好きなバライカが必要としてくれるかしら?ここであなたをぼこぼこにして差し上げたら、あなたの大切なバライカ様はどんな反応をするの?」

「やめろ、やめろ!

「ショータイムよ!」

「うぎゃあああああ!」

笑顔を浮かべたアリアネスがマリアガーテに教育的指導を施す場面を、キウラは茫然と見つめていた。


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