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獣人の国の

 三つの扉の真ん中の扉には三つの文章が英語で書いてあった。

 今度は単純なトリックであればいいなとばかり願うのであった。

 日本語訳するとこうだ。


『真ん中の道は正しい。しかしこの道を行けば苦労するだろう』

『左の道はどこにも行けない』

『右の道は楽に通過できる』


 その訳を読んだところで、うちのパーティーに不慣れなリオはこんなことを言った。


「え? じゃあ簡単なの。右に行けばいいの」


 やれやれと肩をすくめてリオが扉を開こうとするのを止める。


「そうじゃないだろ」


 そんな単純な文章なら謎解きにはならない。

 これを書いた奴がどこまで考えていたのかはわからないが、この文章のニュアンスならば明らかに右は違う。

 通過はpassと書かれている。


「この文章で言うところの楽に、っていうのはこの道を行けば死ぬってことだよ」


 楽だとか楽じゃないとか書くのは死ぬかどうかと相場が決まっている。

 ここで甘い言葉に騙される程度のやつは死ねばいいというなかなか残忍な罠に決まってる。

 行ける、ではなく逝ける、と読むべきだ。


「もうちょっと人を疑うことを覚えた方がいいわよ」


 見た目の年齢はあまり変わらないのになんだか保護者みたいな構図になる。


「ほら、そんな怪しい扉は無視して真ん中のを開けるぞ」


 異論はないようだった。



 そこからはあまり大きな罠や仕掛けはなかった。


『長い方の道に行け。同じだと思えば書いてないところへ行け』


 と書かれた看板の奥には目の錯覚を利用した同じ長さの棒が描かれた扉があった。

 子供騙し、と馬鹿にするのは簡単だが、この世界はまだ脳科学が進んでいない。

 カグヤでさえもが最初は外側に向いた矢印が両端についた棒の扉を選ぼうとした。

 というか視覚に頼るなよな。こういうときは実際に測れっての。


 いくつか扉があったがどれも似たようなものであった。


『減っても減ってもなくならないものは? こぼしてもこぼしても減らないものは? 二つのものの最後の文字を繋げると勝てる? 負ける?』


 減ってもなくならないのはおなか。

 こぼしても減らないものは愚痴。

 "か"と"ち"。そう、勝ち。


 なぞなぞだった。

 間違いない。

 これらの罠の数々には俺の元の世界の住人が関わっている。

 不貞の輩からケモミミ王国を保護するためにこの世界の住人にとって悪辣な罠を仕掛けたのだ。

 俺にとっては僥倖というに他ならない。

 よく知った常識の範疇内で解ける謎で迷宮探索ができるのだから。



 全ての扉を開けてきた。

 正しくない道を選んだ場合も同じ道に通じていて、ようは罠があるかどうかの違いでしかないため、答え合わせをする必要はない。

 ここに来れているという事実が全ての謎に正解してきたということを示している。


「最後の扉だ」


 わかる。

 この向こうには明らかに不自然な部屋が広がっていて、その先にはもう何もない。

 これが不正解で行き止まりだとしてもさほど問題もない。来た道を引き返せばいいのだから。

 通常の冒険者ならぐるぐるとまわっているうちに迷ったり、出られなくなったりして食料が底を突く。

 疲労と飢えが判断力を鈍らせ、いつかは野垂れ死ぬ可能性もあるのかもしれない。

 そうなる前にここに挑んだ冒険者たちは引き返すだけの判断力があったか、それとも。


「なんか不吉なこと考えてない?」

「いやいや。ここで死んだ人の身体を片付けるようなヤバイ存在がいるんじゃないかとか考えてないよ」


 カグヤは激怒した。この邪知暴虐のリーダーを取り除かねばならぬと決意した。


「想像以上におぞましい考えだったわ。聞かなきゃよかった」


 なんてことにはならなかった。

 扉を開けると案の定、歓喜も何もないほどに予想通りに転移装置があった。

 ここはもう、起動させるタイプの転移門ゲートではなかった。まさにそこにあるだけの次元のひずみ。それは誰が作ったのかもわからないほどにこの世界のオーバーテクノロジーの一つだ。


 奇妙にゆがむ向こうの大陸の光景は俺が空間を歪めて繋げるときと何ら変わりない風景だった。

 リオは怖がっているのか、いつのまにか服から出ていた尻尾がピンと立って猫耳とともにその存在を主張していた。

 思わず手を伸ばそうとしたらアイラに止められた。

 俺はリオに気づかれないようにアイラに抗議した。


「どうして止めるんだよ。そこにあったら触りたいだろ」

「本人の許可を得てからだよ」


 ごもっとも。正論すぎてぐうの音も出ない。ねえ知ってる? 時として正しすぎる言葉は人を傷つけることもあるんだよ?


「行かないの?」


 うずうずとしたリオに急かされて俺たちは一歩を踏み出した。







 ◇

 ここは随分と不思議な感じだ。

 どうやら出口と入り口を別の場所に設定してあるようで、俺たちの後ろにはまた難解な迷宮の入り口が広がっている。

 もうあそこには行く予定はない。

 俺の空間転移を使えば一度行った場所なら楽に行けるからだ。

 俺たちが出た出口は周囲に石のモニュメントがいくつもある。

 周囲に円状に柱のようなものがポツン、ポツンと並んでいて、何かを訴えるように天に向かってそびえたっている。

 明らかに俺たちの何倍もの大きさがあるそれは誰が何のために置いたのかもわからない。もしかしたらこれが出口の設定なのかもしれない。

 何かに似ているような……ああ、ストーンヘンジだ。そういえばここはヤマトの南東に位置する大陸だっけか。


 流れてくる空気に懐かしい故郷の匂いでも感じたのか鼻をひくつかせながら思いっきり深呼吸するリオを見た。

 どこまでも広い草原に謎の石以外何も高いものがない原風景は広大な自然の偉大さを教えてくれる。


「本当に……ありがとうなの」


 かしこまってお礼をいうリオには、いえいえこちらこそ、と謙遜しまくりたい。いや、本当に。

 俺の方こそ単なる迷子を送り届けるだけで獣人国家にコネができそうなんて美味しい話を持ち込んでくれたリオには感謝してるんだぜ?

 俺だって何も獣人をどうこうしようってわけじゃないし、獣人だからなんだという差別があるわけでもない。純粋に友達百人できるかな?のノリである。たくさん世界中に頼れる相手がいればきっともっと楽しく過ごせるな、なんて。


「人間はすごいの。あんな地図で正確に世界を旅して回れるなんて」


 ぼそりと言ったリオの言葉は聞き取りづらく、俺が聞き返すと教えてくれなかった。

 仕方がないので波魔法で伝わっていった音を追いかけて拾った。


「聞き捨てならないな。魔族も人間の国でも同じ地図を見たんだが、どうしてこれが正確じゃないとわかる」


「そうよ。だいたいあってるじゃない」

「だいたい、しかあってないのにそれで旅をできるのがすごいの。きっと地図を読む能力や考える力が獣人族よりすごいの」


 いや、確かに俺らは多分年齢の割には頭脳派という意味ではなかなかのパーティーだと自負してはいるぜ?

 それに俺だってあの世界地図の正確さはわかっている。

 旅の経験からするとこの世界の大陸や島の配置はほぼ向こうの世界と変わらない。

 なのにあの地図は水でぼかしたように精密さが欠けており、なおかつこの獣人の住む国だけは場所が描かれていない。

 地図でわかるのは大陸間を飛ぶ転移門ゲートの位置とその出口の場所だけである。

 だからこそ獣人の国がよくわからないのは人間の地図だからかと思っていたのだが。


「あの地図は二百年ほど前に獣人の中で鳥人族と呼ばれる鳥型の血を引く人が作ったの。わざとぼかして正確さを欠いた上に獣人の国の情報をできるだけ抑えたものだけを流布させたの」


「えっ!」

「本当に?!」


 アイラとカグヤが身を乗り出した。

 ロウはやや興味がなさそうだ。


「いや。納得いったよ」


 そういうことか。

 不自然さの一つに結論が出たな。

 地理的情報は国同士の戦争や経済、様々な面において有利にことを運ぶのに重要な要素だ。

 空を飛べる獣人が作った、間違ってはいない地図を売ることで海を渡るのが下手な人間族と魔族に恩までも売ったのだ。

 そこで自身らの国の情報を隠すことで攻め込まれにくいように、魔族と人間が同士討ちするようにと地図に細工したのか。

 獣人族は獣人というだけあって、哺乳類型の獣人が圧倒的に多い。

 そんな中で爬虫類型や鳥型は少ない。

 渡り鳥型の鳥人族がこの地図を描いたとすれば全ての納得がいった。


「うちはあまりその理由までは教えられていないの。だけどそれは大事なことだからって」


 なるほど。

 俺たちがそれを知っているかカマをかけたわけだ。

 知っていて正確な地図を求めてついてきたならここでボロを出すかと試したってとこか。

 だがアイラとカグヤは演技はできないほうだ。俺の方がまだマシだ。

 これで疑いが解けたならいいが。


「そんなこと話してよかったのか? 今なら聞かなかったことにしておいてやるぞ」

「命の恩人のレイルたちならいいの」


 思っていたよりも信頼が得られていたようで何より。


 彼女は地図を持っていないようで。

 まあ向こうについて買えたらいいがそううまくもいかないだろう。

 どうせなんとなくの地図なら俺だって書ける。

 五大陸の位置があってる程度の地図だがな。

 空間把握で世界地図どころか地球儀作れねえかな。



 獣人の多く住む大陸へとやってきた。

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