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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編小説

優と悠

作者: 有寄之蟻

その日、たくさんの人が死んだ。


優はその惨劇の登場人物だった。


【傍観者】という名の。


そして、『ショー』の主催者は笑ってい

た。


心底楽しそうに。


無邪気に。


残酷に。


彼は舞台の《製作者(プロデューサー)》であり、主演の《役者(アクター)》であり、劇を鑑賞して楽しむ《観客(ゲスト)》。


【殺戮エンターテイナー】とその『ショー』を「傍観する」少女の、邂逅の物語。





◆◆◆◆◇◆◆◆◆






その日、優はとあるパーティー会場にいた。


偶然抽選であたった、著名な小説家との対談パーティー。


ファンではなかったが、何冊か著作を読んだことがあり、優もそこそこ好んでいた作家だった。


一生に一度の貴重な経験だろうと、慣れない遠いこの場所までやってきた。


会場にはたくさんの人。


ちらほらと主役の他の作家などもいるようだった。


優は知り合いのいないその空間で、飲み物片手に隅で大人しくしていた。


やがてアナウンスが入り、主催者らしきどこかの出版社の代表が、ステージ上から挨拶を始めた。


その時突然、悲鳴があがった。


会場の前方、ステージのそばの、人が集まっている所あたりから。


ざわざわと人が動き出し、やがて次々と叫びながら、後方へと駆け出してきた。


後方のテーブルの一つのそばにいた優は、騒ぎの発端の場所に目を凝らす。


と、走っていた男性の一人が、不意につまずいたように倒れた。


優は全く状況がつかめなかった。


男性の倒れ方はまるで、後ろから切りつけられたように見えた。


優は、その考えを否定しようとしたが、その時悲鳴と共に倒れた女性の背中から、赤い線が吹き出るのを見てしまった。


会場は阿鼻叫喚。


人々は出入り口に殺到していたが、「開かない!」「閉じ込められたっ!?」などという叫びが聞こえていた。


前からは、誰かが人を切りつけながら来る。


後ろは鍵が開かない。


下手に動けば人々に押しつぶされるかもしれない。


咄嗟に考えた優は、そばにあったテーブルクロスの中にもぐりこんだ。


息を最大限に殺し、膝を固く抱きしめる。


死と恐怖の空気に、知らず心臓は早鐘を打ち、わずかに震えていた。


布の外からは「助けてくれぇええ」「殺さないで・・・!」と命乞いの声が聞こえてくる。


次第に漂いだす、錆びた鉄の臭い。


そして、最後の断末魔が響いた。


シン。と外から音が消える。


と、コツリコツリと足音が鳴った。


たった一つの靴音は、会場をゆっくりと歩いている。


おそらく会場を恐怖の渦に包み込み、先程命乞いされていた相手のものだろう。


優はごく自然に「殺人鬼」という存在だと見なしていた。


優は、体の中心に氷を埋められたような感覚を覚えた。


静寂の中に響く足音に、嫌でも緊張が高められていく。


わずかの音も立てないよう、膝を抱く腕に力を込めた。


殺人鬼は会場の前方へと向かったようだった。


「・・・・・・!」


そして聞こえた音に、優は戦慄した。


布をめくる音だ。


バサリ。


めくる音。


バサリ。


元に戻す音。


それが一回、二回、三回と、だんだんとこちらに近づいている。


優は断末魔の後の静寂に、この場所にいた人は皆、殺されたのだと思った。


そう、ならば今、おそらく殺人鬼であろう人物が生き残っている者がいないかどうか、テーブルの下の空間まで確認するのはおかしなことではない、と即座に悟ったのだ。


そしてそれは、優が殺されるという可能性をはっきりと示した。


私はここで死ぬのか、と優は愕然とする。


こんな、偶然あたった抽選で来たよく分からないパーティーで?


しかもほとんど何もしてない、ただ司会の開始の挨拶を聞いただけ。


いきなりなんか起こって、たぶん会場の人達は皆殺されちゃってて、意味もわからないまま私も殺されるんだ・・・。


優はただ恐くなって目をぎゅっとつむった。


コツリ、と足音が優の正面で止まった。


優は動かなかった。


もう、生きるということを完全に諦めていた。


そして、バサリと布がめくられる音がした。


「ヒッ・・・・・・!」


心臓がギュッと縮んだ。


優は反射的に目を開けた。


その目は大きく見開かれる。


「っ・・・・・・」


目が合った。


黒い瞳と。


ぱちぱちと瞬きするそれは、やや丸目。


目にかかるくらいの前髪と、耳あたりで切られた真っ直ぐな黒髪。


わずかに弧を描く口元。


すっきりとした輪郭。


優と同年代に見える少年が一人。


珍しいオモチャを見つけたような表情で優の前にしゃがみこんでいた。






◆◆◆◆◇◆◆◆◆







優はポカンと口を開け、バカみたいに少年を見つめる。


「みーつけた」


心底嬉しそうに少年が言った。


軽やかなアルトの声だった。


「でておいで」


少年が手招きをする。


優は一瞬何を言われたのか分からず、意味を理解すれば、ますます困惑して少年をただ見返した。


少年はコクンと首を傾ける。


「でておいで。でないと殺すよ?」


無邪気な声色。


しかし、「殺す」という言葉に、優はゾクリと身を震わせた。


死にたくない。


心に湧いた強い感情に、ゆっくりと体を動かした。


少年はにっこり笑って体を横にずらす。


ノロノロとテーブルの下から抜け出し体を伸ばすと、立ちくらみがした。


くらくらとした感覚が消えるのを待って、優は慎重に瞼を開ける。


「ひ、うぁ・・・・・・っ」


そして見えた、見てしまった光景に喉が喘いだ。


そこには、死屍累々。


会場を染める赤。


濃厚な鉄の臭い。


首をかき切られ、白目を剥いた死体。


優は咄嗟に目を閉じた。


心臓のあたりに手を当てる。


ドクドクと、ものすごい早さで脈打っている。


数秒待って、優は目を開けた。


景色は変わらなかった。


惨状がそこにあった。


生臭い血の臭いに、胃の中のものが戻りそうになり、慌てて口を押さえる。


少年は、そんな優の様子を面白そうに見ている。


「死体みるの、初めて?」


この人は何を言ってるんだろう、と優は呆然と思った。


優はぐったりと頷く。


少年はアハハと笑った。


なんだかすごく体が怠かった。


精神的ショックが大きすぎるのかもしれない。


気絶したり、泣き叫んでもおかしくない状況だった。


しかし、優はただ吐き気をこらえながら、呼吸を浅くして、無邪気な表情の少年に目を向けた。


聞きたいことがたくさんある。


そして、説明してほしいことも。


ん?と少年は首を傾げる。


優は、まず一番重要なことを尋ねた。


「・・・私のこと、殺さないんですか」


「ん? 殺してほしい?」


「イヤイヤイヤ」


優はぶんぶんと首を横に振った。


心底無邪気に聞き返した少年に、どうやら自分を殺す気はなさそうだと、ひとまず安心する。


少年はまた笑った。


「キミが大人しくして、逃げないで、警察とかに通報もしないで、じっとしてたら殺さないよ?」


「じゃあ、そうします」


優は即座に言った。


「あれ? 言うこときくの?」


「言うこときいたら殺さないんですよね?」


「うん」


「だから大人しくしてます」


「そう」


少年はぱちぱちと瞬きをして、ちょっと首をひねると、別のテーブルへと近づいて行った。


優はじっと少年の動きを追っていた。


最後のテーブルクロスをめくった時、甲高い悲鳴が響いた。


一人の女性が明らかな恐慌状態でそこにいた。


少年は嬉しそうに笑うと、「でておいで」とまたその言葉を囁いた。


「ア・・・アァ・・・イヤ・・・」


女性はふるふると首を振り、後退りながらうわ言をくり返す。


「ほら、早くでてこないと殺すよ?」


無邪気に言った少年の言葉に、「イ、イヤァアアアァア!」と金切り声をあげて、女性は逃げ出そうとした。


その瞬間起こったことに、優は理解が追いつかなかった。


さっと伸ばした手で女性の髪を鷲掴み、少年がいつの間にか握ったナイフで女性の喉をかき切ったのだ。


ブシャアアアと血潮が噴き出し、女性の目がぐるりと白目になった。


少年は手を離し、女性がどしゃりと落とされる。


ナイフについた血をテーブルクロスで拭くと、少年はするりとそれをズボンのポケットにしまった。


そして、ふと気がついたというように優を見た。


首を傾げて、にんまりと嗤う。


優は、ただただ瞠目していた。


今、たった今、目の前で人が殺された。


ほんの一瞬。


一秒だってなかったはず。


女性の首元からじわじわと広がる赤から、少年はさりげなく遠ざかっていた。


少年と目が合って、優はゆっくりと瞬きした。


あの一瞬、優の体から体温が飛んでいった。


背中を濡らす冷や汗が気持ち悪い。


人って、本当にあんな簡単に死ぬんだ、なんてことを優は思った。


この人、殺すのめっちゃうまい、なんてことも思った。


「人が殺されるの、初めてみた?」


少年がひどく楽しげな声で言う。


そりゃそうでしょ、とキレた感情が即座に浮かんだが、優は顔をしかめて、ただ一回頷いた。


「ふ〜ん」


少年はにやにやと優を見ていたが、くるりと背を向けて、今度は死体を運び始めた。


優はまた、ただ少年を見ていた。


少年は無造作に死体の胸元を掴むと、ずるずると引きずっていく。


会場の真ん中につくと死体を離して、また別の死体を運ぶ。


それをくり返す。


やがて、会場の真ん中に、三列ほどの死体の列が作られた。


優は、裂けた喉の中や赤黒く染まった服、白目を剥いた顔も、血の気を失った青白い肌も、じっと見た。


会場にいた人は皆、一人残らず殺されたようだった。


・・・優を除いて。


30人ほどだろうか。


この人数を、少年はおそらくたった一人で殺したのだ。


少年は死体の服を探り、財布を見つけると、中からお札のみを抜き出して、ズボンのポケットに突っ込んでいた。


「ん〜、たいりょーだね〜」


などと、上機嫌に呟いている。


優は、この人は何のためにこの惨劇を生み出したのだろうと不意に思った。


少年はお金を抜き取った後、死体を重ねて中央へと集めていた。


最後には、死体の山が出来上がった。


少年は集めたお札を数えて満足そうに何回か頷くと、それをズボンのポケットへ戻す。


山になっている死体の一つに手を触れると、黄色い光が揺らめき、死体の山を包んだ。


優はそれに目を見張る。


死体は、数秒で服を残して塵になり、ファサ・・・と床を灰色にした。


「ごちそうさま」


少年は目を瞑って、手を合わせて小さく言った。


そして、目を開けば、もう元の満面の笑みになる。


少年は優の元に来た。


優は少年と灰色の床を交互に見て、絶句していた。


「・・・え・・・今、の、は?」


知らず漏れた言葉に、少年は首を傾げてただ一言。


「ご飯」


「・・・ご飯・・・?」


「うん」


説明する気が皆無なのか、それで全て伝えたというつもりなのか。


優はひとまず置いておくことにした。


「ん。じゃあ、いこっか」


少年が会場の出入り口へと歩いていく。


「え。あ、はい」


優は慌ててついて行く。


「・・・っていうか、どこに行くんですか?」


「どこって、外だけど。・・・ん?出たくない?」


「イヤイヤイヤ」


不思議そうに振り返る少年。


優は首を振りながら、少年の隣に追いつく。


扉を開けて、二人は会場を出る。


優は会場を振り返った。


じっとその光景を見つめる。


「・・・あれ?なにをみてるの〜?」


廊下の先へ行っていた少年が尋ねてきたのに「なんでもない」と答え、歩き出した。


初めて経験した惨劇の舞台を後にして。







◆◆◆◆◇◆◆◆◆







廊下を進み、エントランスホールに出る。


人っ子一人いない。


建物全体が沈黙していることに優は気がついた。


そして、ホールの所々にある、赤と灰色と服。


思わず隣を歩く少年を見る。


少年はニコニコとした笑みで、視線だけを優によこした。


さっと目を逸らした優は、ここでも会場でのようなことがあったのだと悟って戦慄した。


同時に、もうここで生きているのは自分と少年の二人だけなのかもしれない、とも思った。


しかし、すぐに、そんなばかなとその考えを嘲笑する。


優は手っ取り早く、本人に聞くことにした。


「・・・あの」


「ん?」


「みんな・・・・・・殺したんですか?」


「うん」


即答だった。


少年は無邪気な声で応えた。


「え・・・・・・みんな?」


みんな(・・・)


ここにいた人(・・・・・・)みんな(・・・)?」


「うん」


少年はいっそ憐れむような優しい声で、優に告げた。


「今生きてるのは、ボクとキミの二人だけだよ」


・・・・・・マジか、と優は思った。


「・・・・・・マジですか」


「マジだよ」


マジか、と今度は口に出した。


一蹴した考えは、当たっていたようだった。


建物を出て、少年は駐車場へと向かっていた。


優は困惑して、少年を見る。


「あの」


「ん?」


「これからどうするんですか?」


「帰るんだよ」


少年は至極当然のように応えた。


「帰る・・・って?」


「キミを家まで送るの。ここから一人で帰れないでしょ?・・・あ。帰りたくない?」


「イヤイヤイヤ」


この人わざと言ってんじゃないの、とそろそろ疑問になってきた優。


優は少年を改めてまじまじと見た。


見かけも雰囲気も、優と同年代に見える。


「え、と、運転できるんですか?」


というか免許を持ってるのか、という根本的なことが気になる。


「もちろん」


そう言って、少年はいつの間に出したのか、指に引っかけた車のキーをカチャリと揺らす。


「あのー・・・免許、は?」


「持ってないよ?」


マジか、と2回目の呟き。


「あ、心配なの?だいじょーぶ。普段からのってるから!」


キラキラとした笑顔で自信満々の少年に、優はガクリと脱力する。


少年は一つの車の鍵を開け、しっかり運転席に乗り込む。


優は少し躊躇したが、結局助手席におさまった。


少年は宣言通り、手慣れた動作でエンジンをかけ、すいーっと車を発進させる。


「・・・・・・ほんとにできるんだ」


「そーだよー。ちゃんと言ったでしょ?」


思わず漏れた言葉に、少年はフフーと笑う。


やがて、車は敷地の外に出る。










ーーー血と塵と静寂に塗れたその場所を、唯一の生存者が出て行った。












この出来事が世に知られるのは、まだ先の事。





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