第10支団
「ぐずっ、ぐずっ。」
「いつまで不細工な顔をさらしているおつもりですか。早く顔を洗ってください。」
「わがっでるわよぉ!」
ぐずぐずと鼻をすするアリアネスは、セレーナから渡されたハンカチでぐしゃぐしゃになった顔をふく。
「それで、お嬢様はもちろん、次の手を考えられているのですよね。」
セレーナがアリアネスを落ち着かせるためのハーブティーをいれながら問いかけると、ハの字になっていアリアネスの眉が、キリッと立ち上がる。
「もちろんよ!ラシード様を騎士団長から引きずりおろすためには、まず騎士団に入らないといけないわ!早速明日から回るわよ!」
ずびっーーーーーーと鼻をかんだ後、アリアネスは椅子から荒々しく立ち上がる。
「そんなにうまくいきますかね。」とセレーナはえいえいおー!と気合いを入れるアリアネスを呆れ顔で眺めていた。
「お嬢様を騎士団にお入れするわけにはまいりません」
「あなたはこんな泥臭いところにいていいお方ではございません」
「美しい人…、騎士団なんか忘れてた私と一晩…」
「どうして断られるのかしら?女人禁制ではないはずよ。」
真っ赤なドレスに身を包み、騎士団を回っていたアリアネスは馬車の中でふぅとため息をつく。
「捨てられ伯爵令嬢を入団などされたらどんな悪評がつくか分かりませんからね。どこも入ってもらいたくないのでしょう。」
付いてきていたセレーナがずけずけと言う。
「それでも騎士団は国を守るために強い人材を集める必要があるわ。その機会をみすみす見逃すなんて、職務怠慢にあたります。」
アリアネスは持っていた扇子を苛立たしげに閉じる。
「とりあえず、最後の騎士団に掛け合ってみましょう」とセレーナが促すと同時に馬車が到着した。
「入団はお断りさせていただきます。」
アリアネスが最後に訪れたのは町の歓楽街を警備する最も重要であり、危険な任務も多い第10支団だった。支団長を勤めるのは齢50歳ながら、衰えを知らない銀髪の紳士、アルフォンソ・トリアーデ。柔和な笑顔を浮かべながらばっさりと断ってきた。
「どうしてですの?」
アリアネスが口元を扇子で隠しながら訪ねると、さらに笑顔を浮かべたアルフォンソは「弱い人間は必要ありません。さらに騎士団のなんたるかを知らないお嬢さんであれば尚更です。」
「無礼な!」
セレーナが前へ出ようとするのをアリアネスか視線だけで止める。
「そう思われるならアルフォンソ様。私と模擬戦をしてしただけませんか?わたくしが勝てば入団の許可を。負けたら入団は諦めますし、あなたの支団への寄付も今後一切惜しみませんわ。」
「そんな誘いにのるとでも?伯爵令嬢と戦いなどできるはずがございません。」
「あら、第10支団長は腰抜けであられると。まさか小娘に負けるのが怖くて敵前逃亡とは。それならば良いのです、わたくし帰らせていただきます。ただ…帰るあいだに歓楽街の悪い方々の近くで支団長は女から逃げる腰抜けだと口を滑らせてしまうかもしれませんわ。」
ふふふとアリアネスが笑う。
「…仕方ありまんせんね。しかしここまで挑発されるのであれば手加減はできませんよ。今なら騎士団長にふられた性悪女を叩きのめしたと英雄になれる。」
アルフォンソが笑いながら了承するがその目は怒りに燃えている。
「望むところですわ」とアリアネスが答えると、3人は野外の修練場に移動した。
アリアネスを遠巻きにみる騎士かこそこそと話している。
(騎士団長に捨てられた性悪女だろ。騎士団に入るとかいって男漁りしてんのほんとだったのか。)
(なにが入団希望よ。あんな服装と髪で。)
(支団長に勝てるはずがないじゃない)
(はやく帰れ)
「着きましたよ。それでは早速…」
「あら、少しお待ちになって。セレーナ、ナイフを。」
「はっ。」
「模擬戦で刃物を禁止ですよ。まさかハンデがほしいとでも?」
アルフォンソが呆れたようにため息をつく。
「あら、ちがいますわ。」
ざんっ!!!
「なっ!!!」
アルフォンソが信じられないと言うようにアリアネスを見つめる。まわりの騎士たちも、なにも話さずその場が静寂に包まれた。
「それでは始めましょう、アルフォンソ殿?」
自分の髪にナイフをあて、美しい髪をほぼ切り落としたアリアネスが美しく微笑んだ。