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捨てられ伯爵令嬢は野獣に勝てるか  作者: めろめろす
第一部
23/58

妖精狂い

馬車を手配して、アリアネスとセレーナがやってきたのは、町はずれにある薄汚れた屋敷だった。庭は草が生え放題で、屋敷にも幾重にも蔦が絡み付いている。

「まるで幽霊屋敷のようです…。」

「あの子ったら、全然変わっていないのね。」

アリアネスは門の横にある呼び鈴をカラーンと鳴らす。するとどこからともなく、長身で見目麗しい執事が表れた。

「これはこれはアリアネス様。お久しぶりにございます。」

「えぇ、久しぶりね、リフォールグ。トレスはいるかしら?」

「もちろん。あの方が外にお出かけなされることはここ数年間ございませんから。」

どうぞお入りくださいと門を開け、リフォールグが二人を屋敷まで促す。

「トレス様のことでしたか。」

セレーナが納得のいったようにうなづく。

「そうよ。シャンドルン男爵の一人娘で、この国で誰よりも妖精に詳しい妖精博士。」

話している間に、屋敷の玄関に到着した。

「ようこそ、トレス様の屋敷に。」

リフォールグがその扉を開けると、屋敷の壁中に本が詰まっていた。ロビーの中心には大きな螺旋階段があり、本棚の高さごとに作られた足場に行けるようになっている。

「いつ見ても素晴らしい図書館ね。」

「お褒めの言葉ありがとうございます。トレス様、アリアネス様がいらっしゃいました。」

リフォールグが螺旋階段の上段に向かって呼びかけると、がたがたと物音が聞こえた。

「アッ、アリアネス!」

2階の足場から四つん這いで顔を出したのは、銀髪の長い髪をリボンでツインテールにした少女だった。瞳もシルバーで、まろみのある頬を興奮のためか赤く染めている。

「ごきげんよう、トレス。お久しぶりね。」

「なっ、なによ!何しにきたのよ!」

黒いローブを着たトレスが慌てて立ち上がり、腕を組んでふんっと鼻をならす。

「あなたにお願いがあってきたのよ。」

「あなたのお願いを聞く義理はないわよ!リフォールグ!どうして家にあげたの?」

「いえ、お嬢様が最近、アリアネス様が落ち込んでいるのではないかと心配されていたので、訪ねてきてくださったのであれば幸いと思いまし」

「きゃああああああ!」

トレスが全速力で螺旋階段を下り、ぽかぽかとリフォールグをたたく。

「そっ、そんなこと言っていないわ!馬鹿!!」

「トレス、心配してくれていたのね。うれしいわ。大丈夫よ、ありがとう。」

アリアネスがにっこり笑うと、トレスはあまりの恥ずかしさに目に涙をためて、ローブのフードを目深にかぶる。

「…元気ならそれでいいのよ。」

トレスの言葉を聞いて、アリアネスは満面の笑みを浮かべたのだった。


「それで、何の用なの?」

客間に移動し、お茶を飲み始めたアリアネスにトレスが尋ねる。

「妖精狂いのあなたに聞きたいことがあるのよ。」

「妖精?」

トレスがきょとんと首をかしげる。

「あなたが妖精に興味を持つなんて初めてね?もちろん妖精はとても美しくて素晴らしい存在よ。」

トレスが花の密をたっぷり入れたお茶を飲みながら話す。アリアネスとトレスは幼少時からの幼馴染だった。ずっと同じ学校に通っており、美しさ故に遠巻きに見られるアリアネスと、その性格ゆえに人が寄り付かないトレスはずっと仲が良かった。しかし、アリアネスがラシードの婚約者となり、トレスが国立の研究所に入ってからは疎遠になってしまっていた。

「実は、わたくし騎士団に入団したの。」

「騎士団!?」

ぶっとトレスが口から噴き出したお茶をリフォールグがすぐにナプキンでふく。

「そうよ、ラシード様に婚約を破棄されたの。でもわたくしラシード様をあきらめるつもりはないわ。わたくしが騎士団長になって絶対に結婚していただくつもりなの。」

「あなたって、小さい頃から頑固よね…。それで、騎士団に入ったあなたと妖精はどんな関係があるの?」

「実は…。」

アリアネスの席の後ろに控えていたセレーナが事情を説明する。

「妖精の加護…。」

トレスが難しい顔をして、頬杖をつく。

「さすがの妖精博士でもわからないものなの?」

アリアネスが聞くと「まさか!」とトレスが立ち上がる.

「私が妖精のことで知らないことがあるとでも思っているの?ついてきてちょうだい!」

アリアネスとセレーナはトレスに案内され、先ほどのロビーの3階部分まで上った。数多くの書籍が並ぶなか、トレスは迷いなく数冊の本を抜き取り、設置されている机に置いた。

「妖精に関する言い伝えは世界中にあるのだけど、もっとも多いのはこのオルドネア帝国よ。そして妖精の加護が与えられたと伝えられているのもこの国だけ。」

オルドネア帝国と妖精と書かれた本を開きながらトレスが説明する。

「でも妖精の加護というものがどういう経緯で与えられたのか、どういうものなのかという問題は解決していないの。そもそも妖精の存在させも立証されていないのだから。」

「ならやっぱりわからないの?」

「慌てないで。わたしは妖精狂いよ?知らないことなどないわ。」

トレスがえっへんと胸をはる。

「オルドネア帝国史によると、初代国王は妖精の加護の力を使って、周辺国との戦争を終わらせたとあるわ。ということは妖精から何かの武器が与えられたか、妖精の不思議な力を使ったかのどちらかだと考えられるの。」

「…そもそも妖精など存在せず、何かの武器を使用したと考えるのが妥当なのではないですか?」

「うるさいわよ、セレーナ!妖精は存在するわ!ただ誰にでもは見えないだけよ!私は小さいころに見たんだから間違いないわ!」

トレスがびしっとセレーナを指差す。

「だからそれが勘違いなのだと。」

「なによ!わたしとやる気!!」

二人がばちばちと火花を散らしているのを「やめなさい」とアリアネスが止める。

「トレス話を続けてちょうだい。」

「わかったわ。とにかく、妖精の加護は存在するの。歴史を見ても、妖精の加護によって周辺強国を退けたという記述が多く出てきているわ。そして、妖精の加護と一緒に必ず歴史に登場するのが英雄の存在よ。あなたも知っているでしょう?」

「ええ。」

アリアネスがうなづく。

「ビルハウンド、アントス、セルヴァン…。どれも妖精の加護を使って、敵国を退けたといわれる英雄ね。」

「そうよ、妖精の加護には必ず、オルドネア帝国の騎士だった英雄の存在が付きまとうの。妖精はね、自分が気に入った人間のそばにいて、気づかないうちに力を与えると言われているわ。だから、もしかしたら、この国が妖精の加護を与えられたのではなく、この国の英雄に加護が与えられたのではないかと推測する方が正しいわね。」

「個人に妖精の加護が…?」

アリアネスが聞くと、トレスが「そうよ」とうなづく。

「そしてマゴテリアが『加護を受けた人間が表れた』と言っているなら、デマであっても私と同じ推測をしている人物がいるということ。…なかなか妖精に詳しいじゃない。」

むふふ笑うトレスに「感心している場合じゃないのよ。」とアリアネスが注意する。

「とにかくあなたはそんな話を吹聴している間者を見つけたいのね?」

「そうよ。」

アリアネスが言うと「なら私に任せなさい!」と立ち上がる。

「あなたに?」

アリアネスが目を見開く。

「そうよ!妖精関係の話なら私の領域!まっかせなさい!一日で見つけてあげるわ!」

「…足手まといにならなければいいですが。」

なんですってー!とセレーナに怒鳴るトレスを見ながら「大丈夫かしら?」とアリアネスはつぶやいた。


善は急げよ!とやる気に満ちたトレスは今日の夜にさっそく歓楽街に行きましょうと勝手に決めた。準備をするから夕方に騎士団まで迎えに行くわと自室にこもった主の変わりにリフォールグがアリアネスたちを見送る。

「トレスが危ない目に合うかもしれないわ。」

「わたくしがついて行きますので、大丈夫です。お嬢様は一度言い出したら譲りませんので。」

「そうね。」

アリアネスがクスリと笑う。

「お嬢様、そろそろ。」

「そうね。ではリフォールグ。また後で。」

「お気をつけてお帰りください。」

馬車が小さくなるまでリフォールグは見送っていた。


リフォールグside

アリアネス嬢を見送った後、2階にあるお嬢様の部屋に急ぐ。コンコンとノックすると「入ってこないで!」という声がした。

「それは聞けない命令ですね。失礼します。」

お嬢様の言葉を無視して入ると、部屋の中心にあるベッドがこんもりと盛り上がっている。

「お嬢様、どうか出てきてください。」

「いやよ!はやく出て行って!夜の準備をしなくてはいけないのよ。」

「準備をされたいなら早く出てきてください。」

「いやって言ってるのよ!」

これでは埒があきませんのでと言ってリフォールグがベッドに近づき、無理やりシーツをはぐ。すると案の定、涙で顔をぐちゃぐちゃにしたトレスがいた。

「何をするのよ!」

「…お嬢様。泣く時は必ずわたくしをお呼びくださいと申し上げたはずです。」

「泣いてなんかいないわ!」

「まったく…。強情な人だ。」

リフォールグが半ば無理やりトレスを抱き寄せる。

「よかったですね。アリアネス様から嫌われていたわけではなくて。まぁ、わたくしは絶対に嫌われていないと再三申し上げましたが。」

トレスはよしよしとリフォールグに頭をなでられ、その瞳にさらに涙をためる。

「…アリアネス。大好きなラシードに婚約を破棄されたのよ。平気なはずないわ。なのに強がってるのよ!私ラシードなんか大っ嫌いよ!」

アリアネスに嫌われていなかったという安堵と、その心情を心配して涙を流す主人をリフォールグは優しい笑みで見つめながらあやし続けた。


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