事の始まり
「アリアネス・バレンターレとの婚約は破棄する」。
アリアネスは婚約者が朗々とした声で宣言するのを無表情で聞いていた。オルドネア帝国の国王が主催するパーティーでこのような宣言をするということはよほど本気なんだろう。
「あら、やっとあの性悪女と縁を切られるのね。」
「むしろ今まで婚約されていたことのほうが不思議よ」周りからくすくすと馬鹿にしたような声が聞こえ始める。
「俺は新しくファニア・フォーリオンと婚約することにする」。
銀髪を後ろに撫で付けた男、ラシードが続ける。
「ラシード殿!どういうことだ!?」
婚約者、いや、すでに元婚約者に詰め寄るのは我が父親、イグニス・バレンターレ。その顔は驚愕のあまり真っ青になってしまっている。
そう、今日は私、アリアネス・バレンターレとラシード・コネリオンの結婚発表のお披露目式となるはずだった。それなのにラシード様から出た言葉はまさかの婚約破棄。何も知らされていない父親の取り乱しようは貴族にあるまじきほどだ。もちろん、私も今初めて聞いたのだが。
「アリア!どういうことなの!!」
母親のモリアンも涙目になりながら詰め寄ってくる。ことの重大さをわかっているのだろう。アリアネスはわずか20歳にして「捨てられた女」というレッテルが貼られてしまったのだ。
「俺はそもそもアリアネスみてーな女は嫌いなんだよ。性格はわりーし、ツンとしてて面白くねー。ファニアのきれーな金髪と白い肌と青い瞳。その性格もよけりゃー比べるまでもねーよ」。
愛した人が自分に侮蔑の目を向けている。
「ラシード様…。」
一方、先ほど婚約者に指名されたファニアが熱に浮かされたようにラシードを見つめていた。
「じゃあな、アリアネス」。1
190センチの身長を持つラシードがにやりと野性味のある笑顔でひらひらとアリアネスに手を振る。
「アリアネス!何とか言ってちょうだい!」
モリアンが必死にアリアネスの肩を揺さぶる。
「アリアネス様…。わたくし、一生懸命、ラシード様を支えますわ」。
ファニスがラシードにそっと寄り添う。
「アリアネス!!」
イグニスが悲鳴じみた声を上げる。
「いい加減にして頂戴」。
静まり返っていたフロアにアリアネスの凛とした声が響く。アリアネスは自分の口元を隠していた扇子をぴしゃりと閉じる。
「なんだぁ、アリアネス。文句あんのか?」
「その汚い口を閉じなさい、わたくしの美しい体が穢れてしまうわ」
「んだとぉ?」
ラシードがにやつきながらアリアネスのそばによる。
「美しく気高い伯爵令嬢がそんな言葉使ってい」
「黙れっていってんのよ、このでかぶつ野郎ぉ!」
「ぐおあ!!」
「きゃああああああ!」
アリアネスは近づいてきたラシードの股間を思いっきり蹴り上げた。
アリアネスは、うめき声をあげて思わずその場にうずくまるラシードを見下す。
「今更、婚約破棄ですって!わたくしがあなたと結婚するために何年無駄にしてきたと思っているのかしら?10年よ!10年!」
「アリアネス伯爵令嬢がご乱心だ!誰か止めろ!」
兵士がおずおずと近寄ってきてアリアネスに触れようとするが「触るな、この下っ端野郎!」と腹に蹴りを受けその場に崩れ落ちた。
「胸が大きい女が好きというからここまで大きくしたの!髪が長い女がいいというからここまで伸ばしたのよ。それをいまさらそんな小娘に鞍替えですって!許せないわ、許せない!!」
「ならどうするってんだよ」。
まだ青い顔をしているものの立ち上がったラシードにアリアネスは扇子を突きつける。
「あなたにはわたくしと絶対に結婚していただくわ。帝国騎士団長、宣戦布告よ。あんたを騎士団長から引きずり降ろして私が騎士団長になる!そうなったらあんたはわたくしと結婚するのよ!!」
紫の美しいドレスをひるがえし、アリアネスは鼻息荒く会場を去ったのだった。