嵐の前触れ
キウラside
腹が立つ!なぜアルフォンソ支団長があんな女たちの入団を許可したのかがわからない。アリアネスたちのせいで、この第10支団の評判はさらに下がった。団員の中にも「支団長はアリアネス嬢の色香に負けた」などとほざいているものもいる。
「どうしてあんな役立たずの女を!」
自室へと続く廊下の壁をキウラは全力で殴る。自分は国民のため、10代で騎士団に入団した。入団時に「女には無理だ」と言ってきたやつらを見返すため、ずっと努力を続けた。入団後も、足手まといにならないよう、女だからと馬鹿にされぬよう血のにじむような訓練を重ねてきたのだ。そんな姿を見て、支団長は「いつも助かってる」と認めてくれた。「性別なんか関係ない。お前だから信頼している」と言ってくれた。
「なのに!どうしてあんな女を入団させたのですか…。」
何度も何度もこぶしを壁にたたきこみ、とうとうその場に崩れ落ちる。
結局見た目なのか?女の武器を使えば、努力など必要ないのか。
それを聞いたのは偶然だった。訓練後、報告のために支団長の部屋の扉をノックしようとした時に聞こえてきたアルフォンソとルイの会話。
「アリアネス嬢には驚いた…。まさかあそこまで武術に精通しているとは。」
「まぁ、俺も油断していたとはいえぶん投げられたんだからな。訓練でも野郎どもに制裁を加えてるらしいし、うちの団にとってはいい刺激になってる。思った以上の収穫だ。」
「…アリアネス嬢は、俺が思っていた女性とは違った。もっと…。」
「もっと正確の悪い馬鹿女だと思ってたか?俺もだ、ルイ。まさか、あそこまで魅力的な女だったとわな。あの見た目は正直たまらん。」
「アル、口を慎め。誰が聞いてるかわらかないんだぞ。」
「お前以外、誰もいねーだろ。変な噂もあるが、ああいう女が騎士団にいると華やかになるし、男は頑張れるってもんだ。」
頭を金づちで打たれたような感覚だった。支団長も、あの女のいやしさに気づいて、嫌っていると思っていた。上から無理やり押し付けられた性悪女をいつ追い出そうかと考えているかと想像していた。なのに、その口から出てくるのは予想とは真逆の言葉。あの女を評価している言葉だったのだ。
「くそ!くそ!どうして!」
キウラが嗚咽を漏らしながら涙を流していると、どこからか鈴の鳴るような音が聞こえ始める。その音はどんどん自分に近づいてくるように思える。
「なんだ…?」
不審に思ったキウラは袖口で涙をふき、剣を抜いて構える。
「ふふ。ふふふふふ。」
鈴の音はいつの間にかかわいらしい少女の笑い声に変っていた。
「何者だ!どこにいる!」
「ふふふ!アリアネスはアルフォンソを体で籠絡したの。」
「なんだとっ!」
姿が見えない何者かの声にキウラは反応する。
「何者だ!さっさと姿を見せないとたたき切るぞ!」
「アルフォンソはもうアリアネスに夢中よ。あなたが尊敬した支団長はどこにいったのかしら?」
「黙れ!!」
心底おかしそうに話す声にキウラは怒声を上げる。
「アルフォンソ様はあんな女に屈したりしない!殺されたいのか!!」
「アリアネスはマゴテリアの男とつながってるの。あなたならアルフォンソを助けられるわ。」
「そこかぁ!」
暗がりに気配を感じ取ったキウラは姿勢を低くして、突進し、脅しのつもりで剣を振るう。しかし、そこには誰もいなかった。
「誰もいない…。」
「そこまで心を乱してくれたら後は簡単なの。ありがとう」
笑い声が自分の後ろから聞こえ、キウラはすぐさま振り返ろうとするが、ふっと意識が遠くなる。
「借りるわね?」
最後に見たのは淡く光る白い光だった。
「ふぅ、いい汗をかいたわ。」
朝の訓練でほかの騎士を叩きのめしたアリアネスが汗を拭きながら食堂に向かっていると、「おい!」と声をかけられた。振り向くと、そこにいたのは、入団初日に嫌味を言ってきた騎士だった。
「何かしら?訓練ならまた後でにしてくださる?」
「申し訳なかった!!」
アリアネスがめんどくさそうにあしらおうとすると、男はすごい勢いで土下座した。また何か失礼なことをアリアネスに言うつもりかと思い、急いでアリアネスのそばに寄ったセレーナが「は?」と言葉を漏らす。
「悪かった。俺は噂や見た目であんたのことを判断した大馬鹿だ。」
「あら…。」
アリアネスが男の方に向き直る。
「俺は腐ってたんだ。国を守る騎士になりたいって思って入団したけど、所詮第10支団だと貴族の連中には馬鹿にされて。俺より弱いやつらが俺をこき使うんだ。それがたまらなく嫌だった。だから、貴族のあんたを馬鹿にしてすっきりしようと思ったんだ。」
アリアネスは男の言葉を黙って聞く。
「でもなんもすっきりしねぇそ、あんたにやられて恥ずかしくなったんだ。俺も自分は努力せずに、人を馬鹿にする貴族と一緒だって。あんたが気づかせてくれたんだ。俺が間違ってたんだ。」
ありがとうと顔を土まみれにしながら笑う男をみて、無表情だったアリアネスの顔もほころぶ。
「…それでこそオルドネア帝国の騎士。あなたを許します。」
「ほんとか!ありがっ」
「私は貴様を許さない、この豚野郎!」
「うごぉ!」
アリアネスが地面に座り込んだ男の肩をたたこうとすると、セレーナが脳天にかかと落としをおみまいした。
「何するんだ、この野郎!」
顔を地面に強打した男が立ち上がって怒鳴る。
「お嬢様が許しても私が許しません、この豚野郎!」
「誰が豚野郎だ!」
素手で戦い始めたセレーナと男を見たほかの団員がいいぞー!もっとやれー!とはやし立てる。
「こら、セレーナ。」
アリアネスが止めようとする「何をしている!」とキウラの鋭い声が飛んだ。
「訓練は終了した!くだらないことをしてないで、さっさと朝飯を食え!」
キウラの剣幕に群衆は一瞬で散った。
また何か言われるかとセレーナが警戒するが、キウラはすぐにその場を去った。
「珍しいですね、何も嫌味を言わないのは。」
セレーナはパンパンと服の土埃を払い、アリアネスに問いかえるが、返事はない。
アリアネスは今まで見たことない妖艶な笑みを浮かべながらこちらを一瞥したキウラのことを考えていた。




